理系おじさんの社会学
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トゥーツ・シールマンス さんを偲んで
8月22日、ハーモニカ奏者で有名なトゥーツ・シールマンス(TOOTS THIELEMANS )さんが亡くなられた。彼は1922年生まれ94歳だった。今から10年くらい前だったか?私が大阪に住んでいた頃に来日されて「ブルーノート大阪」での演奏を見に行ったことをよく覚えている。当時、すでに80歳を超えていたと思うが全く衰えていないという印象だった。彼の演奏は本当に素晴らしく、ハーモニカだけでなくギターと口笛も有名である。ヒゲをはやしたやさしいオジサンという印象だった。(私が見に行ったときは残念ながら口笛は聴けなかったが・・・)

彼の名曲「Bluesette」をYouTubeで見ながら涙が浮かんできた。すいぶん久しぶりに聴くのにメロディーはすべて私の記憶に残っている・・・こういう好きなメロディーって決して忘れない。なぜだろう?彼の演奏は普通のジャズより心にしみる・・・。今の政治や経済など社会問題なんて頭から吹っ飛ぶような気がする。何度かこのブログでコメントしたが、ドビュッシーの名言「芸術は世の中で最も美しい嘘」だったかなあ?・・・私は人に騙されることを極端に嫌ってきたが、こうした音楽家の「美しい嘘」に何度騙されても構わない・・・と思っている。

いつか、こんなオジサンになりたいなあ! ジャズが苦手な人もきっと彼の演奏、そして彼の人柄が好きになることができると思う。94歳か!バイオリンのステファン・グラッペリさんが亡くなったときのことも思い出す。あの方もかなり高齢だった。そして、以前このブログでも紹介したピアノのマリアン・マクパートラントさん、歌手でピアノでブラッサム・デアリーさん・・・みなジャズとしては異色?と言われたが皆長生きだった。あのマイルスやコトルレ-ンと同世代だったが全然違った魅力があった。

・・・トゥーツ・シールマンスさんのお冥福ををお祈りいたします。


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リオ五輪閉幕
リオ五輪が閉幕した。閉会式では次回の東京五輪の様々ショーも公開された。日本国内(特にTV)では色々と批判的な意見は出ているようだが、私は非常に良かったと思っている。そもそもオリンピックに出場する選手は当然ながら若い世代が多く、若い世代が興味ある内容の方が盛り上がる。一方でその国の伝統文化に固執すると周りは結構退屈である。また長々とした誰それのスピーチは、小中学校の「校長先生のお話」に近いものがあり、非常に退屈なものである。

しかし今回、日本のアニメやゲームのキャラクターや最近の日本の高校生やアスリートたちを取り上げたのは非常に良い。スーパーマリオ、ハローキティ、キャプテン翼・・・これらは日本人にとっては決して新しいキャラクターではないが(いずれも30年以上前?)、現在も世界中で愛されている。また「日の丸」や「君が代」そして「富士山」も現役バリバリである。・・・こうした現役バリバリであり、未来に希望がある方が見ている側は楽しいものである。

もちろん過去や歴史を学ぶことは大切だが、現在と未来・・・そして、たとえ古いものであっても現在進行形のものは素晴らしい。現在進行形でない「過去」や「歪んだ歴史感」に固執しても、何も楽しくない。 私も子供の頃、こども雑誌や単行本でマンガをよく読んだ。そしてよく友人と遊んだ。そういう「遊び心」は大人になっても間違いなく活きてくる。 そういう日本に生まれたことに感謝するべきだろう。 一方で「遊び心」の少ない国は全く楽しくない。 この「遊び心」は世界中の人間に潜在的にあるものだが、紛争や貧困、そして歪んだ政治体制によって失われている国々が結構多い。 

そうした状況が東京五輪で少しでも解消できれば、東京五輪は非常に意味のあるものになるだろう。 



自分以外の誰かを喜ばせる幸せ
天皇陛下のご発言が注目された。陛下が国を思い、国民を思い、そして家族に心を寄せる立派な方であることを再認識させられた。特に「天皇の終焉にあたっては・・・」という御発言は陛下にしかできないお言葉だと認識させられる。そして御発言では、国家や国民の様々な幸福や苦難の存在を表現しながらも、誰かが喜んでくれることに満足し、誰かが悲しむことにまた悲しむ。そして国家や国民、そして家族の幸福を祈る・・・こうした人間として、そして日本人として当然のことを象徴するお言葉であったと私は考えている。

そういえばアメリカメジャーリーグのイチロー選手も3000本安打に関してコメントを述べていた。彼も「自分以外の誰かが自分のことで喜ぶことの幸せ・・・」だったかな? そんなコメントをしていた。 一方、世の中には誰かが不幸になって喜ぶ人々も多い。また他人を押しのけて何らかの利益を得て喜ぶ人々も多い。さらには誰かに同情して何らかの支援や援助をしても感謝の気持ちも持てない人々も多いのも事実である。そういう風潮に一石を投じるコメントであるように思える。

もちろん誰もが子供の頃は身勝手な存在だったかもしれない。私も子供の頃・・・というより大人になっても独身の頃は結構ワガママだった。しかし結婚して子供が産まれて、子供たちも大きく育ってくると「自分のことよりも、子供たちや次世代のため・・・」と考えるようになる。それが人間として、日本人として当然であると私は考えている。そして、いつの日か子供たちもその次世代のことを考えることができるようなれば嬉しいものである。

しかし、こういう発想には重要な前提が必要である。それは自分以外の他人のことを考える余裕があることである。それは一に健康であり、安定した生活があることである。もし誰もが不健康で貧乏で、かつ社会的不安定な状況だと他人のことを考える余裕なんてない。せいぜい自分の家族のことを考えるくらいであり、他人や国家のことなんて考えることはできない。先ずは誰もが健康であり、そして社会が安定し、そして経済も安定していなければならない。

しかし人間はいつかは老いる。イチローだっていずれは引退するだろうし、あの無敵だった大相撲の千代の富士(九重親方)も先般ご逝去された。自分が引退するとき、そして終焉を迎えることはいつか誰でも考える時がくるものだろう。もちろん天皇陛下の生前譲位に関しては法的にも文化的にも様々な議論があるだろう。しかし決して利己的な利害関係や個人的思想を重視するのではなく国家、国民、そして家族にとって何が望ましいのか?という議論を今後しっかりなされることを期待する。

そして我々一般庶民、とりわけ私と同じく世のオジサンたちは「自分の引退のこと」、そして「将来のこと」をゆっくり、そしてじっくりと考えることが必要だろう。陛下も「社会が高齢化が進む中・・・」というコメントもあったが、これは何も皇室典範のことだけでなく我々一般庶民への重要なメッセージであると私は勝手に解釈している。そしていきいきした社会になることこそ、陛下も望んでおられることであろうと私は考えている。

そしていつの日か? 崩御(譲位されたとしても)があったときには陛下の御意思に反して、それはそれは立派な陵墓を「国民の意志」として建造することもあっても良いと私は考えている。それは云うまでもなく仁徳天皇の話をベースにしているが、天皇と国家、国民というのはそういう関係であるべきである。陛下のお気持ちに国民が一方的に喜ぶだけでなく、感謝の気持ちとして国家を繁栄させる努力も必要である。・・・それが日本という国家である。


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金融機関の決算
「金融大手3社 マイナス金利などで2年ぶり減益」とのニュースがある。三菱UFJフィナンシャル・グループが去年の同時期より32%減少し1889億円、三井住友フィナンシャルグループは31%減って1842億円、みずほフィナンシャルグループは16%減少して1326億円と、3社ともに第1四半期としては2年ぶりの減益となったと報じた。それはマイナス金利の影響であると報じている。

減益といってもしっかり1000億円以上の利益があるではないか。また資産は安倍政権以前に比べると株価の上昇で安定している水準である。たしかに日銀の当座預金(一定額以上)についてマイナス金利にしているが、その分は政府の子会社である日銀の金利支出が低下したことを意味している。普段マスコミは政府のムダの削減を声高く叫んでいるのにマイナス金利についてはまるで悪者扱いにしている。マイナス金利が政府日銀のムダの削減であることを決して報じないのはマスコミがバカなのか?あるいはマスコミが金融機関の手下なのか? そのどちらかである。

そもそも何も仕事をしないで日銀当座預金に預金して莫大な金利を得ようとしている金融機関に同情する必要は全くない。それはまるで高収入のヤクザ(あるいは外国人)が生活保護を打ち切られて政府に文句を言うことと大して変わらない。あとは年金の運用利回りの悪さを強調して年金受給者の不安を煽るような報道も問題である。たしかに前年度比で見れば目減りすることもあるだろうが安倍政権前に比べれば資産状況は高水準である。しかも年金は税金の補填もある。また保険業界の運用先は国内債権が殆どである。あやしいフィナンシャルプランナーに委託したり、個人運用の場合の損失に関しては我々一般庶民は知ったこっちゃない。


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東京都知事選挙の桜井誠氏
大方の予想通り、東京都知事選は小池百合子氏が当選を確実にした。舛添知事の辞職にともない「短期決戦」となったと言われるが、地方選挙というのはどうしても短期決戦になる。そして短期決戦は「大方の予想通り」となる。アメリカの大統領選挙のように長期戦だと当初は泡沫候補といわれたトランプ氏でも有力候補になることができる。一方で野党統一候補だった鳥越氏は「準備不足」との敗戦のコメントをしたが、長期戦でもおそらく勝ち目はなかったであろう。

私は東京都民ではないが、主要三候補?以外に注目していた。例えば、谷山雄二朗氏、桜井誠氏、上杉隆氏、中川暢三氏・・・彼らは比較的明確な政策を主張していた。もし、これらすべての候補者の名前を伏せて、A氏、B氏と記号表記して政策だけを表に出せば結構面白いと思う。なぜなら多くの都民(あるいは国民)は候補者の政策なんて細かく確認していないからだ。知名度、支持政党、見た目・・・つまり政治でなく何やらショーを見ているようである。そういう意味で都知事選はAKB48の総選挙と大して変わらない。

しかし熱心な支持者というのはたしかに存在する。あの在特会の元会長である桜井誠氏の街頭演説は見事であった。かつてナチスのヒトラーは演説の天才と言われたし、田中角栄も天才的な演説だった。また小泉純一郎も「自民党をぶっ壊す!」と演説して大喝采を受けた。しかし桜井誠氏は彼らとは明らかに違う。彼の演説で注目したことは「できること」、「できないこと」を明確に述べている点だった。もちろん様々な主義主張に相違はあっても仕方が無い。しかし「できないこと」を「できる」というのは詐欺である。これは一般社会でも同じである。「できないこと」を「できる」と言うべきではない。いずれは信用が無くなるだけである。

成功する人というのは「できること」を積み重ねた人物である。一発屋なんてのはいずれは廃れる。そもそも日本という国は多くのご先祖、先輩方々の努力の積重ねで成り立ってきた。それはまさしく「できること」の積み重ねである。もちろん挫折や大きな危機もあった。大東亜戦争や大震災もそうである。しかし「不可能を可能にする」とか「魔法の杖」なんて存在しない。「できること」というのは知識、経験、そして技術が必要である。私は桜井誠氏の政治的主張にすべて賛同するわけではないが、彼のような政治家が多く輩出されるべきだろうと考えている。

できることの積み重ね・・・これができる人物、あるいは政治が世の中を変えることができる。政治でなくても何だってそうだ。そういう意味で桜井誠氏は立派である。彼は選挙に出るのはこれで最初で最後と述べた。しかし彼にはこれからも継続して活動してほしい。彼のように「できること」「できなくこと」を区別して政策を主張するのは貴重な存在である。あとは継続することだろう。この「できること」を積重ねて継続することでいずれは大きな変化へと導くことができるであろう。




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小室沢直樹

Author:小室沢直樹
「常に勉強」それがモットーの理系おじさんのブログです。理系おじさんの目から見た現代社会を鋭く論じたい。またこのブログに関する意見があれば賛否両論問わず受け付けます。基本的には現代社会を勉強して共有するのが目的です。

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