理系おじさんの社会学
02 | 2016/03 | 04
S M T W T F S
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日本の核武装は可能か?
アメリカ共和党候補のトランプ氏が、同盟国への軍事支援見直し、日韓の核武装容認など・・・過激?な発言が波紋を呼んでいる。まあ、アメリカの国益を考えれば当然の気がするが・・・。しかしアメリカ現政権や日本の現政権もかなり戸惑っている。少なくとも在韓米軍については陸上部隊が撤退することはすでに決定している。しかし日本や欧州を含めアメリカ軍の関与を大幅に縮小することを示唆するという、従来より「一歩踏み込んだ発言」であることは間違いない。しかし、こういう議論はトランプ氏だけでなく最近アメリカでよく議論されていることである。

そもそも日米同盟とか、いわゆる「核の傘」というのは、日本が核武装しない替わりに米軍が駐留するというのが基本であった。日本が核武装できないから「米軍に駐留してほしい」という一部の論調は根本的に間違っている。あの非核三原則でノーベル平和賞(インチキ臭い)を受賞した佐藤栄作もチャイナの核実験を契機に「日本の核武装」を主張していたことは明らかである。この一種の「脅し」によって日米安保条約が強化されたことは歴史的真実である。この「脅し」がその後の様々な形で政治利用されるのをアメリカが極度に恐れていたのは間違いない。

当初、アメリカでは「日本の核武装論」は大きな脅威であった。何しろ広島、長崎(非戦闘員を大量虐殺)の「復讐に対する恐怖」とも言えるかもしれない。アメリカ人にとって「復讐」は当然であり「正当」である。従って「復讐」を考えない日本人に不思議な感覚を多かれ少なかれ抱いている。しかし、あれから70年の歳月が流れた。戦前戦中に拘る(あるいは利用する)のはむしろシナ人や韓国人であり、日本がそんなことに拘ることは有り得ないというのがアメリカ有識者の共通認識になりつつある。

そして北朝鮮の核武装やミサイル開発も大きな口実になった。たしかに北朝鮮の核ミサイル開発は問題ではあるが、それ以上にすでに日本でも核燃料(プルトニウム)、ミサイル(ロケット)技術が存在している。日本がその気になれば3日で核武装できるというのは、あながちウソではない。そして重要なことは、それらに関連する部品や技術力について日本は際立っているということだ。まさしく「下町ロケット」の世界である。そもそも核保有なんて常任理事国5大国だけでなく、インド、パキスタン、イスラエルはもちろんのこと、公表していないが「その気になれば核武装可能」なんて国はざらにある。こんな技術は既に70年以上前の技術である・・・今更拡散していることで慌てることの方が滑稽である。

一方、日本で問題と言われるのは「核不拡散条約」や「非核三原則」である。しかし、そんなものは「国家存亡の危機」とか主張すれ事実上は吹っ飛ばすことができる。それは日本だけではない。どこの国家も同じである。核不拡散条約にも「・・・自国の利益を危うくする事態と認めた時は・・・脱退できる」という文言もある。また「非核三原則」は法律ではない。あと面倒なのは国内世論だけである。バカ反日左翼は資金源(シナ共産党からの日当)を絶てば弱体化はできる。また一般国民に対しては時間を掛けてじっくり確実に洗脳から開放させることが必要であろう。

あとは核戦争にならなくても国境線でのドンパチの可能性は十分ある。日本は仮に米軍が撤退しても、アメリカから空母を購入したり、国産空母を増設すれば沖縄の負担軽減にもなる。よく国防費拡大の議論になることはあるが、GDP1%枠なんて意味不明の方針(法律ではない)はさっさと廃止して金額で7-8兆円くらい(実質GDP比1.5%)にするのが望ましいだろう。もちろん有事の最には10兆円規模(GDP比2%)に拡大させる余地を残すべきだろう。あるいはGDPそのものを増やして国防費を増加させるのも良いであろう。

そもそも核兵器やミサイル、そして空母準備などして様々な自衛隊の再編や効率化を進めれば全体的には決して予算の大幅拡大にはならない。現自衛隊予算+米軍予算=新たな国防予算ではない。また一兆円近い米軍への「思いやり予算」を自衛隊や地域振興のための予算とすれば一石二鳥である。もちろんミサイル攻撃に備えて地対空ミサイルの配備や軍艦によるミサイル迎撃の備えも必要であろう。このように考えても予算はやはり7-8兆円(多くて10兆円)である。・・・国産戦闘機、国産空母など、これらは国内の内需拡大にも繋がる(それもアメリカは認めるべきである)。

有事の際、もちろん日本の自衛隊は戦うことになる。そして日本が優勢であれば、必ずあとからアメリカがノコノコやってきて支援する。いわゆる「勝ち馬に乗る」といったところ。もし日本がアメリカ軍に期待するとしたらその程度であると認識すべきであろう!集団的自衛権とはその程度のレベルである(それでも無いよりはマシである)。 そして何よりも「日本の核武装は可能か?」という議論より、事実上「核武装できるように様々な準備を実際に進める」ことが重要である。そう、日本の国家存亡の危機や国家を守るためには手段を選ばない・・・それが国際社会での日本のあるべき姿である。そして国内での日本人同士の情緒論だけでは国家が崩壊する。本当に日本を守る気があるのなら当然の話である。


スポンサーサイト

テーマ:最近のニュース - ジャンル:ニュース

保育園落ちたマ○ゾエ死ね!
「保育園落ちた日本死ね」のブログが話題になったが、昨夜は国会前で保育士を目指す高校生がデモをしたとのネットニュースを見た。彼らは保育士の「待遇改善」を求めているようだ。少し不自然に思うのが、この問題の矛先をどうしても「国」にしたがる勢力があるように思える。一方であの東京都は、欧州視察に職員20人で5000万円使うだとか、韓国人学校へ都内の場所を提供するなど東京都でありながら、都民よりも海外を重視する姿勢に避難の声が高まっている。一部の保守系団体は「都」に抗議しているが、責任は「国」にあると考えている人は非常に多い。そもそも国に責任転嫁する地方はまず信用しない方がよい!

保育園の問題というのは、たしかに国としても責任もあるが地方行政の問題の方が大きい。少なくとも政府は「待機児童ゼロ」とか目標を掲げている。金融政策や賃上げの要請(強制ではない)は行っている。もちろん実行できるかどうかは問題であるが、地方行政ではどこまでこの問題についての具体的な目標を挙げているだろうか?もちろん地方選挙時には誰でも必ず「福祉の充実」を訴えている。しかし地方議会において十分な予算が計上されたケースは稀である。一方で都の海外出張費や韓国人学校のように、違法ではないにせよ「どこからきた予算?」と首を傾げるは当然のことだろう。

実は、国の行政よりも地方行政の方が民間の「陳情」や「外圧」の影響を受けやすい。なにしろ地方行政は国と違って金融政策はできない。交付金と地方税、そして献金に頼るほかない。東京でも大阪でのそうだが、あのヘイトスピーチ規制を地方行政に要求しているのは在日韓国朝鮮人である。つまり、選挙民や国民の意見を無視して「陳情」や「外圧」に屈しているといっても過言ではない。つまり反日勢力にとって国家を切り崩すは困難なので、地方から切り崩す・・・という戦略があるのは間違いない。在日だけでなくシナ共産党もそうである。沖縄での国家切り崩しを見ても明らかである。

はっきいって、こうした現象は「地方分権」の弊害とも言える。国の方針が地方に浸透すると「切り崩し」が難しくなる。小泉政権時の自民党も維新の会(民進党?)も「地方のことは地方に任せて!」と大声で訴えていた。地方「自立」という意味では理解できなくもないし、財政面でも理解できなくない。しかし地方に勝手な事をさせると必ず「怪しい連中がたかってくる」これは悲しいが、現実である。机上の倫理でなく現実を直視すべしである。しかし、それでも地方の長がしっかりしていれば防ぐこともできる。それができないのが大都市圏の知事ということだ。大都市圏には害虫が多く、すでに多くが侵されている。

これを変えることができるのは民意である。早々に選挙する。あるいは各種デモを地方行政にもっと向けるべきであろう。実際に被害を被っているのは日本国民であり東京都民である。都内では保育園落ちるのは当たり前になっている。怒りは私も十分解る。しかし怒りの矛先が間違っている! 法整備、マクロ政策、安全保障、そして外交をするのが国家である。地方分権なのだから、この問題は主犯は地方行政である。国の汚職より地方の汚職の方が凄まじい。はっきり言って保育園の問題は、7-8割は地方行政の問題である。したがって保育園政策でのデモ隊、そしてブログやツイッターではこう主張すればよい・・・「保育園落ちたマ○ゾエ死ね!」 


テーマ:最近のニュース - ジャンル:ニュース

新たな仕事を始める前に
新たな仕事や新たな勉強を始めるとき、人は何を考えるだろうか?何かを始めるときには必ず何らかの選択をしている。その選択方法は、「必要なこと」「好きなこと」「楽しいこと」「命令されたこと」、そして「何となく」なんて選択の仕方もあるだろう。進学や就職の場合、その場所が近いとか学費や給与、さらには時間帯がどうとか「選択する側の都合」がある。一方で受入れる企業や学校側も試験や面接などによって人材や学生を選択している。そのため進学や就職を選ぶ側も「合格できそうなところ」という意識で選択することもある。もちろん環境悪い学校とか3K職場を敬遠したりすることもあるだろう。あるいは生活や将来のために「とにかく何かをはじめなきゃ」という意識でスタートすることもあるだろう。

特に希望の就職を達成するために多大な時間を費やして勉強し、晴れて就職できても問題はそこからである。例えば、世のため人のためにと考えて「医者」になっても「血」が苦手で途中で仕事を止める医大卒の若年層(特に男性)は非常に多い。あのマンガの神様「手塚治虫」もそうだったらしい。また動物が好きで獣医になっても、悲惨な現場に何度も遭遇して精神に支障が生じる場合すらある。さらには弱者のためと意気込んで弁護士になっても仕事は少なく、世間からは「怪しい人権派」と呼ばれる始末・・・また女性で多いのが「白衣の天使」を夢見て看護士になっても過酷な労働に耐えられない人も増えるという。もちろん、それを乗り越えて活躍している人々も多い。誰だって生活が掛かっている。それを乗り越える人の方が圧倒的に多いだろう。

最近話題の保育士もそうである。子供や老人を相手にするのはたいへんな仕事である。いやいや、多かれ少なかれ「仕事」って苦労するものである。今の時代は「誰もが苦労する時代」とも言えるだろう。しかし、どのような仕事でも「生きがい」や「やり甲斐」を見つける可能性は秘めている。苦労しながらも誰かの役に立てれば、多くの日本人は満足する。親が子供を育てるときも何か見返りを期待するよりも「自己犠牲の精神」がどこかに存在する。自己犠牲してでも誰かが満足することは、そこに自身の「存在価値」を見出すことができる。それは人間にとって非常に重要なことであろう。もちろん他人に上手く利用されるというやっかいな現象と裏腹な関係なので特別な注意が必要である(現代社会はそうである)。

よく飼い犬は幸福か?という議論がある。そして警察犬や介助犬・・・人間に上手く利用されていると考える人も多いようだ。しかし、イヌは主人に忠誠でいることで「存在感」を感じ、それで満足していると言われている。奴隷文化が今だに根付いている大陸(欧州、インド、シナ、朝鮮など」では、「自己犠牲の精神=バカでお人よし」という感覚すらある。イスラム教の国や朝鮮半島ではイヌは穢れた存在である。しかし英国ではイヌは人間の重要なパートナーである。また古典的なキリスト教では「自己犠牲の精神」そのものであった。またインドや日本のウサギの伝説のような「自己犠牲の精神」への崇高な思想も存在している。

もちろん「自己犠牲の精神」と言っても、最近話題の「自爆テロ」を肯定する話ではない。あるいはブラック企業のように過酷な労働や不正行為を認めるわけではない。誰かの為に尽くして働いて、それによって自身の「存在価値」を見出し、それによってその社会で生存する・・・成熟した高度な文化社会でないと成立しない話である。一方で「自己犠牲の文化」を奴隷社会で実行しても、都合よく扱われるだけである。最近よくブラック企業や役所の「丸投げ」という言葉があるが、これらは献身的?あるいは選択の余地のない低賃金労働者を都合よく利用しているだけという印象が非常に強い。

つまり私が何を言いたいかというと、「奴隷文化」に「自己犠牲の精神」を混在させてはいけないこと・・・もちろん、仕事において責任感は重要だし、積極性も重要である。しかし本当に心身ともに「自己犠牲」しては元も子もない。そもそも「存在価値」を見出すことと、その社会で生存するための手法としての「自己犠牲」であるはずなのに、本当にすべて犠牲にしてどーする!という話である。私は「献身的」とか「自己犠牲」というのは時には必要だと考えている。しかし、その解釈を間違えると非常に危険となる。特にグローバルビジネスでは「自己犠牲=お人よし」は常識である。戦後の日本がシナや韓国に多大のODAや経済支援しても、決して感謝されることなく「お人よし」、あるいは「用日」と思われるのは典型的なパターンである。

それでも日本人ならどこかに「自己犠牲の精神」を持つことに憧れがある。それは欧米の人権派もそうである。・・・難民のため、とか貧困層のため・・・とか。しかし、それがかえって国際社会を混乱させ、結果として社会が不幸になることに気付くべきである。「自己犠牲の精神」とは、先ずは家族のため、地域社会のため、企業のため、国家のため・・・そして何より自分のため・・・と考えるべきだ。そして「自己犠牲の精神」は決して他人や他国から強制されるものではない。そして重要な事は他人からは「自己犠牲」に見えても本人自身の「遊び心の精神」を兼ね備えること。そうすれば、その仕事は長く、そして良い仕事ができる。決して単純に「同情を誘う」とか、「嫉妬心を抱く」とかでは高度な文化社会は振り向かない。

成功している人や成熟している国家ほど、少しの「自己犠牲の精神」と少しの「遊び心の精神」を備えている。それは先ずは身の回りの環境からスタートさせるべきだろう!もし運悪く、新しい環境が「奴隷社会」であり、「ブラック企業」であることが明らかならば転職したり逃げ出した方が良い。しかし、すべてが黒く見える人は何処へ行っても黒く見えるし、本人も黒くなる危険性もある。少しでも何か身につく可能性があるなら頑張って良いだろう。でも決して無理はしてはいけない。自分と家族を犠牲にしてまでやらなければならないことなんて世の中に存在しない・・・。そして、まともな人間なら他人にそこまで要求しない。

人が何かを始めるとき、そういう思想の下で行動選択できるようになれば、社会人として立派に成長していると言えるだろう。そして国家や国際社会だって、同じようにそういう認識を持つことが重要といえる。


テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術

若年層は農林水産業を目指せ!
最近、中学生の運動能力低下について報道されることが多くなった。1960年代から1980年頃にかけては当時の子供の体格は大きくなり、運動能力も向上し続けていた。しかし、いつの頃からか?子供の運動能力低下が指摘されることが増えた。また成年になっても長らく続く不況のせいか「やる気」の乏しい若年層が増えている気がする。仮に高学歴で社会人になっても決して上手くいかないケースも多い。これは多くの業界で共通していることなのだが、各種「教育訓練」が疎かになっていることが大きな理由として挙げられる。それによって社会での若年層の成長が乏しく、結果的に若年層全体が衰退しているように見受けられる。

教育訓練に関しては、新社会人を一から教育するより下請けや孫受け、さらには請負業者に低価格で丸投げするようなビジネス形態が増加していることにも関連している。さらには工場の海外移転や外国人労働者の採用など自国民の若年層をことごとく虐げてきた結果である。運良く仕事にありつけても「雑用」しか残っていない。もちろんどんな仕事でも雑用は伴うものであるが、入社して5年以上も雑用だけでは気が滅入るものである。もちろん中には逆境を乗り越える若年層もいるかもしれない。しかし、そういう人ほどストレスや鬱(うつ)をわずらい、結果的に戦力外となっていくケースも多い。特に現代社会では特殊技能や特殊知識がないと成功は結構難しい。

だが、日本の若年層は何も世の中すべてに悲観する必要はない。私は今こそ、若年層が農林水産業に向かうべきだと考えている。ご存知の通り、農業や漁業、そして畜産関係では高齢化が進み後継者不足で問題になっている。国家として食料自給率は安全保障の一環であるとも言える。もちろん、それで個々の生計が成り立つのかが最も心配事であろう。・・・そこで朗報だ! 政府はTPP妥結によって何とアメリカ選挙も待たず、国会批准と関連法案を準備している。そこで農家への補助金拡大(所得保障)を本格的に法案にしようとしている。要するに欧米並みに農家を保護するというものである。たしか欧州では80-90%、米国でも50-60%の補助をしているので国際的には異常な法案ではない。もちろん、この政策自体は様々な異論もあるだろう。しかし農林水産業が準公務員のようになることは、決して「悪」とは言い切れない側面が多々ある。

基本的に景気が悪いと公務員志願者が多くなる。景気が良いと民間企業の希望者が多くなる。防衛大学校だって民間企業の方が「得」というイメージが強くなればそちらに向かう人も増える(ちなみに集団的自衛権は然程関係ない)。それが雇用情勢の基本原則である。そして「やりがい」と「安定」ということを考えれば、事実上の半官半民となった農業は魅力的とも言える。農林水産業というのは実務をするだけで様々な勉強ができる。また先輩や専門家の指導を受ければ確実にノウハウが身につく。もちろん難しい面もあるが、常に勉強し成長できるという実感が持てるのも事実である。

当然ながら現代農業では利益追求のために「消費者には知られたくなくようなやり方」をしている農家も多く存在するのは事実である。一般サラリーマンと同様に農業でも挫折する可能性はゼロではない。そして政府の補助金が長く続けば労働意欲が低下する可能性もある。しかし、それでも若年層は農林水産業を一つの大きな将来の選択視にすべきだと私は考えている。何故ならミクロ的に雇用としての需要があるからであり、マクロ的にも国家としての基盤を再整備しなければならないからだ。私は決してTPPに賛成ではない、農家の補助金に関しても全面的に賛成ではない。しかし日本の農林水産業の将来を考えると、強引に若年層に興味を持たせるのもアリと考えている。いかに動機は不純であっても、下心があっても「きっかけ」は重要である。

社会として、第一次産業、第二次産業、第三次産業・・・それぞれが国内でバランスよく存在する事こそ日本が国家として安定する姿だというのが私の考えである。こういう社会になると、自然に子供の運動能力向上にも繋がる。もちろん現代最新技術は多いに活用しても良い。スマホ持って農業しても良い、ドローン使って生育観察してもいい、顕微鏡使って遺伝子確認してもよい、品種改良で実験計画法(これ古そうで新しい)を使うのもいいだろう。むしろ理系の人間の方が向いているかもしれない。

ちなみに私は今年で50歳になるが、こんな私でも農業には凄く興味がある。もともと家庭菜園の域を越えなかった私であるが、本当に政府の所得保障があるなら本気で考えてもいいかもしれない。上手くいけば私の体重が減り、体型も良くなるかもしれない。さらに妻や愛娘から改めて見直されるかもしれない。だって、私だって人間だもん!




テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術

大企業の役割
戦後の日本ではGHQの下で財閥解体が行われた。その目的は日本の財閥が当時の軍を支援していたという認識からだった。たしかに大正の頃から一部の財閥と政党が連携した事実はある。しかし実際に、当時の財閥は決して戦争を望んでいたわけでなかった。どちらかというと世論は「財閥と政党が癒着」しているという印象すらあった。そこで政治も世論に配慮してクリーン(当時は「清貧」)をスローガンとする動きもあった。それが軍部の台頭に繋がる要因の一つでもあった。従って、もし当時の日本の財閥にもっと政治力があれば戦争に突入しなかったという論調もある。一方で欧米の過去の戦争では財閥や富裕層が本当に戦争を望んでいたケースがあり、そこで莫大な利益を得ようとしていた富裕層が存在した。

さて時代は流れ、現代でも政治のカネの問題は世界中に存在する。アメリカでは政治献金の規制が緩いために富裕層の意見が政治に反映されやすいという。日本でも政治j献金そのものは存在している。その日本では無党派層の比率が高いとはいえ、政治献金と支持団体の意向が政治に反映されやすい仕組みになっている。ちなみに自民党は、自動車業界、石油業界・・・さらには歯科医師連盟の支援がある。一方で民主党は労働組合、公明党は創価学会、共産党は日弁連、維新の会はソフトバンクやマルハンなど・・・このような支援団体を考えるとそれぞれの政策の背景がよくわかる。

アメリカなどが日本の自動車業界を叩いたりするのは、単純にアメリカ自動車業界を保護する目的だけでなく日本政府〈自民党)への攻撃材料としていることは明らかである。よくテロ資金源を断つ、とか暴力団の資金源を断つという表現されるが、様々な資金源とそのルートを把握することで経済制裁や政治体制への間接的攻撃することに関連している。そもそも日本でのマイナンバー制度もそうした目的で導入された経緯がある。敵の資金源を絶つことは、いつの時代も重要な戦略である。一方でイランやキューバのように経済制裁を解除し、国交正常化させる動きもオバマ政権では目立っている。これはオバマ政権の退任前の実績作りのイメージも強いが「敵としての重要性の低下」も考えられる。

もちろん今後はアメリカにとって、中国や北朝鮮への制裁が大きなテーマになる。イランやキューバと関係改善したからといって簡単に中国と北朝鮮と改善するとは思えない。仮にオバマがそう思っていても次の政権では強行な態度に出る可能性が強い。特に中国に関しては「経済を意図的に停滞」させる動きに出るであろう。もちろん欧州(特にドイツ)は反発するかもしれない。しかしアメリカはそんなことはお構いなし。アメリカにとって最も都合の良い方法は、まさに日本の存在であろう。集団的自衛権は当然のこと、金融緩和による間接的な中国攻撃・・・そして日本に軍事増強に期待するであろう。

アメリカでは旧来の概念にとらわれない歴史研究が盛んである。日本は敵か味方か?それは戦後も何度も議論されてきた。たしかに経済的に敵になることもあるだろう。しかし軍事的には敵になることはありえない。少なくとも日本に大企業が存在する以上、日本が軍事的にアメリカの脅威になることはない・・・という正論を行き着いている学者も多い。従って、真の敵はどこか?それはイランでもキューバでもない。ましてやロシアでもない。シエール革命後は中東からは手を引く考えは強い。すると敵は中国であり、北朝鮮であると言える。アメリカにとってアジア重視としうのは本当であると日本人は判断すべきだろう。

そこで日本人はどう対応するかが大きな課題である。日本の場合、アメリカのような個人献金は少なく、法人(企業)献金が大きい。そもそも、日本では大企業トップでも特別な富裕層というわけではない。日本の長者番付トップは決してトヨタの社長ではない。楽天の三木谷さんとかソフトバンクの孫さんとかアメリカ型の企業の経営者である。つまり日本の自民党政権の場合は、富裕層に政治ではなく大企業の影響が強い政治であるといえる。はっきりいって私は一部の富裕層の影響よりも、大企業の影響の方がマシだと思っている。もちろん大企業に対する国民の不満は存在するが・・・。

私は日本の大企業がグローバリズムから脱却して、国内での下請け孫請けと人材交流や技術交流するような体制が望ましいと考えている。実はそれが可能なのは世界広しとも日本くらいである。そして利益が出たらしっかりと政治献金する。従業員や関連会社に「富を分配」する。これが日本と日本国民にとって最もベターなやり方だと私は考えている。もちろん、こうしたやり方に非難する人も多いであろう。しかしオールジャパンで対応しないと国際競争はちろんのこと、なにより国内技術力が低下する。これから日本の大企業の役割は益々大きくなる。いや、そうあるべきと私は考えている。


テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術

生物多様性と遺伝子汚染
漁業における養殖魚研究者は、同一品種の魚を数世代に渡り同じ場所で養殖すると脆弱になることを知っている。それは遺伝学的に多様性を失うこと、そして比較的に波が少なく一定区域で連続して養殖することで水質が悪化することが原因ともいわれている。つまり遺伝と環境による影響である。農業においても、同一場所で繰り返し同じ作物を栽培すると品種によっては連作障害が発生する。そこには遺伝的要因だけでなく、その土地や海の栄養バランス崩壊、そして病害虫や病原菌の影響も関連している。

しかし数百年~数千年単位において、同一地区で同種の交配を続けると必ずしも衰退するわけではなく、むしろ完全にその環境に適応するパターンがある。例えばニホンミツバチは体格こそ小さいがスズメバチに絶滅させられることはない。もちろん輸入されるセイヨウミツバチに駆逐されることもない。一方でセイヨウミツバチはスズメバチに絶滅させられたり、カビや病害虫に侵されて全滅したりする。これはニホンミツバチが長期に日本の環境に適応した結果を意味している。

人間においてもアフリカのある地域では「いとこ婚」を繰り返しているが、むしろ環境に適応していると言われている。それはかつてのスペイン・ハプスブルグ家のように繰り返された近親婚の弊害と対照的である。つまり、これらの事実は遺伝による多様性と環境が重要としながらも、閉鎖された地域だからこそ生き延びた生物のたくましさを意味している。そういう生物や地域では、別地域で生息していた同種の生き物と交配すると遺伝子攪乱(一般的に遺伝子汚染という)が発生し、環境適応できなくなり全滅することもあるという。これをミクロレベルで異種交配による「生物多様性の損傷」という表現される。

生物多様性の損傷は日本ではメダカの世界で発生している。それは他の地域のメダカを放流し交配させたことが原因といわれている。それは同じ日本国内であっても環境の違いで発生する現象である。従って、場所が遠く離れていても似たような環境であればその生物での遺伝子汚染は発生しにくいとも言える。例えば不思議な現象と思われるが、エベレスト(チョモランマ)の植物と昆虫は富士山の植物と昆虫と非常に似ていると言われている。また人間社会でも気候風土が類似している民族は何となく性格や文化も似ている。また国境を越えて類似の雰囲気の人間が存在することは、遺伝要素というよりその環境での存在理由があると言えるのかもしれない。

生物遺伝学的に言うと、単純に多様性になれば良いというわけでもなく、閉鎖的になることが良いという単純な事ではないことは明らかである。よく人間社会でも「引きこもりはダメ」とか「社交的はよい」とか言われることがある。また国際的にもグローバル化は正しいとか、国家主義は閉鎖的でよくない・・・という論調は今でも多い。しかし科学的に全く根拠のないことである。特に近年の「多様性は良い」という勘違いが多くの混乱を招いている。ご存知の通り、欧州では移民問題で大混乱になる。また各種感染症が世界に蔓延すると大問題になる。そして外来生物がある地域で繁殖すると大問題になる。

ここで、一般的に遺伝子汚染とか優生学を議論すると非人間的とか非難されることがあるが、何が優性で何が劣性かということは環境で変わるものである。これは科学的に明らかな現象であることを強調したい。また異種や性質の異なる生物個体もその集団社会での存在理由があれば存続し繁栄することができる。しかし同じような性質だけの集団では社会が成立しないこともまた事実である。百人いて百人がパン屋をしても社会は成立しないように・・・もしすべての人間が同じであれば社会は成立しない。一方で遺伝子錯乱するような交配や過度な多様化社会は一切調和することなく破壊につながる。

こうした事実を人類もよーく理解する必要があるだろう。都合のよい理論だけをピックアップして社会を論じる輩があまりにも多すぎる。それは人間社会を見るよりも素朴に動植物を観察したり研究する方が理解しやすい。


テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術

All Foreigners who want to immigration to Japan
日本への移民を考える外国人の方々へ以下のメッセージをおくります。

1.日本に来ても英語は通じない(ホテルや空港だけ:もちろん中国語も通じない)

2.日本はホテルも狭く、一般住宅は狭い (それでも住宅購入は難しい)

3.円安なので仕事して本国に送金してもメリットない。(売春はすぐ摘発される)

4.犯罪の多い民族はヘイトスピーチに遭う(シナ、朝鮮の方は要注意)

5.海苔や海草は日本人しか消化できない! (スシや生モノはあたる外国人は多い)

6.悪いことをしたら逃げる場所はない。(国外逃亡は難しい)

7.自然災害が多い(地震、津波、台風の覚悟が必要)

8.食品スーパーにハラール(イスラム食)はない。

9.クレカは信用がないと発行されない。(偽名口座も作れない)

10.簡単には帰化できない。(出生地主義ではない)

11.ゴミの分別しないと怒られる(臭い、汚い、煩い人は嫌われる)

12.おばさんの噂話はおそろしい (おばさんに嫌われたらオワリです)

13.夏は蒸し暑い(熱中症で死ぬ)

14.不逞外国人は日本のヤクザに殺される(山口組三代目は凄い、ハマコーも頑張った)。

15.日本人は嘘吐き外国人を絶対許さない。

*ちなみに一般の日本人にとってこれらがデメリットとは全く考えていません。


以上を十分理解した上で日本社会に適応できる方のみ移住を真剣に考えてください! 
すばらしい外国人の方の移住は大歓迎です! よろしく!




テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術

「慈善団体への寄付」と「富の再分配」
現代社会では、富が富を生み、貧困が貧困を生む連鎖が発生していると云われている。特にアメリカでは国民の1%に富が集中して残り99%と対立している。日本でも格差は拡大しており格差是正の議論が盛んである。一般的に、政府の格差是正の対策として税制改革や補助金(給付金)が検討されることが多い。しかし、富裕層に対して高課税率にすると「努力の成果をムダにする」とか「財産権の侵害」とかの議論となり、挙句の果てに富裕層が海外逃亡したりする。一方で貧困層に税制優遇や補助金を支給し続けると、それが数世代に渡り連鎖し「補助金が当然」となり、「ますます労働意欲が削がれる」という悪循環が生まれる・・・。このように「お上」が何らかの格差是正を試みようとすると、それが逆に格差を助長させたりすることはあるようだ。

一方、ミクロ(個人レベル)で考えるとどうだろう。富裕層が自ら「富の分配」として誰かに寄付するとか、一般募金するという行動はよくある。よく金持ちはケチといわれるが、金持ちだからケチなのか?ケチだから金持ちになったのかは色々なパターンがあるだろう。いづれにせよ、金持ちがもっとカネを使う。そして貧困層は頑張って仕事をして知識や能力を高める!これが本来のあるべき姿であろう。しかし、それは最終的には個人の判断に委ねられる。例えばアメリカ共和党候補のトランプ氏は自らの豊富な資産を投じ、ムダになるのを覚悟の上でカネを使っている。またダイナマイトの発明者でノーベル賞で有名なアルフレッド・ノーベルは資財を投じてノーベル財団を設立した。またウォルト・ディズニーも資財を投じてディズニーランドを建設した・・・。このように「富の分配」を個人レベルで行う例は数多くある。

このように富裕層が社会のために資財を投じる行為は社会に大きな影響を与える。ちなみにアメリカでは富裕層の寄付というのはかなり一般的である。あのアル・カポネでさえ慈善団体に寄付していたという。日本でも江戸時代の諸大名は参勤交替で財を投じ、加賀藩は文化振興に財を投じた。また、地方の名士や豪商(富裕層)が地元の祭りや神社に財を投じているケースが非常に多かった。特に上方ではそうした風潮があった。このような富裕層は、純粋に社会に貢献したいという気持ちが高かった。また一般庶民から嫉妬されるよりも感謝される存在になるのが美徳という思想もあったようだ。もっといえば富裕層の贅沢品消費についても、本当は景気を向上させる効果もあるのだが、庶民からすれば嫉妬や非難の的に成りうるので日本では表立ってそうした行動をしないことが多い(日本らしい文化ではあるが)。

しかし現代社会になって、こうした富裕層の財を投じる場が問題になっている。慈善団体の世界トップと言われているオランダのスティヒティング・インカ・ファウンデーション(イケア関係?)は明らかに脱税目的と言われている。またマイクロソフトで有名なビル・ゲイツも巨額を投じて慈善団体を設立しているが、あまりにも巨額であるために周りには甘い蜜が目当てで集まる人々が大勢いるようだ。歌手の故マイケル・ジャクソンもネバーランドを建設したが一般国民に活用されることはなかった。著名人や有名人によくあるケースであるが「よかれ」と思って慈善団体に寄付したり、投資した内容が結果的に「腐敗の温床」の発生になることがある。そして何よりも、これだけ巨額の資産をもった慈善団体が増えているのにも関わらず世界中で「格差の拡大」が進行している現実を考えると、多くの慈善団体が結果的にムダであったと断言できるであろう。

日本でも今さな○○財団なんて設立しても数年経つと廃れてしまうケースが多い。また日本では神社仏閣でのお祭りなどで、富裕層が財を投じるようなケースは極端に減っている、それは国民の信仰心や娯楽の多様化もあるだろう。また自治会費や町内会費が福祉協議会や日本赤十字への寄付金のために上乗せされるのが最高裁で違法と判断され、一般的な寄付の有り方も変化しつつある。たしかに日本(地方)では寄付や募金が半ば強制される問題あり、それが何に使われているか一切決算報告もないなんて「騙されている」と判断しても過言ではないだろう。西欧の教会でも似たようなケースは多く、日本でもこういうケースは多く存在している。

そもそも富裕層が眉唾な慈善団体に寄付するとか、国連の人権委員会に寄付すると更に社会はややこしくなる。あの日本ユニセフのアグネス・チャンも豪邸生活で非難されているが、たしかに寄付金がピンはねされているのは事実のようだ。それから、どこかアラブの王子だったか「思いつきの寄付(まわりに騙された?)」も本当に社会に役に立つかは全く不透明である。実際に、こうした金持ちの「よかれ」と思った寄付がそもそもの問題の発端になる。近年、一般国民の間でも「福祉のための募金や寄付」に眉唾になる雰囲気が増している。従って、以前は気前よく寄付していた富裕層も躊躇しているケースも多い。

つまり銀行の融資先が見つからないのと同様に富裕層の寄付金も行き場を完全に失っていると言える。富裕層が本当に貧しい人に寄付したければ、直接貧しい人の所を訪問して直接カネを渡すか、タイガーマスクのようにランドセルを寄付する方が効果的である。あるいは人手不足の介護施設とか託児所で簡単な雑用を手伝う方がよほどマシである。一方、下手な巨額寄付して誰かに任せるのは、贈与税の問題も発生するし、富裕層自身の親族間でも大きなトラブルにも発展するし、世間では売名行為と言われるし、さらにヘンな連中がたかってくるし・・・ロクなことはない。結局はめんどーなので寄付なんてやーめた・・・となるわけだ。

やはり寄付による「富の再分配」なんて、現代社会では困難である。特に一部の富裕層や著名人の「世間知らず」の感覚や「慈善事業への大いなる誤解」・・・これらが改善されない限り、真の意味での寄付による「富の再分配」は達成できない。そうであるならば富裕層の一夫多妻制度の復活やそれに伴う育児教育支援をする方が数段マシである。まあ、そこまでしなくても個人レベルの「富の分配」に関して、誰か他人に委託するのではなく自分自身で行動することである。その方が直接的であり純粋に相手に気持ちも通じる。ある意味でアメリカ大統領候補のトランプ氏はそういう行動をしているとも言える。

もちろん一般個人レベルで行動できないから他人や何らからの団体を支援したり寄付したりするのは十分理解できる。それでも「慈善団体」という名称だけで巨額を投じる行為は社会に対して危険極まりない行動である。それを富裕層は十分理解する必要があるだろう。しかし資産が仮に100億円~数兆円レベルだと、どのようにして消費してよいか判らないものである。このなもの燃やしてしまった方が楽・・・なんて考える金持ちもいるかもしれない。おそらく私はそれがカネの限界を示しているような気がする。カネ以外の価値のあるものを探そうと思っても時すでに遅し・・・そういう金持ち老人は非常に多い。

つまり現代社会において「富の分配」を考えると、どうしても限界が見えてくる。もちろん税制改革や各種補助金が必要な場合もあるだろう。寄付や募金をすべて否定するつもりはない。それでもやはり限界がある。しかしマクロ的に言えば、一つだけ可能性がある事実がある。それは世界中の人口が減少することである。人口減少すれば必ずヒトの価値がカネよりも相対的に向上する。つまりインフレ傾向になるということ。そしてそれが結果的に「富の分配」の分配が進むことになる。日本では人口減少が進んでいる。外国人移民受入など余計なことをしなければ、日本国内での「富の分配」は進む。それが自然の流れである。こうした認識が多くの人に共有されることが必要であろう。


テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術

勘違い?それとも?
古今東西、政治的な集会やデモには何やら「勘違い」と呼べるような内容が含まれていることがある。先般のアメリカ共和党候補トランプ氏の集会では、反対派が「トランプは人種差別者」とか「ヒトラーの息子」だとか主張して、賛成派と衝突したと報じている。よく世界各国のマスメディアはトランプ氏の発言は「過激」と表現しているが、彼の発言内容をよく聞くと結構まともな事も言っている。むしろ反対派ののネガティブ表現が「行き過ぎ」の感が非常に強い。しかし逆に反対派が私の意見を聞けばそれが「勘違い」していると考えるだろう。双方が互いに「勘違い」と思えば、たしかにそういうこともあるかもしれない。

日本でも所謂「ヘイトスピーチ」と呼ばれるデモもある。たしかに一部で品のない表現はあったのは事実であるが、主張内容は然程異常とは思えない。あの有名な在特会も、特定民族の犯罪率の高さを指摘し「法律を守れ!」と主張している。これはトランプ氏の不法メキシコ人を追い出せ!とか主張しているのと本質的には変わらない。不法外国人を取り締るのは主権国家(法治国家)として当たり前のことである。にもかかわらず、不法行為に目を背け、相手をレイシストとして非難するやり方は一般国民からすると「問題のすり替え」にしか見えない。それに多くの人々はすでに気づいている!

しかし反対派(カウンター)は「レイシスト」とかの勝手なレッテル貼りを続けている。そして、いわゆる従軍慰安婦問題に関しても今だに「勘違い」な主張を繰り広げる人々が多く存在する。また今だに「安保関連法案=戦争法案」とレッテル貼りする勢力も多い。つまり彼らに共通しているのは「勘違い」である。そして、その勘違いによる「レッテル貼り」をするのは共通している。反トランプ氏への「人種差別者」とか「ヒトラーの息子」というのがその典型的なパターンである。

さて戦前の日本でも「勘違い」の集会は多かった。有名なのは幕末の「ええじゃないか騒動」である。これは「天から御札が降ってくる・・・」なんて言いながら「世直し」を主張するデモに発展した。また明治になっても、大日本帝国憲法発布を祝って祝賀パレードが行われたが、ほとんどの庶民は意味が解らず、「天子様(天皇)が絹布(ケンプ)のハッピを配る!」なんて勝手な勘違いを信じている人も多かった。また美濃部達吉の「天皇機関説」が議論になったとき、反対派(特に当時のバカ右翼)は「陛下に機関銃や機関車を向けるなんて無礼!」という訳の判らないことを主張する者もいた。

戦前の日本は政治的な意味や法律を理解している人々が少なかったことは事実である。もちろん一般の教育制度の問題もあったかもしれない。しかし、こうした問題は現代にも共通したものが存在する。それがヘイトスピーチ問題であり、反トランプ氏の議論である。「人種差別者」だと決め付けたり、「ヒトラーの息子」と主張するような言動である。もちろん、そうした「勘違い」は賛成派や反対派の双方にも存在するであろう。しかし問題なのは、「勘違い⇒ 噂 ⇒ ウソを百回言えばホントになる」・・・このようなパターンが最も恐ろしい。

今回のアメリカ大統領選挙はどうなるかわからない。しかしトランプ氏が話題になればなるほど彼の支持率が上がる可能性は十分ある。もちろん反対派は更に妨害活動をするだろう。しかし私はトランプ氏が大統領になる可能性は十分あると考えている。もしかしたら一部の民主党支持者もトランプ氏を支持する可能性がある。そしてアメリカでのマジョリティである貧困層、同じくマジョリティである白人層がトランプ氏に投票すれば、数字上はトランプ氏が圧勝する。仮に負けて、誰が大統領になってもトランプ氏の主張は政権運営に影響する・・・。さて、これは私の「勘違い」か?それとも・・・結果は秋には判明する。


テーマ:最近のニュース - ジャンル:ニュース

保育園ブログ問題
先般話題になった保育園ブログで「何回も入園落ちた」とか、「日本死ね」とか話題になっている。たしかに保育園入園落ち、および申請しても最後まで入園できないケースが多いのは事実である。申請を受け付けるだけ受け付けて、最初から落とすことを決めている行政のやり方に不満の声が高まるのは当然だろう。それでも「日本死ね」なんて表現は「八つ当たり」も甚だしい。国家そのものを否定する左翼勢力が喜びそうな表現である。一方で母子家庭だとか?何なり理由をつければ優先的に入園することも可能なようだ。従って、偽装結婚ならぬ偽装離婚して(強引に母子家庭にする)でも入園申請するケースもあるらしい。きっかけはともあれ、こうした問題が脚光浴びることは社会を考える上で重要な意味がある。

この問題は、現代社会の家族関係の複雑さも少なからず影響している。かつては高齢者と同居が当然だった時代に若い夫婦が働いて高齢者(この場合50歳以上)が一時的に児童をみることもあった。しかし自分の娘ならまだしも、息子の嫁がのうのうと外へ出て祖母が育児するなんて許せないという姑が存在するのも事実である。また若いころに子育てと家事、そして畑仕事を両立させた超高齢者世代からすれば現代の若い女性が「甘えている」と見えることもあるようだ。一方で年金制度が充実していなかった頃は祖母が子供からお小遣いをもらいながら育児することもあった。しかし年金制度が十分であり、祖父母と別居だと祖父母は孫のことなんかよりも自分たちの時間とカネを守るようになる。これは非常に皮肉な現実である。

例えば、年金制度が日本に比べて不十分な諸外国では配偶者(特に女性)の年金がない場合が多い。そのため女性が祖母になると、たいてい孫の面倒を見て「お小遣い」を貰い、働ける家族は働きに出かける。大家族ならではの協力体制で何とか家計をしのぎ、子育ても両立している。 まるでかつての日本を彷彿させる。現代日本では多様な生き方が重視され、個人の自由が強調された。また高齢者の年金も諸外国と比べてかなり充実しているために多くの高齢者はカネに困らない。よくメディアが報じる貧しい老老介護という悲しい現実があるのも事実であるが、それは全体比率としてはわずかである。はっきりいって日本の高齢者の大多数は裕福である。

また先般の認知症老人の事故裁判のように、「別居親族には責任はない」という判断が世相を反映している。つまり保育園の問題も高齢者の問題も核家族化(祖父母と別居)の進行と年金制度が良好であることの裏返しであるとも言える。もちろん大家族は、大家族で精神的な苦痛も伴うし、年金制度があるから核家族化することもできる。価値観の違う世代ギャップは当然ながら存在している。従って、私は何が何でも大家族制度に戻すべきとは考えてはいない。実は行政も「育児は家族に頼れる人がいれば頼れば?」とか「そこそこ収入の多い人が家族(主に世帯主)にいるするなら緊急ではない!」という判断をしているのは事実である。

実は行政もバカではない。結構、色々と確認した上で役所が判断している。しかし安倍首相はじめ政府が「一億総活躍」という表現するから、何やら「強い矛盾」を感じそのフラストレーションをブログにした。そして、それを都合のよく政府与党への攻撃材料として野党が取り上げたというのが事の真相である。では、具体的にどうすればよいか?を考えるべきである。基本的に多様な生き方を尊重するのは、まあ良しとしよう。しかし多様な生き方するのであれば、その責任と覚悟はすべきであろう。先ずそれが大前提である。その上で政府が対応すべきことは「外国人メイド」を雇うとかではない。制度としては、高校生や大学生に保育を実習(研修)させることである。

こうした考えは保育や介護だけでなく医療、土木建築など国家の基本となる仕事については、国民の教育を受ける義務として導入すべきというのが従来からの私の持論である。生きていれば誰だって高齢者になる。病気にもなる。公共インフラも使う。そして誰だって乳幼児の頃は誰かの世話になっている。そう考えれば中国人研修生や外国人メイドなど不要になる。実は最近の教育現場(中学高校生)も意識が少し変化している。勉強して進学校へ行くより専門的(商業、工業、農業など)に興味を持つ生徒が増えている。決して進学校だけが志願倍率が高いわけではない。もちろん現代でも学歴社会は存在するが、中途半端な学校に進学するくらいなら偏差値低くても専門的な学校の方が魅力的と感じているようだ。

そういう考えは私も絶対に正しいと思っている。田舎暮らしでもいい、3K(きつい、きたない、くさい)でもいい、そういう若年層は確実に増えている。やはり時代は変わっている。長らく不況が続いてためか?親たちも、その子供たちも必ずしも高学歴を追及しているわけではない。それでも高校だけは行かなければ!という気持ちはあるようだ。さすがに中学卒では社会で不利という意識はある(しかし高級職人は中学卒の方が強い)。本当に多様な生き方を尊重すべきというのはこのような考え方である。逆に今までのように一億総高学歴目標、そして一億総一流企業入社を目指し・・・なんて、こういう社会感覚が異常だったともいえる。特に現代の韓国はこの病に完全に侵されている。日本は一日でも早くこうした意識改革をすべきであろう。

さて話は「保育園問題」に戻すが、育児による女性の「育児ノイローゼ」の問題が大きいこと。これが保育園ブログの問題の根底にあると考えることもできる。そうした育児ストレスなどを緩和する対応として「仕事に行きたい」、そして「子供を保育園」へ入園させたい・・・という気持ちがあるのも事実である。つまりカネだけの問題でないケースが多いということ。また旦那が子育てに無関心とか親族はいるが周りに協力的な人がいないとか・・・そうい問題も根底にある。まあ女性の場合、結婚での男性選び、そして住む場所選びというのは重要かもしれない。そうした育児ノイローゼにならないような様々な工夫を凝らす。それも保育所問題や育児問題で重要なテーマとして考えるべきだろう。



テーマ:最近のニュース - ジャンル:ニュース

天皇陛下と自衛隊 (震災から5年)
今日であの東日本大震災から5年が経過した。地震、津波、原発事故・・・色々あった。そして現在も傷跡は残っている。そんな中で実務として最も活躍したのは言うまでもなく自衛隊だった。また精神的な支えとして天皇陛下の存在も大きかった。震災当時、避難所へ訪れた当時の管首相は避難民から罵声を浴びせられていた。一方で天皇陛下が避難所をご訪問された際には、多くの被災者が涙を流して喜んでいたのをよく覚えている。多くの被災者の方々が従来より天皇陛下に対する特別な感情を持っていた訳ではなかったようだ。また自衛隊に対してもそうであろう。

しかし実際に大きな悲劇が発生したときに誰が信用できるか? 新聞社?大企業?中途半端なボランティア? そのとき多くの日本人は気付いた。天皇陛下の存在の大きさ、自衛隊の頼もしさ! それは私利私欲ではなく、国家国民を考えていることにある。陛下は常に祈りを捧げ、自衛隊は有事に備えて訓練する。もちろん一般の国民はそれぞれの職務職責を全うすることが重要であり、知識や能力もないのに被災地へ向かっても何の役にも立たない(むしろジャマになる)こともよーく解った。

それぞれの個人にそれぞれの生活があり仕事がある。多少の募金は可能でも、個々個人の生活を犠牲にしてまで震災対応をすることはできないのは当然である。しかし天皇陛下や自衛隊は違う。国家国民を考え、有事に備える!絶対に必要な存在である。震災前には、反日左翼に汚染されて反天皇、反自衛隊を主張していた人々も大きな間違いに気付いたようだ。これは大きな日本人の意識改革だった。しかし、それでもバカマスコミを中心として国家を否定する人々が多く存在する。こういう人々はカネの切れ目が縁の切れ目の人たちだろう。

実は私の身近にも被災者の方々が住んでいる(震災後に移住した)。はっきりいって生活は厳しいようだ。やはり実態経済の悪さも影響している。やはり経済の底上げは必要である。安倍首相は昨日、被災地の復興に改めて意欲を示したようだ。しっかり予算を確保することも必要だろう。従って補正予算なりで財政出動は必須である。しかし、それは震災復興はもちろんであるが、国家経済の底上げも重要である。そうでないと全国に離散した被災者への救済に繋がらない。

とにかく震災から5年、犠牲になった方々に対して改めて冥福を祈り、今後の本格的な復興を真剣に考える時期であることは間違いない。


テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術

不公平な物価
昔から「セット価格」というものが存在した。例えばラーメン1杯が600円、チャーハンが単品400円の場合、ラーメン+チャーハン セット価格で950円というのはよくあった。つまり0.6+0.4=1ではなく0.6+0.4=0.95 ということになる。これは数学ではありえないが、統計学では相乗効果という。厳密にいえば、セットにすることによって会計処理の工数、電気ガスなどの効率、材料の共通化、労働者の作業短縮など・・・コストが低下している分を価格に反映しているという話である。

最近、「でんき自由化」をはじめ様々な「セット価格」が盛んである。あとは買い物スーパーなどでのポイント制度も変わりつつある。例えば大手スーパーのイオン(ジャスコ)はイオン銀行での住宅ローンをすると毎日買い物が5%オフというのがある。またネット通販大手の楽天も同じようなサービスを開始している。また携帯大手のauもじぶん銀行を通じて住宅ローンをするとauwalletポイントが貯まるというサービスもある。つまり銀行も住宅ローンも買い物もすべて顧客の消費を抱え込む戦術だ。

しかし、最近このようなサービス内容を詳しく見ると単純にセット価格でお得になっているだけではない。通常の一般ユーザに対しては改悪になっているケースが非常に多い。例えば、大口セット価格をお得にした分を通常価格を上乗せしているようにも見える。あるいは一般客のポイント還元率を下げるなどの改悪をしているからである。一般的なセールスでも70%オフとか言いながら基準価格にすでに70%上乗せしているようなケースもある。プロ野球の楽天が優勝したときのセールスが有名だが、一般スーパーも似たようなことをしている。結局は、このような数字のからくりを利用して各社が利益を上げようとしているのがよく判る。

つまり大口を優先して小口の顧客を軽視しているということである。最近でも中国人爆買い客を優遇して、一般日本人客を軽視するやり方もあり非難の声がある。しかし従来より大口客が優遇される製品は多くある。それが著しいのは資源や材料価格である。一応は「市場価格」というものは存在しているが実際の取引では必ず大口顧客を優遇している。それは、最近はじまったことではなく資源材料メーカーの常識である。今まで、このようなビジネス形態は企業同士では当然のことであった。しかし、それが一般社会(一般家庭)対象でも広がっている。そうなると消費者物価指数のデータがどこまで社会を反映しているか疑問が生まれる。

例えば、一人暮らしの若年層、高齢者は相対的に不利になる。もしかしたら高齢者は施設に入る方が長期的には得かもしれない。そして若年層は親や高齢者と同居するか、はやく結婚して大きな所帯を持つほうが経済的には有利になる。つまり「個人の自由」をどれだけ主張しても経済的には個人だけでは不利になることは間違いない。もちろん人間は一人だけで生きることはできないので家族や社会に守られて生活することは当然であろう。それでも、あまりにも不公平な物価になっているのではないだろうか?

単純な効率化やスケールメリットのみを求めるのは何となく面白くない話である。スケールメリットを追求するのは、どこかに必ず限界が来る。その象徴的なのがグローバルビジネスである。私も国内での経済のパイを増やすことは重要と考えているが、やはり個々の品質や個々のサービスが大事にされるような社会は残っていて欲しい。少量生産でも個性があり魅力的なモノやサービスは高値が付く。おそらく、スケールメリットとは逆の方向のビジネスが増えることに期待したい。その場合、不公平な価格でないことも期待できるであろう。




テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術

朝鮮戦争再開の可能性
北朝鮮が事実上の弾道ミサイル(人口衛星?)を発射して、国連の制裁決議、さらには米韓合同軍事訓練、そして北朝鮮の核先制攻撃を示唆する報道・・・最近、朝鮮半島で緊張が高まっている。以前より、アメリカ軍は朝鮮半島からの撤退を決めており、それにともなうパワーバランス崩壊が懸念されていた。こうした最近の一連の流れにより、親米派の日本人や韓国人は喜んでいるかもしれない。

現代の戦争は、ミサイル、制空権、そして海上封鎖が威力を発揮する。北朝鮮は、北に中国国境、南に韓国国境がある。しかし、中国国境は中国共産党軍が常に脱北者を警戒しているし、韓国との国境(38度線)は半世紀以上に渡る国境地帯の整備(地雷もある)されている。従って簡単に国境越えできない。そこが欧州各国の国境との大きな違いである。

それにしても今回の国連の北朝鮮制裁決議は何度目だろうか?通常、経済制裁などの国際的包囲は「普通の国」なら耐えられない。あえて「普通の国」ならと述べたが、先の大戦で「普通の国」だった日本も経済制裁で大きなダメージを受けていた。しかし北朝鮮の場合は普通の国ではない。先ず民主主義国家でない。密貿易、偽造紙幣、麻薬取引、そして拉致など・・・国家として法治国家ではない。従って内政、外交ともに無茶苦茶な政策によって体制を維持してきたとも言える。

それでも、北朝鮮はいよいよ限界に近づいている。何でも限界というものがある。どこまで本当か判らないが内部権力闘争による粛清が実施されているという。あの張成沢も粛清されたとのこと。以前、金正日はしたたか外交と言われた。一方で金正恩は欧州や北朝鮮国内で教育は受けているようだが、父親同様に酒癖が悪いとの情報がある。つまり重要な政策を「酔った勢い」で決定しているとか・・・。それが事実なら「酔っ払いの喧嘩」が戦争に拡大するといった最悪の事態も想定される。

私は再び朝鮮戦争が始まる可能性が高いと考えている。北朝鮮が予告どおりに先制攻撃するか?内部クーデターが発生するか?はたまたアメリカが国防のために空爆を開始するか?それは現時点では全く判らない。北朝鮮が追い詰められれば暴発する可能性はある。今まではそうした暴発を防ぐために関係各国が努力してきた。しかし、それも限界かも?そして金正恩という若く酒癖の悪い指導者の「思いつき」行動は予測できない。

もし戦争になった場合、北朝鮮は一時的にソウルを占領するかもしれないが、最終的に米韓軍にはかなわないだろう。先ずアメリカは北のミサイル基地を攻撃、その他の軍事施設も攻撃する。アメリカが制空権を握り、海上封鎖する。そして中国軍が参戦する可能性も低い。そうなると勝負は決定する。そのときに最も心配されるのが一般市民である。南北の陸軍、そして警官は一般市民に何するかわからない。1950年代の朝鮮戦争では多数の民間人が犠牲になっているが、その多くは空爆、そして韓国警察による「赤狩り」だったともいわれている(済州島の事件は有名)。

とにかく日本としては、先の朝鮮戦争のときのような密入国者(難民ではない!)を日本に絶対に入国させないこと。そして自衛隊は半島に決して上陸しないこと(韓国も認めないが、日本の集団的自衛権でもそれを認めていない)を徹底することである。しかし竹島は別だ!。竹島は日本の領土である。この期に竹島を奪還することも良いだろう。それは北朝鮮から守るという名目でも何でもいい。竹島は戦後の混乱期に韓国に奪われた。従って、混乱が発生すれば奪い返すチャンスである。・・・これでようやく戦後の半島問題が処理できるかもしれない。

「戦争が始まるかもしれない!」これは脅しではない。日本にこうした緊張感は常に必要である。


テーマ:最近のニュース - ジャンル:ニュース

格差是正
社会には極端な格差が存在し、それを是正させることを否定する人はいないだろう。しかし、すべての人々を完全な平等にするためには、生まれてから同じ寄宿舎に入れて、同じ食事、同じ服装、同じ学問、同じ勤労、そして同じ賃金・・・そして同じ年齢になったら皆殺す。極端な表現であるが、これが完全なる平等の世界であると言える。かつての共産主義の思想は、多かれ少なかれこの思想に基づいていた。一方で完全なる自由と競争、それはまさしく弱肉強食の世界である。強い者が弱い者を駆逐する・・・そして優秀?な者だけが生き残る。こうした思想は西欧の植民地主義やナチスドイツ、さらにはかつてのアメリカにおいて流行した「優生学」の影響も強かった。

さて現代社会になっても、「格差是正」の議論は盛んである。先般もブログで記事にした同一労働同一賃金、相続税議論、そして累進課税の強化・・・などが議論されている。フランスのピケティによると経済の拡大によって格差が是正するのではなく、むしろ資産価値の拡大が労働価値の拡大を上回る。それが格差を拡大させる要因とのこと。まあ、私はピケティの本を読んでいないので細かな解説はできないが・・・。それでも、「働けでも働けども・・・じっと手を見る・・」・このような話だけでも「労働価値」の低下は今に始まったことではないことが判る。

近現代において産業革命は、純粋な人間の労働よりも機械やシステム活用による効率化(生産性の向上)が達成された。また金融革命でもシステム進歩したことが非常に大きい。資産がカネが生み、カネがカネを生み、レバレッジをかけて小資本で大きなカネを儲けることが可能になった。もちろんギャンブル性が高いので大損することもある。しかし手堅い資産運用なら元手が大きければ確実に大きな利益が出る。今話題のマイナス金利導入のきっかけとなった日銀当座預金を現在230兆円預金とした場合、わずか0.1%の金利でも2300億円の利益が生まれる。一般定期金利が0.01以下の時代に実に大儲けである。このような不労所得こそ大問題である。

世間では、「同一労働同一賃金」の議論が話題になる。しかし、ピケティ風に言えば労働資本の拡大速度は遅いのでそれ自体は然程大きな問題ではない。たしかに一部の業界では社内での同一労働での賃金格差(ブラック企業など)があるようだが、デフレが解消すればある程度緩和できる。それよりも公務員業務や大企業の仕事を「下請け」「孫請け」に同一労働で、しかも低価格で「丸投げ」する方が問題である。しかしながら人は誰でも理論的(数学的)判断できるわけでもないので、同じ仕事でも何となく感じる「信用」や「信頼」をベースの労働対価を決定することはごく自然であり一般的である。

かつて福澤諭吉は「学問のススメ」の中で、人間は学問(特に実学)の有無によって貧富の差が生まれる。天は人の上に人を造らず・・・とは云われているが、学問の進めることで人間に大きな差が生まれると主張している。・・・私はこれはこれで正しいと考えている。つまり学問(何度も言うが実学)があるかないかによって格差が生じるの当然のことであり、等しく教育を受ける権利については理解できるが、成人した人がそういう能力を無視して平等にするなんてことはあってはならない。

次に相続資産や固定資産(土地や家屋)に関して、以前にも私はブログで記事にした。例えば代々続く家業の継続、家の歴史や文化を継承するためには相続や固定資産は必要である。しかし「産れながらに差があるでは?」という疑問を持つ人も多いだろう。たしかに多少の優位性はあるだろう。しかし、結局は相続された当人の「責任」というのが最も重要となる。そう、「相続」というのは権利だけでなく責任も同時に存在するのである。二世議員だって、二代目貴ノ花だって、三代目の林家三平でも「権利」もあったかもしれないが、それ以上の責任を果たすことが要求される。それが相続の重要なところである。

基本的に相続資産税や固定資産税を安易に高くすべきではない。もちろん単純に売り飛ばすだけであったら課税を高くするのは当然であろう。しかし資産はそれに「責任」を伴い、それが社会が必要としているならば、お上がとやかく云うことでない。特に次世代への人材育成が伴うような相続は課税どころかむしろ支援すべきである。一方、一般民衆の持つ一種の「嫉妬心」を煽るために富裕層への課税率を上げても国家としては重要な文化を失うことにつながる。従って格差是正の手段として、単純な相続税や固定資産税アップには私は断固反対である。

このように考えると現代の格差社会を是正するためには、株や土地などの「不労所得への課税」、もちろん先に述べた日銀当座預金の金利もそうである。あとは為替差益への課税である。・・・これらは日本ではすでに高い税率である。しかし高い税率が故に脱税行為や国外逃避などが多く発生する。こういった犯罪やカネの流れを取り締まることが重要である。あとは海外逃避した資産の管理を国際的に実施する必要があるが、現実的に国境をまたぐと非常に困難であるが・・・。

一方、努力を積み重ねて学問を得て一定の地位も財産も築いた人に多額の課税を要求するのは間違っている。もしそうした人々を否定したら、長い日本の歴史や文化を否定することになる。そして、それを引き継いだ(相続した)日本人は多額の相続税を払うべきであり、他国にも多大な補助金を払うべきという議論になる(反日左翼の思想はコレが主流?)。どんな人間でも先祖や先輩の恩恵を受けている。そして、それを次世代に受け継ぐ使命がある。これは遺伝的な本能であり、長い人類の歴史を考えても絶対に否定できないことである。

従って、格差是正を実現するためには以下のことが重要と私は考える。。先ず不労所得への課税強化、および徴収厳格化。そして消費税を5%に戻す(消費税は弱者に不利であることは間違いない)。そして私がいつも主張している、児童手当の拡充、高校無償化、各種技能講習補助、中国人研修生の廃止=日本人研修生への支援などなど。・・・これだけでもある程度の格差是正は可能になる。

もう一つマクロの要因として人口問題がある。もし世界的な人口減少が発生すれば、相対的にヒトの価値が上昇する。人類学から考えても人間という個体数が増えれば多様性が増す。しかし社会の価値観が狭い場合には、それにともなった格差が拡大する。逆に個体数が減少すれば、社会の価値観の応じた社会適応への分散が等しくなる。従って近現代において人口増大した結果として格差が拡大したと解釈できる。先進国でもアメリカは人口増加があるが、欧州や日本では人口減少が発生している。しかし、それでも格差が増えているのは移民受入、工場の海外移転、研修生制度(日本)があるからである。

つまりグローバル化していることも格差拡大の要因とも言える。おそらく、それは世界人口が減少するまで是正できない。格差是正は単純なものではない。誰かの富を誰かが奪う・・・では対立が続くだけである。ここはやはり福澤諭吉の学問のススメを理解することが何事も人間の基本に成りうることであると私は考えている。



テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術

円高で業績悪化!そして円安で買収される!
シャープが台湾のホンハイ傘下になると報道されている。日本国内の産業革新機構よりも好条件を提示されたことによりホンハイが「優先交渉権」を得たと報じている。支援額なんと7000億円。その後、最初から解っていたはずの所謂「偶発債務」が報じられシャープの交渉が難しくなっている。これはあくまで「優先交渉権」なので本契約はこれからである。そうなると当初の提案なんてどーにでもなる。これが国際的な企業買収の常識である。金額や条件がその後の交渉によって大幅に変わることは往々にしてある。

事の発端はシャープの経営難が問題である。しかしホンハイも経営状況は決して良いとは言えない。シャープは国の支援を受けているがホンハイも台湾の支援を受けているとのこと。またホンハイは中国本土にもビジネスを展開しているが、何かと問題が多く一種のブラック企業との見方もある。ホンハイが日本企業のため・・・なんて発想は全くない。そもそも家電業界の不振は何も日本だけではない。これから家電本業で利益が確保できるかどうかは非常に不透明だ。それよりも今回はマネーゲームの色合いが濃いと私は見ている。

先ず7000億円という支援額は優先交渉権を得るためのまるでオークションのようだ。インドネシアの新幹線受注や英国での原発投資でもそうだが、先ずは競合他社を排除するために破格の条件を提示する・・・相手は何も文句いえずに直接交渉権を得る。こうしたやり方は中国系(台湾含む)がよく使う手である。「優先交渉権」というとプロ野球のドラフト会議を思い浮かべるが、それは抽選ではなく事実上のオークションである。しかも、そのオークションの実態が悪質なケースが多い。

一般的なオークションとしてヤフオクや楽天オクだと相手側を「評価」するのが普通である。しかし今回の「評価」を考えると経営陣としては、どちらも最低レベルだ!まるで株や土地を売買するような感覚が主流になっているように見受けられる。かつては高度な技術者を多く輩出したシャープだが、現在ではすでに多くがリストラ、退職、転職している。あるいは他社にヘッドハンティングされている。そして現在は若手の電気系高学歴者も多く存在しているが、企業再生に大きなインパクトを与える程ではない。あとはプライドの高い管理者が残っているだけである。

ということはホンハイは何が目的なのか?亀山工場の設備?大阪の太陽光関連設備?系列の技術力のある下請企業?あるいはシャープ本社のあの建屋?それほど美味しそうなモノは見当たらない。あるいはシャープが今まで国から支援を受けた資金?それでも7000億円支援の価値があるとは思えない。ホンハイだって台湾や中国本土でのビジネスは低迷している。そうなると、円安とシャープ株安で比較的買いやすいシャープ本体を買って、バラバラにして高く転売する!・・・これしか考えられない。たしかにシャープ本体の価値よりもバラバラにした方が価値があるかもしれない。国際的企業買収の場合、確実に利益を得るためには「為替」と「株価」が大きな意味を持つ。

こうした一連の流れは、かつての超円高によって国際競争力を失った電機業界が、今度は円安(しかも電機業界は株安)によって買収され分割され転売されることを意味している。おそらくホンハイはすぐに中国本土?に売却することしか考えていないだろう。それはまるで台湾人や中国人が日本の紙おむつ(特にメリーズ)を大量に購入して中国本土で高値で売りさばく方法と酷似している。以前、日本が金融緩和して円安になれば日本の電機業界が復活するとの論評もあったが、皮肉なことに商品ではなく企業が買われて分割転売される形になっている。台湾が親日といって安心してはいけない。台湾の民間企業を通じて中国本土の国有企業に売却なんてことも普通に考えられる。

結論として私はシャープは倒産させるべきだと考えている。ホンハイは「分割転売」しか考えていないと気づけば、そう判断するのが適切である。しかし、今回そうしなかった。おそらくシャープの現経営陣は自身の保身しか考えていない。そりゃー未来のない企業よりも個人の退職金を考えるのは当然のことかもしれない。そもそもプライドの高い企業のトップとはそうした輩が多い。そういえば昨日、シャープ高橋社長が辞任する意向との報道がなされた。それで「やり逃げ」、その後は多少は軌道修正されることを期待するしかない。

一方、このような大手家電メーカに虐められたかつての日本の下請優良企業は内心「ざまー」と思っている。まあ、そう思われている時点でシャープの復活はありえない。どのような形でも復活はありえない。「おごれる企業は久しからず」・・・かつて莫大なサラリーを得ていた社員たちは身の丈の応じた社会に適応するよう努力が必要だろう。先ほど私は、シャープの衰退と終焉は、円高とその後の円安が招いたと説明した。もしかしたら、それ以上に「大手家電のおごり」が招いた自業自得ともいえる。・・・そしてホンハイもいずれは同じ運命が待っている。


テーマ:最近のニュース - ジャンル:ニュース

現金社会の終焉?!
私はより良い社会の構築のためには、犯罪率の低下、失業率の低下が最も重要だということを何度も主張してきた。特に犯罪というのは大抵はカネが絡んでいる。そして多くの犯罪は「現金=現ナマ」が使われる。何故なら、口座での移動では足がつくからである。従って、麻薬の取引、巨額脱税、そして政治家への巨額賄賂・・・これらはすべて「現ナマ」が動く。

さて、もし「現ナマ」が全て禁止されたら世の中はどうなるだろうか?例えば一般的な冠婚葬祭、お布施、お年玉、医者への心づけ、そしてチップやお賽銭に至るまで現金が使えなくなる。あとは30兆とも50兆とも言われるタンス預金も紙切れになる。もちろん、そんなことをしたら世の中は大混乱になる。しかし、将来はそうした政策が検討されることは十分有りうる。というより現在、すでに金融機関を中心にそういう世の中に変わりつつある。

現ナマが使えない。つまりクレジットカード、電子マネー、プリペイドカードしか使えない。海外ではクレジットカードを持つことがその人物の信用に値すると云われている。東南アジアでは今でも低所得者はクレジットカードが作れない人が多い。日本でも一度審査が通らないと、その情報は各金融機関に共有され(昔と違って名寄せが容易なシステムになっている)、どのクレジットカード会社でも審査が通らなくなる。これは各種ローンもそうである。

政府のマイナンバー制度を普及させる以前に、金融関係は多くの個人情報や企業情報を共有している。もちろん金融機関は今だにバブルのトラウマがある。「危険な融資は絶対にしない」という強い意思がある。いわゆるマイナス金利導入によって、銀行の融資拡大が期待されているが、一般企業が設備投資を拡大するにしても大企業(優良企業)は先ずは自己資金から捻出するし、そうでない企業で、しかも金融機関で危険リストに載っていれば融資が拡大することはありえない。

一方で比較的財務状況の良い個人や中小企業には融資が拡大する可能性は十分ある。重要なことは、金融機関にそれを見極める能力や層別ができるかである。もし「現ナマ」を中心に行動する個人や企業は非常に難しくなる。はっきりいって、「現ナマ」で行動する個人や法人は何やっているかさっぱり判らない。つまり金融機関では判断が困難ということ。通常、「現ナマ」を中心に活動する団体は眉唾法人が多く、中には間違いなく違法行為(特に脱税)しているケースが多い。従って不法行為が明確になれば、金融機関の融資はさらに困難になる。

そうなると「現金中心主義」を変更しようとする動きも多くなる。それができない個人や法人は、金持ち貧乏問わず国外逃亡するかもしれない。一方で善良な日本国民は何の問題も発生しない。そしてある程度の社会変化が達成できた時点で「現ナマ」が正式に廃止される。そしてマイナンバー制度も、見直しに見直しを重ねてようやく安定普及する。そのころにはカネに関わる犯罪は相当低下する。しかし、このような社会変革は将来少なくともあと50年は掛かるだろう。

今まで「現ナマ」は、良くも悪くも社会の文化を形成していた。これが無くなった社会はどうなるのか?まだまだ私には想像できない部分も多々ある。私は意外にも、相対的にヒトやモノの価値が向上するのではないか?と期待している。ヒトは長い間、「現ナマ」という紙切れに翻弄されてきた。それが電子の速度で移動することは経済活性化につながる?よくクレカや電子マネーは危険だという主張は今だに多いが、「現ナマ」ほど社会に対して危険な存在はない!という認識も必要であることは間違いない。



テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術

トランプ氏の躍進
アメリカのSUPER TUESDAYで躍進を遂げた共和党のトランプ氏は、フロリダでの演説で以下のように述べた。

「強いアメリカを取り戻す」、「雇用を外国から取り戻す」、「メキシコへ移転した企業をアメリカに戻す」、「中国からの輸入拡大は普通の国なら耐えられない」、「建機大手のキャタピラーは、コマツと競争が厳しい。私はこのような状況が許せない」・・・などなどアメリカ人なら当然かもしれない。

では、これを日本風にアレンジしてみよう!

「強い日本を取り戻す」、「雇用を外国から取り戻す」、「中国へ移転した企業を日本に戻す」、「アメリカからの輸入拡大は普通の国なら耐えられない」、「国産航空機MRJは、アメリカのボーイング社との競争が厳しい、私はこのような状況が許せない」・・・などなど日本人なら当然である。

いやー、すべて日本風にも書き直すことが可能である。これはアメリカ人だけでなく、世界への共通するメッセージとも解釈できる。これからは日本も堂々と上記のような発言ができるではないか? やはりトランプ氏はエライ!

そもそもトランプ氏は現政治家ではないので、多額の政治献金やスポンサーを頼りにするのではなく、豊富な自己資金を軍資金にしている。つまり、最大のトランプ氏の支援者はトランプ氏自身である。当然ながらトランプ氏自身の意見を強調することができる。そして、それを純粋なアメリカ人が支持する。もし統一候補になれば共和党も全面支援することになる。これは結構おもしろい。一方で世界中のメディアが選挙結果とは裏腹にトランプ氏を非難している。現在の各国メディア、グローバリスト、そして一般アメリカ国民との三極の構図を示しているのかもしれない。

まあ、トランプ氏が共和党の統一候補になっても民主党に勝てるかは微妙(現時点ではかなり難しいとの意見が多い)であるが、その後のアメリカの政権運営、そして欧州諸国に与える影響も大きいであろう。私はアメリカが再び「モンロー主義」のような政策に傾くことは世界のためにも良いと考えている。もちろん、世界各地の紛争地帯でパワーバランスが崩壊して大混乱になることも予想される(シリアは既にそうである)が、そもそも大国頼みの国家は根本的に考え直す機会である。もちろん日本もである。


テーマ:最近のニュース - ジャンル:ニュース

認知症事故判決
2007年12月、愛知県大府市のJR共和駅で起きた認知症の男性の死亡事故について、最高裁は、「認知症の高齢者が起こした事故の責任を、家族が必ず負うわけではない」という判決を下した。マスコミ各紙はこれを比較的肯定的に報じている。私もこの判決には一定の理解をしている。

しかし問題は結構複雑だ。結局は保険も何もなかったわけだから、JR側は約700万円泣き寝入りしたことになる。「遺族の監督義務」が論点になったと言われるが、当初より別居中である長男は「責任なし」と判定された。従って「同居中」では責任の可能性があるという判断もあったわけだ。極端な解釈すれば、認知症患者と同居しない方が法的には安全とも言える。

これは「家族」というのを、どう考えるか?という問題に発展する。法律には「○○親等までは付き合いが・・・」との文言があった記憶がある。かつてのシナ大陸のように「九族皆殺し」の思想が生きているわけでもないので、親族の連帯責任が明確に存在している訳ではない。しかし生活保護にしても、一次的には親族の保護を役所は申請者に要請(要求?)する・・・理解はできるが、悩ましい問題である。

一般社会では、今回に似たような事例は多くある。例えば「自殺」である。JRなどの鉄道への飛び込み、マンション屋上からの飛び降り・・・こうした出来事のあとには、必ず遺体の処理、肉片や血痕の片付けなどが必要になる。特にマンションの場合は、他の住民が嫌がって退去したり、新規の入居者が募集できないなど遺体処理だけでない多大な損害がある。当然ながら、こうした費用請求は自殺者の遺族へ向けられる。故人を偲んで現場に訪れた遺族は悲しみに浸る間もなく、その場で「費用請求」を突きつけらるという場面が待っている。

あとはペットだって同じような出来事がある。どう猛なイヌが公園でベビーカーに乗った幼児を噛み殺す悲惨な事件があった。このときも飼い主の管理監督義務が問われた。当然ながら賠償請求が認められている。何でもそうだが、管理監督責任といっても限界があるのは事実である。会社の部下が不正をしたとか、学校の生徒が犯罪したとか・・・もちろん見て見ぬ振りもあるだろうが、法的に判断するのは非常に困難である。今回の認知症も、仮に見て見ぬ振りしたとしても誰も判らない。やはり、こういう問題は場合によっては「保険」を義務付けることも必要かもしれない。

あとは責任の所在云々は別にしても、遺族は迷惑を掛けた関係者に対して多額の賠償をしなくても「お詫び」の声明、そして可能な範囲での「金銭」提供もあって良いと思う。もちろん示談ですべてを解決させるのはアンフェアーになることもあるだろう。しかし、日本人同士であれば、互いに歩み寄りがあっても良いのでは?と個人的には思う。どうも今回の裁判は認知症に関わる人たちの権利向上が目的だったという側面も否定できない。もちろん気持ちは解る・・・でも、ここまで裁判で対立する必要があるのだろうか?


テーマ:最近のニュース - ジャンル:ニュース

脱中東へ向かう日本
古くは明治時代の福澤諭吉の「脱亜論」、日露戦争の頃の「日英同盟」、大戦前の「大東亜共栄圏」の構想、田中角栄の「親中国、新アジア=対アメリカ」路線、そして最近の「脱中国」路線・・・近現代の日本は様々な「脱・・・」や「・・・同盟」などの国際関係を構想し、あるいは実践してきた。もちろん「集団的自衛権」についてもアメリカを中心とした国際関係の構想であることは間違いない。

諸外国をみてもEU、ASEANなど巨大な経済圏を構想し、それを実践しようとすることは多い。EUという壮大な実験も大失敗が目に見えてきた。特に近現代に欧米が関与してきた中東に関しては大きな変化が起こっている。以前もブログで記事にしたようにアメリカはシェールオイルの開発によってエネルギー自給率を高めようとしている。そして中東依存、そして中東への関与を低下させようとしている。

日本の中東依存も低下させなければならない要因は多くある。サウジとイランの対立によるホルムズ海峡の安全、南沙諸島の緊張、ソマリアやインドネシア海賊・・・など日本のシーレーンは不安定さを増している。それでもすぐに大きな戦争になる可能性は極めて低い。しかし日本はホルムズルートの比率を下げようとしているのは間違いない。またアメリカからのシェールオイルやシェールガスの輸入も決定している。

原発が縮小した現在の日本の電力は、火力(特にLNG)が増えている。また石炭火力も最新の発電設備によって増えている。このLNGはオーストラリア、インドネシア、マレーシア、ブルネイからの輸入が多く、石炭もオーストラリア、インドネシアが多い。石油は相変わらずカタールから多く輸入しているが、LNGの方が発電効率も高いことより石油比率は低下している。

つまり日本はアメリカ同様に「脱中東」が進んでいるのである。経済産業省エネルギー庁の「エネルギー白書2014」によると、2013年の電力の内訳はLNG42.5%、石炭27.6%、石油等18.3%、一般水力7.5%、原子力1.7%、省エネ等1.6%となている。電力に関する石油依存は低下している。また、今後日本は人口減少により総エネルギー消費量は低下することが推測される。するエネルギー輸入依存度も低下すると考えることができる。

もちろん次世代資源のメタンハイドレートが予定通り2018年頃より商業ベースになれば、エネルギー自給率は向上する。メタンハイドレートだけでなく国内の新潟油田ガスや南関東ガス田も有効活用する可能性は高まっている。要するに日本もアメリカ同様に自国完結型の経済体制に移行することは可能であるということだ。そもそも日本やアメリカはGDPに占める割合は個人消費が6割以上であり、個人消費を刺激する方がマクロ経済の効果は絶大である。

従って、日本もアメリカも建前上「自由貿易」を主張しながらも自国優先の経済政策に向かっていることを意味している。実際にアメリカでは農業分野には多大な補助金を拠出している。また外資規制や入国管理は厳しくしている。EUと違い、TPPは陸続きの貿易が主体でないこと、またEUのように人の行き来が自由でないことが挙げられる。まあ、それでもこの調子だとアメリカ議会で批准されない可能性が高い。日米政府ともに「自由貿易」の建前だけは果たしたということになる・・・そうなると何とも無駄な労力を費やしたことになる。(それでも何らかの形で落ち着くとは思うが・・・)

いずれにせよ、日本にとっては好ましい環境になりつつある。自国完結型、外需依存からの脱却は日本にとっては大きなメリットである。一方で外需依存の高いドイツや韓国、そして一部の中東諸国は危機になるだろう。また巨大になりすぎた中国は混迷を続ける。かつてジョージ・ソロスが予言したように時代はグローバリズムからローカリズムに移行するのは確実かもしれない。そして日本は本格的に「脱中東」を達成させる。もちろんアメリカの策略も見え隠れするが、これらは日本の大きな転換点なる。




プロフィール

小室沢直樹

Author:小室沢直樹
「常に勉強」それがモットーの理系おじさんのブログです。理系おじさんの目から見た現代社会を鋭く論じたい。またこのブログに関する意見があれば賛否両論問わず受け付けます。基本的には現代社会を勉強して共有するのが目的です。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

小室沢カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。