理系おじさんの社会学
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VW排ガス問題
ドイツのVW(フォルクスワーゲン)排ガス問題について最大級のリコールになりそうだ。もちろん排ガス規制を売り物にしたVWの行為は容認されるものではない。が・・・しかし私の印象としては完全にVWは嵌められた!という印象が非常に強い。はっきりいって排ガス規制がエコに良いのか?パワーを使って速く走るのがエコに良いか?はたまた日本のように燃費を良くする為に何台も買い替えるような税制が良いのか?はっきり言って偽善者法規制による「エコ利権争い」以外のナニモノでもない。

私も少し自動車関連ビジネスに関わっているので少し暴露するが、各種認証試験を通すための小細工は多くの企業が実施している。例えば、身近な例だと車検の際に外付けのポータブルナビは必ず取り外す。何故なら、フロントガラスの視野面積が小さいと車検の規格を合格しないからだ。そして必ず車検後には元に戻す。あと建築で有名なのは、家屋にトタン屋根を追加して物置にする。これって建築基準法違反であるが、立会い検査では何もない状態にして、その検査が終われば追加工事する・・・こんなことは一般社会では日常茶飯事であり常識である。

そんなこと一般工業界には存在しない!と思っている人も多いかもしれないが、実は結構ある。特にエコ基準とか耐震性とか欧州規格や日本の規格は比較的厳しい。規格というのは一度厳しくすると元に戻すのは大変である。コンポライアンスを商売にしている人たちも多いからである。かつて英国では、不文律文化の影響なのか全体的に結構ラフな規格が多かった(BS規格など)。本来はラフな規格の方が新技術の開発につながりやすいという感覚が主流だった。かつて日本のJISやJASも分野によっては結構ラフだった。それがISOとともに、あるいは悪徳業者の蔓延によって「規格化」が絶対正義のように考えられ、過度な規格化がむしろ世界を混乱させている要因となってしまった。

もちろん犯罪の多く国や無秩序で社会不安の多い国々は、ガツガチの法体系が必要となるだろう。ときには強力な宗教体制も必要となる。それはかつての共産圏や現代のシナ、そしてイスラム系の諸国がそれに該当する。つまり安心安全や高度な文化が確保されている社会では余計な法律はジャマになる。それだけの話である。つまりグローバリズムというのは底辺に合わさなければならない。そのために時としてムダにも思えるルールやシステムを導入する必要に迫られるわけだ。

実際に1980年代以降 になって欧州がISOを推進し、アメリカがそれ対抗して自動車ではTSを推進したりする所謂「規格戦争」が続いていた。日本の保守勢力は「規制緩和は悪」とか、新自由主義者は「自由と統一規格の推進」を主張することが多い。しかし、グローバル規格戦争では、むしろムダな規制でガチガチにしている分野も結構多い。そうしたムダな規制か、そうでないかは各種業界の存在で調整困難な状況になっているというのが正しい表現である。従って、何かハードインフラをすれば技術開発が同時に進むケースもあれば、そうでないケースもあることを十分理解する必要がある。この問題はそう単純ではない!

私は、こういう規格戦争という大きなムーブメントが技術開発を妨げた大きな要因であると考えている。結局は各種規格は新たなビジネスと利権を生むということだ。そして昨今のやれ「環境だー」「エコだー」・・・そして「人権だー」が完全に本質からずれてビジネス化してしまったことに大きな問題がある。本来ドイツ人は決められたことは決められたように行動するのを好む人種であるが、一部に本質的な性能重視の派閥(技術屋)とビジネス重視の派閥(営業屋)が面倒なシステムグループ(管理屋)を排除した結果なのかもしれない。まあ認可さえ通過すれば、あとは売るだけというのは大企業でも多い。それはまるで自動車が速度規制とカメラを通り過ぎたら、元の高速で走行するのと全く同じだ。

また今回のVW排ガス問題は、アメリカによって上手く利用されたと考えることもできる。そういえば日産ルノーのカルロス・ゴーン会長は明確に「アメリカの陰謀」というコメントをしたそうだ。そしてTPPでも暗に欧州へ対抗ともいうべき内容が盛り込まれている。それは自動車の原産地比率である。トヨタのように国内部品調達率の高い企業は然程問題はない。しかし欧州ルノーと提携した日産、フィアットと提携したマツダ、そしてVWと提携しようとしたスズキに大きなダメージになる。

おそらくTPP交渉での日本は、こうした業界の要望もあり60%以上はどうしても受け入れられなかったと考えることができる。そもそもTPPはオバマ大統領の発言などより、中国排除(シナにルールつくりはさせない)というイメージが強かったかもしれない。しかし実際には欧州への対抗であることも間違いない。最近、欧州諸国がAIIBに参加したり、英国が中国とインフラ投資協定するのも、すべてそうしたアメリカを意識して強くけん制していると考えられる。

しかし、この戦(いくさ)は欧州に勝ち目はない。敵の敵は味方として中国と接近するのは自殺行為である。それは韓国もそうだ。日本が金融緩和を続け、シナに対する技術や資金援助をしない。そしてアメリカがそれを容認して、軍事的にも中国を押さえ込む。そうすればシナの経済成長はありえない。どれだけ欧州がシナを太らせる政策を実施しても、すでにシナの肉は腐っている。

またアフリカや南米を見るとよく解る。シノフォビアの本当の理由を欧州人はまだ気付いていない。まあ、あれだけのシリア難民を平気で受け入れるドイツをはじめとした人権派が多い欧州ににシノフォビアの恐ろしさを十分に理解する余裕はないのかもしれない。しかし、いずれ気付く日がやってくる。しかし、その時はもう遅い。欧州は完全に病んでいる。

さて欧州が強気になるほど、第二第三のVW問題が発生するだろう。VW排ガス問題はそうした一環と考えるべきだ。そうそう、その前に根本的な話をしなければならない。この排ガス規制は、科学的根拠は全く無い。そして誰かが死ぬ訳ではない。この程度の違反で環境汚染が拡大することは有り得ない。じゃー何!って思うのは普通だ。例えばブレーキ問題やエアバック問題のように人が死ぬわけではない。ちなみにブレーキ問題やエアバック問題で死ぬ人よりも、それで助かっている人の方が数百万倍以上も多いという事実を誰もが認識する必要があるだろう。

私は、本質的にVW排ガス問題は大きな問題ではないと考えている。それよりも無茶なグローバル規格化推進が生んだツケが表面化したと考えるのが適切だろう。グローバル化を進めようとするから、こういう罠に嵌められるのである。よくコスト重視と言われるが、グローバル規格を無視して完全にメーカ責任にするぐらいの技術力が企業にあれば、それが最も効率的なコスト削減と言える。

海外へ売り込むために「法規」を看板にして「法規」で叩かれる・・・VWも落ちぶれたものだ。


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基礎くい打ち工事
横浜のマンションが傾き、その後の調査でくい打ち工事で施工データが改ざんされた問題が話題になっている。昨日のニュースでは北海道でも同様に問題が発覚したというニュースがあった。こういう問題はマンション暮らしをされている多くの人々にとって他人ごとではない。マイホームという生活の基盤が文字通り揺らいだことは大きな社会問題にも繋がる。

では何故このような問題が発生するのだろうか?先ず技術的な問題を整理する必要がある。日本は地震、台風国家である。こうした国土での土木建築施工というのは地盤の確認が欠かせない。一般の住宅ではバラツキもあるが木造の場合は10-50tonの荷重であり、鉄骨の場合でもせいぜい数百tonである。一方で10階建てマンションの場合、数千トンの荷重が掛かっている。はっきりいって重さの桁が違う。そこに様々な設備や内装を加えると相当な重量になる。

基本的に建屋荷重の大小問わず、単位面積当たりの荷重(つまり負荷応力)と相手側の強度が問題である。当然ながら、軟弱地盤であれば負荷応力に耐え切れず不動沈下するか変形崩落する。そして何よりも問題なのは応力集中である。これは機械設計でも同じことである。荷重を受ける側の面積に応力が分散させる必要がある。応力集中の問題は一般住宅では発生することは稀であるが、マンションの場合はちょっとした設計不備でも問題になる。特に複雑な構造により、一部に荷重が偏るような構造はリスクが高い。

特に横浜などの海辺の地域では岩盤が深く、岩盤高さも一定でないことがよく知られている。かつて高層ビルというのは新宿や池袋といった岩盤深さが安定している場所が選定されていた。従って海岸付近の大きな建造物は特殊な基礎工事や大きな柱や梁を採用している場合が多い。あのディズニーリゾートのオフィシャルホテルも埋め立て地であり岩盤は深いはずである。しかし東日本大震災のときも大きな被害は発生していない。こうしたホテルに宿泊された方は覚えているでしょうか?物凄い太さの柱が多くある。もちろん広いロビーを確保するためには必要であるが、全体的な構造もしっかりしているようである。

一方で問題になった横浜のマンションは少し無理がある。データ改ざん云々以前にこうした場所に巨大なマンションを建設するのはリスクがある。どうしても施工したければディズニーリゾートと同様な構造設計にしなければならない。おそらく、コストを考えればどんな業者でも困難である。真面目な施工会社であれば「できない」と判断して施工を辞退することもありえる。しかし問題なのは、仕事に飢えた土建会社(下請け企業)がどうしてもと云われて拒否できず、いわれるまま施工することが多いことである。

今回も旭化成の関連グループの関係者はすでに行方が判らないという。おそらく解った上で施工していたのだろう。こういう問題はよく出来ているもので大手は決して自分たちの手が汚れないようにしている。「下請けが全てやった」という状況にしている場合が多い。もちろん大手も責任を問われる。しかし法的には過失と判断されるケースは多い。問題なのは、責任を下請けに押し付けた大手に対する「恨み」の増大である。

こうした歪んだビジネスでは必ず「恨み」が伴う。内部告発が普通になった世の中である。今回の事件では「傾き」という実害も伴ったが、内部告発の匂いがプンプンする。そして資産価値が下がっても構わない住人と、そうでない住人の対立も発生する。そうなると泥沼である。おそらく今回問題になっているマンションは崩壊することはありえない。しかし資産価値の低下、そして施工業者の信頼を失墜させる結果となった。 この問題には相当根深いものが潜んでいるような気がする。


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間接証拠と自白
大阪市東住吉区で小6女児(当時11歳)が焼死した民家火災について容疑者が釈放されるというニュースがあった。被害者の女児には1500万円の保険金が掛けられていたとか、義父(容疑者)から性的暴行を受けていた・・・など様々な状況証拠(間接証拠)と自白によって最高裁で無期懲役が確定していた。それはそれで大きな間違いではないと私は確信している。

確かに駐車場での自然発火は別件でも再現試験されたことがあり、こうした科学的根拠の判例をうまく利用したとも言われている。まあニュースでは「冤罪」のようなイメージを作り上げているが、あくまで黒がグレーに近づいただけで白と判定されたわけではない。今後の再審の行方が気になるところである。それにしても弁護士をはじめ、多くの支援組織はどういった組織なのだろうか?そういうことも非常に気になるニュースである。

それにしても間接証拠による死刑、無期刑の判例は過去にも数多くある。有名なところでは、和歌山カレー砒素中毒事件、米原汚水タンク殺人事件、ルーシー・ブラックマンさん殺人事件、そして三浦和義氏のロス疑惑である。それらの多くの事件に関係しているのが、保険金、恋愛(不倫)、金銭問題、朝鮮人(在日、帰化人含む)などである。まあ週刊誌ネタになるのも理解できるが、やりすぎ?思える報道もあるのも事実である。

しかし、こうした不安定な社会生活をする人たちには多くの怪しい行動がつきものであったのも事実である。古い事件であるが、帝銀事件の容疑者である平沢貞則死刑囚は銀行の番号札で不正にカネを奪った前科があった。また戦後の混乱期に朝鮮人による多くの事件も発生した。このような容疑者は、もともと疑われる要素を多く持っていた。「疑われるような行動」というのは、それだけでも慎むべきであるが、そうした社会的制裁に対してあまりに無頓着であることが、こうした容疑者に共通している。

また基本的に犯罪者というのは再犯率が非常に高い。特に性犯罪者、麻薬常習犯、凶悪犯罪者・・・複数の犯罪歴があるといっても過言ではない。また保険金殺人も再犯が多い。日本では保険金というのは簡単に支払われることが多いからだ。保険会社は一旦はカネを支払いながら大金の場合は警察や探偵に調査を依頼することは多い。そもそも保険金殺人なんてのは計画的な犯行なので物証をできるだけ残さないよう行動するのが普通である。だから操作が難しいのは当然である。

また自白についてだが、特にシナ人や韓国朝鮮人に見受けられる特徴だが、「絶対に自己の非を認めない。他人に責任を擦り付ける」というものがある。今回の朴容疑者も「自白したことは人生最大の誤り」と述べたとのことだが、裏を返せば犯罪しても「非は認めてはいけない」とも受け取ることができる。ウソをつくことが平気な人間はどこにでもいる。ウソを突き通すことこそ「生きること」と考えているヒトも結構多い。

どうしても「状況証拠」は軽く見られる傾向にある。科学捜査も重要であるが、「自然発火の可能性は否定できない」という表現は「UFOに乗る宇宙人の存在の可能性はゼロとはいえない」と同じであり、科学的根拠を裏づけしたの話ではない。それを「科学的に証明された」なんて表現をしたら、それこそウソである言える。はっきりいって科学捜査としては極めて不十分である。「STAP細胞はあります」と同じである。

「間接証拠と自白」、たしかに自白の強要の問題はあるだろう。過去に多くの冤罪もあったであろう。様々な議論があるのは十分理解できる。しかし今回は状況証拠の重要性をもっと考慮すべきである。そもそもカネに困っている連中が子供に多額に保険金を掛けるか?そして連れ子である小学生女児を強姦するか? この時点でこいつらは人間ではない。従って、取調べにおいて自白を強要することは、ある意味で間違っていない。なにしろ「ウソ」を吐く文化を持つ連中に対して、そのような対応は絶対に必要だからだ。



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おごれるシナも久しからず
シナのインドネシア高速鉄道輸出や英国への原発投資・・・無理と解っていてゴリ押しする様は、まるで大躍進政策や文化大革命を彷彿させる。メンツを重視し、上司への報告を捏造する・・・ウソの結果にウソの政策を塗り重ねる。結果的に達成できたのは「反日行動」のみ・・・それさえ達成できれば、実務担当者は国家(シナ)なんてどうなってもいいと考えている。

シナの経済は実質マイナスとなっているようで、四半期の経済成長率が6.9%(輸入は20%減少しているのに)は全くのウソである。そうなると鉄鋼や石油なのの資源在庫が過剰になり、そして関連企業の収入源が絶たれる。また先般、金利の引き下げなど金融緩和などはむしろ外資が逃亡することになり、そうなると当然ながら海外へのインフラ投資を推進しなければならない。

キンペイさんをはじめシナ共産党のトップ方針を絶対に遂行するために無茶な計画をゴリ押しする。そして実務担当者は形だけは「契約済み」とするが、計画を実行する能力はない。ていうか今後ますます負のスパイラルになる。これって、かつての大躍進政策と全く同じ構図である。ウソを吐くことが常識であり、メンツや表面的なことに拘り国家や民族を荒廃させるシナ人の歴史は今も現在進行形として続いている。

急激な変革は必ず大きな歪(ひずみ)が発生する。日本でもバブル期のような「イケイケドンドン」のような危険性は常にある。ヒト、モノ、カネが活性化することは否定はしない。しかし「イケイケドンドン」の精神は必ず大きなしっぺ返しがやってくる。そうした邪悪な日本人の性質を抑制するのも時の政権の重要な役割だと私は考えている。それは歴史上の古代文明の衰退(大規模農園でのリスク)、現代シナの「大躍進政策」による失敗も根本的には全く同じでだからである。

栄枯盛衰、おごれる者も久しからず・・・人間には寿命があり、個人レベルでは必ず栄枯盛衰がある。しかし国家や民族が永遠に繁栄するためには、継続性のある文化や経済が基本である。それは地道な努力の積み重ねがベースにある。もちろん現代社会の経済は「気」の影響が大きく、戦後の経済成長はその「気」が重要であったことは確かな事実である。しかし日本はかつてのバブルの幻想を追い続けてはならない。もちろん、かといって緊縮財政にすることも愚かなことだ。

おごれるシナも久しからず。日本としては彼ら(シナ人)の失敗の一部始終をしっかりと見届ける必要がある。



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シナのインフラ輸出計画の目的
長らく日本との高速鉄道計画を進めてきたインドネシアが一旦は白紙撤回して、日本案を棄却してシナ案を採用した。この件に関して様々なマスコミ報道やネット上でも意見が非常に多い。私は少し違った見方をしている。基本的にシナは建設する能力はない(これは統一した意見だ)。そして重要なことは、そもそもシナは実行する気もない。本当の目的は「日本の進出を妨害する。」それだけである。従って、おそらくインドネシアでは施工はされない。ていうか約束を履行することはできない。結果的に「空約束」といわれても、それでもシナは構わない。本当の目的は日本を妨害することのみである。シナとはそういう国である。

そして最近、キンペイさんが英国訪問で原発の投資を約束したと報道された。これも本質は全く同じである。そもそも英国内でシナの投資による原発建設は行われない。むしろ他の途上国へ「英国との契約済み」という看板でグローバルで経済進出するのが本当の目的である。英国内でもシナ主導の原発建設に反対する意見も多い。キンペイさんの英国での演説では誰も拍手しないし、アンドリュー王子は露骨にイヤな顔をしていた。チャールズ皇太子にいたっては参加すらしていない。そんな状況で原発というエネルギー安全保障をシナにゆだねることを英国は判断できるだろうか?

英国というのは歴史上、外交上、何度もウソをついている。約束も何度も反故している(特に弱い相手に対して)。大東亜戦争のとき香港、シンガポールの英国軍は「この場所は我々が守る!義勇軍は認めない!」といいながら日本軍が来たら、さっさと逃げた。そして中東においても英国の欺瞞外交が現代イスラエル問題を生んだと言っても過言でない。当然ながらシナ人も嘘吐きが多い。シナ人の9割以上は「ウソは必要!」という哲学を持っている。つまり、英国とシナの至上最大級のウソが始まろうとしているということだ。そして英国は「EUやアメリカへのけん制」それだけである。英国のAIIB参加表明も本質はそうである。

どっちにしてもシナ経済とシナ社会の崩壊で執行できないのは間違いない。つまり英国もインドネシアも何も変わらない。安倍政権が推進する日本のインフラ投資を妨害した・・・という結果だけが残る。シナも目的はそれだけだ。その証拠にキンペイさんの英国での発言、シナの国連での発言・・・すべては日本を陥れる。それだけが目的であり、その目的を遂行するためには何でもやる。おそらく安倍首相が訪問している中央アジア諸国にも、後からキンペイが国賓として訪問して、英国訪問時と同じようなことをするだろう。このようにシナは日本を露骨にけん制し、英国はアメリカをゆるやかにけん制する姿勢がたまたま今回は共鳴しているといったところだろう。

でもまあ、こういうことを必死に行わなければならない程に英国とシナは病んでいるということだ。そもそも私は日本のインフラ輸出計画には懐疑的である。とにかくグローバルでは様々な思惑で動いているので、こちらから積極的に動く必要はない。「どうしてもい日本の商品が欲しい」という国だけを相手にすればよい。そして根幹的な技術は決して渡さない。それが外交の基本である。それに徹すれば良い。もちろんシナや韓国は反日だが日本の技術とカネが欲しいだけだから、相手にする必要はない。

従って来月に予定されている日中韓首脳会談などやる必要は全くない。安倍首相は中央アジアから帰国したら、すぐに臨時国家を開催してTPP対策、および補正予算の審議を進めるべき。シナのインフラ輸出計画の本質を知れば、当然の判断である。

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数字のイメージと文化
「鶴は千年亀万年」という諺(ことわざ)がある。私が幼少の頃、本当にツルが千年の寿命でカメが万年生きるとホントに信じていた時期があった。何しろ私の両親は詳しいことは教えずに、そのコトワザだけを私に伝えたからだった。今では私を含め普通の大人なら千年も万年も生きる動物は存在しないことを理解している。まあデーモン小暮さんの「10万55歳?」くらいは本当の事とする「楽しみ」は理解できる。しかし稀に本当だと信じている人もいるかもしれない。そうだとしたら、それは大きな問題だ。

最近では差別的な表現としてあまり使われなくなったが「百貫デブ」という言葉(歌)がある。最後の締めくくりが「光るはオヤジのハゲあたま」という・・・デブとかハゲとか子供が大好きな言葉である。まあ差別表現?問題はさておき、百貫といえば375kgである。あの小錦の全盛期は300kgくらいで、世界的にも存在しえる体重なので無茶苦茶な数字ではない。こういう表現は一昔前のこども言葉で「おまえのかーさんでーべそ」と変わらない。昔のマンガでも手足より長いヘソが描かれることも多かった。つまり文章表現ではなく、たわいもない日常会話、あるいはマンガの世界(特に少女マンガはもっと凄い)での表現だった。

一方で正式な名称としての数字表現も多くある。例えば、冬場に旨い京都の「カブ千枚漬」も実際には千枚ではない。大量に漬け込むときは千枚以上になることもあるかもしれないが、今更三十枚漬けと名前を変更しても仕方がない。まあ日本では、昔から千とか万とか縁起がいいと解釈されていたことに由来しているようだ。また億万長者とか百万ドルの夜景というのもイメージとしてはわかりやすい。また最近の宝くじでは○○億円が当たり前なので、億万長者という表現も決してウソではない。あとは屋久島の屋久杉が推定年齢が数千年という内容や加賀百万石は本当に百万石だったのは紛れもない事実である。つまり日本の場合、多少の大袈裟な表現はあっても現実味のある数字だった。

しかし日常会話の数字が一人歩きして大きな問題になるケースがある。それは日本よりもむしろシナ朝鮮で多い。大戦中のいわゆる「百人斬り」とか「千人斬り」というのも全く根拠のない話であることが現在の有識者なら皆知っている。そもそも日常会話表現が文字になって一人歩きした典型的なパターンだ。はっきりいって「百貫デブ」の表現と大して変わらない。にもかかわらず戦犯の理由とされるなんて、言葉の意思疎通方法が違う文化の人たちとの関わりの難しさを示している。それは西欧人に対しても基本は同じである。

そもそも日本と外国では数字の使い方が違うのである。日本が皇紀2500年(事実に近い数字)を表現すると、それをシナや韓国、そして一部の日本人が「虚構」と勝手に解釈する。そしてシナは「四千年の歴史」とか韓国は「ウリ半万年の歴史」とかを表現する。また広島と長崎の原爆犠牲者の数が名簿と共に10万、20万と事実の数字が増えると、負けじと南京犠牲者が名簿なしで20万、30万と増えていく。いわゆる従軍慰安婦の強制連行も証拠はないけど20万人に増えていく・・・。

そして、そうしたウソの数字に簡単に騙される人も増えていく。しかし現代文明社会でインターネットも盛んな時代に、そんな虚構を信じる人が何故増えるかという疑問がある。私は「情報規制」、特にインターネット規制(特にシナ、ロシア、中東、途上国など)していることが大きな原因だと思っている。また教育問題、特に理系教育をせずに文系教育に専念するのは危険性が高い。共産主義者も文系(東大系)が多い。もちろん私は文系そのものを否定しているわけではない。「白髪三千丈」という言葉も元々は唐の李白の一節から由来している。私は個人的に李白の詩が大好きであるが・・・。

李白といえば、大きな大きな月を掴むために泥酔して水死する(事実かどうかは判らない)。虚構やまぼろしによって文明が衰退する様は、ヒトとモノの「あわれみ」という日本人的表現に当てはまる。そして、より美しく見えることもある。しかし現代のシナ人は「あわれみ」はあれども美しさを感じない。どれだけ大きなモノを求めても・・・美しさの伴わない誇張表現は誰のこころにも響かない。そして楽しくない。やはりこれは科学技術への理解問題でなく文化の違いによるものだろう。


日中韓会談をやめて臨時国会を!
TPP交渉が大筋合意し、内閣改造があり、野党は臨時国会開催の要求をしている。今回、私は珍しく野党に賛成である。当然ながら臨時国会は開催されるべきと考えている。特にTPP対策に関しては国内での対策や法整備はじっくりと検討する必要があるからだ。ここ数日私がブログで記事にしたようにTPPの国内的な対応が山ほどある。

焦点は臨時国会の開催時期が問題である。首相の外交日程があり云々と言っているが、はっきりいって来月上旬に計画されている日中韓首脳会談は行う必要はないだろう。おそらく外務省は事前に会談内容を調整しているだろうが、シナのキンペイさんの英国訪問での発言やら、国連でのシナ代表の発言など相変わらずのキチガイ発言の多いことより、首脳会談しても成果はないのは間違いない。そして韓国に関しては論外である。これらの国にまともに相手する必要はない。トップ解決などありえない。

外務省はそんなムダな時間を浪費するよりも、TPPの影響と安全保障を取り巻く環境について外交的な解析と対策立案に尽力すべきである。それこそ通産省や農水省だけでなく、厚生労働、財務省、そして外務省などが一丸となって国内対策と外交対策を様々な視点から検討すべきだろう。

従って安倍首相としては一応は日中韓会談に前向きとしながらも、野党や日本国民の要望により臨時国会を優先したと言えば良いまで。やはり価値観の違うシナと韓国とは、人間の会話は成立しない。ただし、理由もなく拒否するのは外交上よくないので「忙しいフリ」をしてでも丁重にお断りするべき(実際に忙しい)、それが一番良い。そして日本での各省の意見や世論を聞きながらTPP対策を進めるべきである。



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これからの日本の農業
TPP交渉が大筋合意となり、内容が徐々に明らかになってきた。日本の関税撤廃率は95%で他国に比べ少し低い(他国は98-100%)とか、重要5品目は関税を維持したということが伝えられている。しかしコメに関しては輸入枠を拡大したと伝えられている。このことは今後、自民党が公約を果たしたのかどうかの大きな議論になるだろう。まあ少なくとも、米韓FTAの韓国よりはマシなのかもしれない。

以前から私が主張しているように、農家への各種補助金を早急に検討すべきである。ちなみにアメリカでは農家への補助金は莫大である。それが本質的に良いか悪いかは別として、このような状況では日本でも絶対に必要であると断言できる。ついでにサンマやカツオのような回遊魚を北太平洋の公海やインドネシア沖で横取りする外国勢に対抗するため、公海での漁業支援(燃料費など)として公的な補助金拠出も良いだろう(これはシナ、台湾、韓国の漁業に大きなダメージになる)。

さてTPP妥結後の日本では食品在庫の過剰が進むことになる。ちなみにコメの輸入に関しては、今までもミニマムアクセスとして存在していた。従来は飼料用とか工業用に使用されていた。今後はそれだけでなく途上国へのODAとして、現金ではなく食料を配布したり、国内の生活保護者に現物支給として活用する方が良い。そうそう、あの国連ユネスコへの負担金も廃止して現物支給としてコメを提供するのもいいだろう。それでも余るなら国内でバイオ燃料や肥料としての活用もすべきだ。とにかく強制的に輸入された過剰なコメは国際貢献とか人道支援の名目で海外や国内(生活保護者)にバラまく方が良い。

そもそも経済というのはヒト、モノ、カネがアクティブ(活性化)しなければ意味がない。ヒト、モノ、カネが眠っていても何も経済は動かない。もちろん、そのアクティブの方向性も重要であるわけだが、モノ余りの時代にカネがロクな使われ方しないことが最も大きな問題だ。最近の安倍政権は「一億総活躍」とかスローガンにしているが、たしかにヒトだって活性化しなければ存在理由が低下する。しかし、ヒトだけが活性化というのは実に難しい。一人芝居や一人ダンサーも結構だが、全体としてヒト、モノ(サービス)、カネが活性化しなければ経済は発展しない。

しかし農業の場合、単純に活性化すれば良いというものではない。もちろん耕作放棄地の拡大は農地再生に時間とコストが掛かるというリスクはある。一方で長い人類の歴史を見ても、大規模な農業推進や森林伐採が土地の砂漠化を招いた明白な事実がある。古代エジプトもメソポタミアもそうだ。ギリシャやローマも乾燥した大地になっている。またかつてのシナの大躍進政策や最近の土壌、水質、大気のトリプル汚染による影響は「無知」と「欲望」を由来とする悲劇的な崩壊だといえる。

つまり日本の耕作放棄地はコストや時間は掛かるかもしれないが再生は間違いなく可能であること。しかし砂漠化や水質土壌汚染は簡単には元に戻らないということを前提に農業政策を考えるべき。従って、基本的に私は日本の農業を大規模化には反対だ。そもそも日本では地政学的に大規模農業には限界がある。すでに農業大国であるアメリカやオーストラリアも水源がいつ途絶えるか解らない状況になっている。ちなみに、すでにオーストラリアは干ばつが定常化している。

これは漁業でも同じことがいえる。特に近海での乱獲は長期的な漁獲量が低下することがよく知られているが、数年禁漁にしただけで漁獲高は著しく回復する。それは福島原発事故以降の福島近海の状況がそれを証明している。一方でシナ大陸沿岸のように乱獲だけでなく海洋汚染していると回復させるのは至難の技だ。したがって、公的補助金を使ってでも沿岸漁業は制限し、海洋汚染を防止し、燃料費を政府が負担してでも公海でも漁業(他国の横取りを防ぐためにも)を推進すべきである。

つまり私が何を言いたいかというと、長期的な農業、漁業を考えると各種補助金は絶対に必要ということだ。たしかに計画性のない補助金は一時的に業界を甘やかすことになるかもしれない。自助努力が低下して国際競争力が低くなるといったデメリットがあるのは私も認めている。しかし、農業や漁業で最も重要なこと継続可能な状態を維持することだ。特に日本では絶対に「砂漠化」させない政策が重要である。これは人類の歴史の教訓である。このような目的意識があれば補助金は活きてくる。今までの補助金はマクロな目的が曖昧だったから成功しなかったのである。


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「ため息」で幸せが逃げる?!
「ため息」は幸せが逃げるといわれている。しかし反対に「いやいや、ため息は健康に良い」なんて意見もネット上では多く見受けられる。もちろん細かなデータがないので結論は判らない。そもそも、こういう議論ってどうやってデータ取るかなんてのも難しい話だ。そして、いわゆる「深呼吸」と「ため息」を混同しているような論調も多いので議論が混乱していることも多い。

しかし私の漠然とした印象としては「ため息」って周りに不快感を与えることは間違いないと思っている。なんとなく「私って疲れているのよ!」という被害者意識の主張とか、「かまってほしい」という表現、あるいは相手の対応に不満を示す典型的な態度のように私は思う。特に意図的に他人や第三者に「ため息」を見せる行動は単に同情を誘いたいだけに見えるからだ。

私の経験上、本当のプロはそういう「ため息」はしない。そして、そういうプロに会ったことがない。そういった「ため息」をしないプロの周りには必ず多くの人が寄ってくる。なぜなら一緒にいて「心地がいい」のである。一方で「ため息」や「グチ」、「他人の悪口」なんて、ずーと聞いていると自分まで性格が悪くなる気がする。最初は「まっいいか」と思って聞いていても、そのうちにその人とは距離を置くようになる。

つまり「ため息」って幸せが逃げるのは本当だ!というのが私の考えだ。要するに他人に「ため息」を見せる行動は本人自身で何とかしようという精神が低く、他人頼り、あるいは何かに依存する意識が強いあまりにそれが達成できないと不満をぶちまけているということ。おそらく「ため息は健康に良い」なんて意見は、多くのため息人間の自己説得のためのコメントにすぎないと考えている。

私がとある工場の管理者をしていた頃、中年女性の多い作業場を巡回しているときに、遠くから見たらワイワイおしゃべりして楽しそうだったのが、私が近づくといきなり表情を変えて(疲れた表情に変身)、「あー○○さん、たいへんなのよー、はー」と言って深いため息をついていた。・・・このように忙しくもないのに忙しいフリをする。そして深いため息をする。そういう連中に騙されるほど私もバカではない。

とはいえオバサンたちに嫌われると会社の仕事が滞るので、姉小路きみまろさんを真似て「あれから40年!」なんて茶化して、その場を立ち去った。中には仕事のレベルが高く、頼りになるオバサンもいたのでオバサン全体を敵にまわすことは絶対にできなかったというわけだ。ホントこういう現場の管理って難しい。

でもプライベートでは絶対に「ため息」の多い人には近づかない、関わらない、距離を置く。もちろん「ため息」だけでなく「グチ」や「他人の悪口」もそうだ。それって私にとって幸せが逃げない人生の大きな秘訣だと考えている。

だから私はこう主張したい「ため息人間さん! さようなら!」


ルーティンって大事だ!
ラクビーのワールドカップで日本代表が初めて3勝したとのことで話題になっている。特に五郎丸選手のキックは正確でパワーがあるといわれている。私はラクビーについてあまり詳しくないが、五郎丸選手のキックをするときのルーティンの動き(いつもの同じ動き)には多くの人々が興味を示している。そういえば野球のイチローもバッターボックスに立ったときの仕草、大相撲での横綱の土俵入りなども必ず個性的?なルーティンの行動がある。

このルーティンって、一般人の生活でも重要だ。私も朝は目覚まし時計がなくても、いつもの時間に起きる。そして食事して歯を磨いて・・・そうした日常の行動パターンがある。春には種や苗を植えて、秋には収穫して、その間にも様々なルーティン業務がある。もちろん大雨や台風に備えた動き、ムシよけや害虫駆除にも忙しい時期もある。人間そのものも、こどもを育て、こどもは成長し、恋をして、結婚して・・・そうした繰り返しの営みの中で高度な文化が生まれてくる。そうして社会が成熟するとリーダも生まれる。社会ルールも構築される。

一方で同じことを何度も繰り返すなんて「つまらない」と思う人々も多いようだ。たしかに毎日同じものを食っていれば飽きる・・・というより、栄養が偏りカラダに良くないとかあるかもしれない。しかし同じ事を繰り返すことで、心や体も安定するという結果をもたらす事は非常に多い。音楽の名プレイヤーというのは必ず口を揃えて「あきない」と発言している。この飽きずに同じことを繰り返す事って最初は辛いかもしれないけど、継続するとこれほど楽しいことはない。多くの芸術家や高度な職人さんだって皆そうだ。

以前、テレビ朝日のニュースステーションという番組でジャズバイオリンのステファン・グラッペリがゲスト出演したことがあった。そのときに司会の久米宏が「ずーとバイオリン弾いて飽きませんか?」というバカな質問をした。するとグラッペリ氏は「飽きない!」と断言していたのが印象的だった。その後に彼の演奏が披露された。すでに90歳を超えていたか?当然ながら衰えはあったが、彼独特の演奏を聞くことはできた。それから数年後に彼は亡くなった。彼のように、いつもと同じようにバイオリンを弾いて年老いても「飽きない」といえるヒトって本当のプロなんだなあと思う。そして、そういう方々に対して深い尊敬の念を感じる。


軽減税率も還付金も止めた方が良い!
2017年の消費税10%増税に伴い、軽減税率を検討するとのこと。食料品など生活必需品を対象にするとのことだが、結論から言うと還付金構想と同様に導入は困難だろう。この検討とは公明党に配慮したということ。そもそも生活必需品とは何か?50年前と異なり国民の生活スタイルは多様化している。どうやって線引きするか?揉めるだけである。強引に導入しても業界によっては「しこり」は残る。それこそ小学校の遠足で「バナナはおやつに入りますか?」というレベルの話である。麻生財務大臣がコメントしたように「めんどくさい」は当然の話だ。そんなことなら消費税引上を凍結するか、すべての品目の軽減税率(つまり増税なし)の方が解りやすい。

まあ、今回の検討は結局はダメと解っていて色々と議論させて、やっぱりできませんでした・・・となれば国民の反発は必死だ。どちらかというと、こういう議論は国会議員への配慮という色彩が強い。以前にもブログで述べたが再び増税延期(あるいは凍結)、そして大型の財政出動(補正予算)して、来年7月に衆参同日選挙となる可能性がある。もし私が首相だったらそうする。そうそう、来年は日本でのサミットもある。サミットの年の解散というジンクスは守られるわけだ。逆にこうした対応をしなければ与党自民党は大幅に議席を減らす可能性すらある。

あともう一つ重要なことがある。それは中国経済の動向である。人民元切り下げとか天津での爆発事故とか、何かとマイナスニュースが多いが最も重要なことは中国の実体経済の状況である。中国当局が発表する指標があてにならないが、一説にはすでに完全にマイナス成長になっていると言われている。どうもそれは本当のようだ。そうなると、ただですら危険にさらされた現地の日系企業を救済する法案を早急に準備する必要がある(秘密裏に・・・)。具体的には、国内回帰への援助、税制優遇・・・そして日本人居留民への帰国援助である。

まあ、とにかく軽減税率だとか還付金といったレベルの低い話ではなく。マクロ経済と国際情勢を考慮した判断が必要となる。本当にGDP600兆円目指すなら、それに向けた具体的な数字で議論しなければならない。


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TPPと知的財産権
前回のブログではTPP交渉での議題になっていた知的財産、著作権について、特に文化や芸術に対しては保護は最小限にすべきという記事を書いた。特に中国という国は模倣やパクリで知られているが、問題はそうしたパクリ文化を勝手に中国で登録商標や特許にしていることである。有名なところでは、「クレヨン新ちゃん」や「山梨、青森・・・」といった日本の地名が中国で商標登録されていることがよく知られている。またミッキーマウスにそっくりのキャラクターや遊園地は日本のテレビでも話題になった。母屋がはなれに乗っ取られるとはまさにこの事だ。

日本では、例えば山中教授のiPS細胞技術や青山千春さんのメタハイ探索技術(魚群探知機活用)の特許など、誰かに特許を取らせないための特許という内容が多い。私のいる工業界でも、この手の話はたくさんある。私も技術や文化というものは可能な限り共有すべきだと考えている。ビジネスとしても、高度かつ高性能であっても下手な特許で市場拡大に繋がらない事例は多々ある。過去の古い例ではビデオデッキのVHSとベータ、最近ではトヨタが一部の特許をオープンにする戦略も話題になっている。基本的に、特許をとる、あるいは取られるというのは非常にバカバカしい話である。こんなことに振り回されるべきではない。

特にオリジナルをパクって特許を取るなんて行動はホントに中国人(あるいは韓国人)の特性をよく表している。カネのためなら何でもする。こんな連中とはまともに相手すべきではない。アメリカもそうした中国や韓国のやり方にウンザリしている。アメリカの場合は、エンタメのDVDや肖像権などが海賊版として溢れ、結果的に莫大な損失(本来得られる利益を失っている)がある。そのことが知的財産保護の方針に動いたわけだが、裏を返せば、返り討ち(逆特許)にあう危険性も十分高いということ。なぜなら登録商標とか特許というのは早い者勝ちだからだ(本当の優劣ではない)。

当然ながらアメリカは同一のルールでビジネスを主張する。そうすれば勝てると思っているフシがある。あのアップルのiphoneでも韓国のサムソンがパクリまくっていたがサムソンは裁判が終わるまで製品を売りつくすというビジネススタイルに徹していた。あるいは逆にアップルを提訴したりもした。一方で消費者も安いと思って購入したが粗悪品で「China Free」という言葉が流行するほどだった。特に中国製ペットフードでは動物の死亡事故が相次ぎ、アメリカでは中国製品(あるいは中国)の信用を完全に失っている。つまりルールがどうであろうが、知的財産がどうであろうが、良いものは長く売れるし、そうでないものは長続きしない。それこそが「自由」の結果である。(私は新自由主義に反対だが、自由のメリットは理解しているつもりだ)

現在、日本のペットショップでも「日本製」とか「化学添加物なし」とか記載されている商品で溢れ、多少ヒトの食い物より高価でもよく売れている。このあたりも中国人(韓国人)と欧米日本人との大きな価値観の違いである。私の家のペットのウサギも安心、安全の高級品(自宅で育てた牧草)を食べている・・・・。従って、粗悪品に対する罰則強化、および文化に対する登録商標の制限をするべきである。結局は「知的財産保護」というのは、法解釈によっては諸刃の剣になるわけだ。そもそも、わざわざ登録しなくたってディズニーはアメリカの文化だし、スシは日本の文化である。誰でも解る文化の浸透の方が重要である。

もし日本のラーメンが中国人に訴えられたり、ジャワカレーがインドネシア人に抗議されたり、フレンチトーストにフランス人が抗議しても仕方が無い。日本のスパゲッティ・ナポリタンもイタリア人は一切抗議しない。唯一、トルコ風呂(現ソープランド)にトルコ人が文句を言ったのは少し理解できるくらいだ。 つまり多少マネしたって構わない。ヘンな名前付けても構わない。何処かで誰かが何かのマネをしながら成長する。それが文化である。古代日本だってシナの影響は受けている。漢字をパクリって今更言われても仕方が無い。

今回のTPP交渉で知的財産について、どうのような結果になったのか解らない。しかし、このような背景を十分考慮して国内ルールを決めるべきである。つまり、知的財産保護は最小限にとどめるべきというもの。ただしそれは先進国の中での話であって、中国や韓国のように露骨な模倣をする国とは距離を置くべきだ。何言ってもこれらの国はムダだ。つまり中国や韓国を決してTPPに参加させないこと、またG7にも決して入れないこと・・・これがTPP交渉で纏まっているのであれば一定の評価はできる。

ちなみにTPP参加国であるマレーシアやベトナムでも以前は模倣品や海賊版は溢れていた。不思議なことにいずれも中国系の住民が主体のビジネスだった。特にマレー系がマジョリティであるマレーシアでは従来より模倣品に厳しくなっている。それでも「アンダーテーブルマネー」で動かされる警官も多い(これはマレーシアだけでなく途上国はいずれも同様である)。要するに、反発や不徹底はあるかもしれないが何とか取り締まりは可能ということ。

しかし中国では取り締まりは不可能だ。また韓国のように国家ぐるみ、あるいは大企業自ら模倣するような社会では、途上国のような下層部へ取り締りだけでは管理できない。従って日本は韓国や中国とは付き合わないほうが良いという結論になる。TPPの内容はまだよく解らない。少しでももまともな議論の下での締結ならば、韓国と中国は加入することは困難だろう。というより加盟12カ国の了承は得られない。表面的にアメリカは韓国のTPP参加を歓迎すると言いながら、米韓FTAを優先するという結論は決まっているというのが私の見方だ。

もちろん、そうなると経済が低迷する中国はもちろんのこと、韓国も大きな痛手になる。しかし日本はそんなこと知ったこっちゃない。彼らの自業自得である。しかし問題はTPP大筋合意の内容が本当にそうなっているかどうかである。正直言って日本のメリットも大したことはない。以前ブログで主張したように、外資規制や一部の業界への補助金、そしてカネとヒトの動きは徹底的に管理すること、これらを国会で十分審議することが必要だろう。そして忘れてならないのは知的財産について、どういう戦略をするかである。これって意外に難しい議論になる。


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同じ価値観を共有!?
私がよく訪問するケント・ギルバートさんのブログ「ケント・ギルバートの知ってるつもりで」で「史実を世界に発信する会」からのメールが紹介されている。そこでは「公開質問状」として日、英、中の各語で紹介されている。そういえばRape of Nankingの著者のアイリス・チャンも公開質問状を渡されたことがあった。もちろん彼女からの正式な回答することなく自殺したことは有名な話だ。

おそらく中国政府も回答することないだろう(回答できない)。中国は、アイリス・チャンのように自殺はしないにせよ追い詰められるのは間違いない。シナ人(韓国朝鮮人も)というのは間違っていても誤りと決して認めない民族である。どうやって言い訳するか?どうやってプロパガンダするしか考えない。なぜなら「誤りを認める=死」を意味するからだ。

つまり全く価値観が違うわけだ。最近ではTPP交渉やG7会合の後に日本の関係者は「価値観を共有する仲間」という表現をよく使う。もちろん日本人と欧米人の価値観も違いはある。それでも、まだ共有できる要素は多い。そしてインドやアフリカも日本とは相当価値観が違う。それでもインド、アフリカの良いところは自分たちの価値観を他国に押し付けないことだ。

もちろん、かつての欧米も彼らの価値観をアジア・アフリカに強要しようとした(今でもしている)。しかし日本の場合は、江戸時代以前より、社会や経済の仕組みは表面的には違えども比較的ヨーロッパに近い価値観を持っていた。また新しいモノ好きの日本人の要素も加わって、すんなりと欧米の価値観を理解した。

もちろん戦後のGHQの洗脳教育は敗戦国としてアメリカ戦略によるものであったことは間違いない。しかし日本人はアメリカの政策であったにせよ日本人としての精神は失われていなかった。むしろ、そうした日本人らしい精神は多くの諸外国(特亜三国以外)からの深く理解されている。少し違った形であれ日本を理解する国々が多く存在するのは間違いない。

特に日本人を理解する国々や人々が増えたのは、やはりインターネットの影響が大きい。逆にそのインターネットが規制されている国では日本を理解する人が少ない傾向がある。TPPの議論では、著作権や知的財産保護の話題になることが多い。しかしアメリカが主張するような保護では、本当の文化発展はありえないだろう。

多くの人々が価値観を共有するためには、知的財産保護は最小限にすることが望ましいというのが私個人的な意見だ。しかし保護がなければ文化振興や新規開発の妨げになるとの意見も一応は説得力はある。考えてみれば、アメリカが得意とする医薬品や工業製品は開発に時間が掛かり、開発費用と回収という考え方は理解できる。

しかし文化やエンタメについて開発費用とか回収という世界ではない。日本の人気マンガやアニメも当初にビックマネーを稼ぐための投資なんて一切していない。スシやテンプラだって誰がどれくらい開発費用を投じたかなんてナンセンスな議論だ。良いものは残り、悪いものは消えていく・・・それが文化である。そして、そうした文化が共有できる環境とそうしたネットワークを構築させる必要がある。

文化の価値観を共有する。この考え方は工業製品、サービス、投資などと決して同じではないということを理解する必要がある。



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中国崩壊と国連解体させること
いわゆる南京大虐殺関連資料がユネスコ記憶遺産になったとのこと。ユネスコって何でもアリというのがよく解った。例えば、捕えられた宇宙人(実は毛を剃ったサル)とか、ネス湖のネッシー(実は小動物)とか雪男(ただのクマ)とか・・・先日テレビで放映していた謎の生物イエティの写真や証言もユネスコ記憶遺産にすべきだろう。今後はもっともっとバカバカしい内容を遺産登録することが望ましい。UFOの宇宙人に懐妊させられたオンナの話もいいかも・・・つまり全体的なレベルを低下させる必要があるということ。(すでに低下しているが)

また差別、キャベツといわれるのを覚悟して中国人や朝鮮人のキチガイ遺伝子やその行動も天然記念物に指定してもいいかもしれない。・・・とにかく何でもいい。嘘でも事実でもいい。差別でもキャベツでもいい、誰かがキズつこうがお構いなし。誰かが勝手に認定すればよい、言ったモノ勝ちというわけだ。当然ながら、そのうち誰も振り向かなくなる・・・オオカミ少年のように・・・そして、それを権威ある?機関が登録すればいいわけだ。そうすれば国連もオオカミ少年と同レベルになる。

以前にも当ブログで記事にしたように、世界遺産とか日本の国宝とか重文なんて公的認定ではない。あくまで「登録」である。その登録したからといって何かの優劣をつけている訳ではない。オリンピックの金メダル(判定モノでなく勝敗モノ)やノーベル賞(自然科学)とは違う。プロパガンダだけではホントの栄誉を得ることはできない。しかし世界には相変わらずバカな連中は多いことだ。この「登録」が絶対的なものであるという勘違いをしている。もしユネスコ登録が絶対的な存在なら、我々日本人はどうしても実行しなければならないことがある。

よく実情をルールに合わせるとか、ルールを実情に合わせるという作業がある。なぜならばアンマッチはよくないからだ。ルールが絶対ならば実情をルールに合わせる。実情が絶対ならルールをそれに合わせる。それが「法の至上主義」あるいは「現状の至上主義」である。憲法学者はとにかく国民が死んでもいいから憲法に従わなければならない・・・と考えている。また共産主義者は共産党一党独裁が絶対であり、それに従わなければならないと主張する。また無法地帯で保安官のいない街は、強いものが勝ち、弱いものが負ける。そこにルールなど存在しない。勝てば官軍というのも同じ考え方である。

すると、こういう結論が導き出せる。いわゆる南京大虐殺は事実ではない⇒ ならば中国の主張を変えさせる。・・・これが最もノーマルな考え方である。しかしこれが不可能な場合、現状を合わさなくてはならなくなる。つまり実際に南京(あるいは中国人)で30万人を虐殺することが必要になる。そうすれば辻褄が合う。70年も経ってしまったが仕方がない。このままアンマッチの状態はよくない。もちろん公に現代日本がそんな野蛮な行為はできない。しかし、すでに中国人は世界中からテロの標的にされている。タイでの爆発テロ、中国内での爆発事件・・・。

簡単なことである。日本は、中国へのヒト、モノ、カネの動きを凍結する。国連への負担金はG7と申し合わせて一斉に支払い延期する(1000年延期が望ましい)。なにせ中国もロシアも国連の負担金支払いは延滞しているから、彼らに文句言われる筋合いはない。あのアメリカですら遅延している。真面目に払っているのは日本くらいだ。これからは日本も国連負担金を凍結する。そして民間レベルでは反中国勢力(ウイグル、チベット、そしてISILなど)を支援する。こうした水面下の動きが重要だ。

そうなれば国連は解体する、あるいは発展的解消となる。先ず当面は国連と言えどもカネが無ければ何もできない。するとムダの削減として「国連事業仕分け」が進む。蓮舫さんの出番かもしれない。そして中華人民共和国を崩壊分裂させること。ソ連崩壊のときは大国ロシアが残ったが中国崩壊では大国を決して残さないことが重要だ。内モンゴル、満州、チベット、ウイグル、そして台湾は完全独立させる。北京は一地方(あるいはかつての東西ベルリンのような都市)とさせる。あとは山東省、浙江省(上海中心)、広州地域(香港)などを独立させる。さらに海南島は南沙諸島の拠点なので周辺国が一斉に攻撃して完全分離させる。そうなると中華人民共和国は国連の常任理事国が継続できなくなる。

もちろん、中国人難民が大量発生すると日本も困るので決して戦争にはならないようにする。基本的には先ずは経済的に中国と国連を崩壊させる。あとは心配御無用!中国の歴史は繰り返す。再び文革や大躍進政策のようなマヌケな政策を実施させる。そして数千万人以上の人々が死ぬ。数千万人である・・・偽装南京大虐殺事件の誇張でも30万人である。それ以上の人民が死ぬ。これは悲しいことであるがそれがシナ大陸の歴史である。まあ、そういう運命であるということ。これは誰にも変えられない。

そのシナ大陸の悲しくも壮大な悲劇は自然歴史の掟なので、放っておけば良いのである。そして間接的ではあるが、日本は中国や朝鮮半島を見捨てて結果的に大虐殺に成功することとなる。このときに「たしかに日本のせい(見捨てたため)で大量の中国人が死んだという内容と繋がり、70年越しのアンマッチが多少は解消されることになる。これこそがアンマッチ解消というものである。まあ、その時にはユネスコ記憶遺産なんて消えて無くなる。なぜなら記憶ではなくて現実に起こるからである。


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TPPで何が変わるか?
TPP交渉が大筋合意というニュースがあったが詳細はまだ公表されていない。しかし一部の報道ではワインや牛肉が安くなるとか、「中国にルール作りを主導させない」とか様々な肯定的な記事が目立つ。一方で農業関係者の不安の声は大きく、政府の対策本部の設置されるなど国内の動きも活発になってきた。こういう議論は、個別の案件の精査と全体的な戦略を考える必要がある。今回は、今までの様々な議論を私なりに改めて整理してみた。

1.ISD条項

反対派からは、これを最も警戒していた。私は何らかの形でISD条項が盛り込まれるとみている。しかし、外資規制というのは日本にもアメリカにも存在する。国家の根幹を成す業種に関しては政府の「許可制」があり、アメリカですらそれは常識である。日本の郵政民営化でも外資は受け入れているが、一定量を超えると許可制になる。こうしたシステムを大幅に変更することは考えられない。ISD条項はアメリカにとっても「もろ刃の剣」(特に日本に対して)になるからだ。

例えば農協は郵政と同様に名目上は民営化され、郵貯のように外資規制をすることで存続する可能性はある。現在のままの農協だとISD条項に抵触する可能性があるからだ。しかし一部途上国のように公共事業そのものを外資や外貨に依存する国はISD条項でボコボコにされる可能性は十分ある。というより投資する側の立場を考えれば、途上国の不条理な政策(外資を呼び込んで、都合悪ければ切り捨てる)があれば、それに対抗するのは先進国としては当然の事といえる。それはまるで無法地帯での外国人に対する治外法権の必要性を説明することと同じである。

2.自動車産業

自動車産業に関しては、日本にあってアメリカに無いものが多い。例えば車検制度や軽自動車、さらには排ガス規制がある。日本各地にあるディーラによるネットワークとアフターサービスが強いのも日本の大きな特徴である。もし日本に譲歩があったとすれば車検制度だろう。そもそも、これはTPPがなくても、見直し検討される方向だった。すでに古臭い車検の管理項目は法的対応だけが目的であり、実質的な意味は低下している。はっきりいって現在の車検システムで自動車の安全が確保されているわけではない。むしろ現在の自動車は各メーカが独自の検査システムを保有しており、それを定期的に実施していれば車検など不要というのが実態である。ちなみに自動車で品質問題が発生しても車検屋さんや認証機関は何も責任は取らない。

昨今の品質リコールの嵐の中、法規の重要性よりは製造者責任(実際の市場での問題)が重視されるご時世である。あのエアバック問題にしても当初の所定の法規手続きをクリアして自動車各メーカの承認を得た上で市場に出回っていたのである。「ルールは守りました」は製造現場の作業者だと通用するかもしれないが企業としては通用しなくなっている。それは「憲法守って国滅びる」では困るという考え方を持つまともな政治家の主張と同じである。

一方でコンポライアンス重視(法令順守)という考え方は集団的自衛権行使に反対する憲法学者のよう存在であるという見方もできる。実際に社会というのは誰かの損失や損害、不当な利益の集中が無ければ多少のルール違反は問題にならないはずである。訴訟社会である今までのアメリカが異常であるとも言える。それはアメリカが先進国とはいえ多民族国家としての歴史がその背景にある。しかし法規違反よりも実害、実益を重視するようになっている傾向がアメリカですらある。このせめぎ合いは当面続くだろう。この議論は非常に重要な議論だ。この考え方次第で社会の方向性は大きく変わる。

今後は自動車関連法規を緩和し、製造者責任へとシフトすべきというのは私個人的な考えでもある。要するに法規目線ではなく、お客様目線あるいは社会目線にするということ。アメリカとしては、自動車の欧州EC法規への対抗措置という考え方もある。しかしアメリカ自身も所謂ビックスリーの規格(TSやAIAG)で主導する動きもあった。それらを犠牲にしてでも製造者責任にすることの方が「自由化の大義名分」としては成立する。自動車業界に関しては、くだらない規格戦争より技術革新を優先させる「自由」が必要というのは一技術である私の個人的意見でもある。ここのあたりの考え方がTPPでどういう議論になったか大きな疑問である。

3.年金保険システム

年金保険システムについてはオバマ大統領が日本のような国民皆保険システムを目指したことやアメリカにもこうしたシステムに肯定的な意見があるため日本のシステムをどこまで攻撃しようとしたかは解らない。おそらくアメリカの目先の利益を考えて日本の保険事業の解放を要求していると考えるのが普通だろう。当然ながら自民党政権も年金保険システムは守ると公約したわけだから、これがどういう結果になったか非常に重要である。おそらく日本が年金保険については全面的に譲歩したとは考えにくい。大幅に譲歩していれば今後の自民党政権は吹っ飛ぶだろう。

4.農林水産業への補助金

アメリカでは農業への補助金は凄まじい。ちなみにアフリカ諸国はこれに以前から反対していた。確かに過去の経緯を考えると、それがアフリカの農業を衰退させた大きな要因だからだ。それでも一部のアフリカ諸国や国連も黙認し、そういう結果になってしまった。こういうことが発展途上国の悲劇とも言える。しかしTPP交渉では視点が違う。そもそもアフリカ諸国は交渉に参加していない。日本が農業を救うために各種補助金の拡大したとしてもアメリカは反対できない。しかし個別の消費税設定は関税調整と同じになるのでISD条項に触れる可能性が高い(他国ではそういう事例がある)。日本は、まだまだ農業や漁業、そして牧畜への補助金拡大への余地は十分ある。そういう方向で調整するしかない。一方で大きな問題は日本の世論を説得できるかである。「補助金」というのはどうも国民的イメージが悪くなっているからだ。

5.ヒト、カネの移動

そもそもTPPはヒト、モノ、カネの流れをグローバルで自由にするという考え方がある。しかしアメリカにとっても「個人レベルのテロの脅威」も大きな課題となっているので、信用できないヒトとカネの流れは当然ながら監視し制限する。もちろん移民国家としての歴史のあるアメリカは表向き「民族融合」を肯定するが内心は相当違う。欧州と違い、これ以上移民を受け入れないこと。そしてアメリカへのヒト、カネの流入も制限する。実際に途上国からアメリカへのビザ発行や入国審査は非常に厳しい。これを簡単に変えるとは思えない。

日本でもマイナンバー制度の導入によりヒト、カネの動きは監視される。日本への外国人観光客誘致とか労働力確保のためにビザ緩和するとはいっても入国審査は反対に厳しくなっている。外国人の流入で国内の犯罪率が上昇すれば国民の理解は得られない。従って、グローバル企業が何言おうが国家として日本もアメリカも国益を考えたらヒトやカネの動きを制限するのは当然のことだ。しかしフロマン通商代表をはじめとして、どういう考え方で交渉に臨んでいるかよく解らない。低レベルの議論に徹していた可能性も十分ある。

6.武器製造と飛行機産業

この分野に関しては大戦以降アメリカは一貫して日本での製造に拒否感を示していた。それは日本が再び軍事大国となってアメリカに逆らわないようにするためだった。しかし自由貿易や産業の自由をいう大義名分を考えれば、日本が独自の武器開発や航空機事業を発展させてはならない理由はない。現在のアメリカの懸念は日本への武器輸出や航空機の輸出が低下すること。アメリカ自体は国家の根幹を成す事業として武器や航空機輸入は制限して、日本への輸出は推進する・・・これは明らかにアンフェアーである。今までは日本が集団的自衛権を行使できなかったという大きな理由はあったが、今後はそうではない。アメリカですら日本の集団的自衛権を肯定している。そして何よりアメリカは日本の軍事大国としての脅威を感じていないこと。こういう議論は完全に政治的に判断になる。TPPと安全保障を関連して考えるべきでないという意見もあるが、私は必ず関連していると考えている。

新たなルールは新たな既得権に変わるだけという議論もある。どうしても権利の奪い合いに各国が走るの非常に醜い。本来は産業というのは権利の奪い合いではない。それが理解できない人たちが多い。しかし現行ルールでは目的意味の低下や機能不全になっている分野も相当あるのも事実だ。本来は日本も外圧に頼らず国内で解決すべき問題である。大した純輸出が見込めないのにTPPを推進することに今でも大きな疑問を感じる。しかしここまできたら、どう対処するかを考えるしかない。

果たして今回のTPP交渉大筋合意と首脳間でのどのようなやり取りがおこなわれたのか?まあ、すべてが開示されることはないだろう。国民レベルでこうしたことを具体的に考える時期に来ている。決して感情的な議論になってはいけない。こういう議論は常に冷静になることが先ず第一歩である。日本にとって何が国益か、自由にすべき部分も多いだろう。保守的に維持すべき内容もあるだろう。TPP交渉がここまで進展してしまった以上は現実的な目線に変えて議論するしかない。


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ノーベル賞
ノーベル賞発表の時期になると日本でも気候は寒くなる。そういえば授賞式の行われる12月のスウェーデンは相当寒いらしい。今朝、私の住む地域でも、この秋一番の寒さになった。そこで今日は厚手の服を着ることにした。ノーベル賞受賞者は年配者が多いので、彼らの体調も心配になる。しかし今回の受賞者は皆元気そうに見える。

この「元気そうに見える」というのは、そこには素直な笑顔があるからだと思う。細菌に関する医薬品の開発、一方で素粒子論(ニュートリノの重量)といった実用学と基礎物理学が同時に評価されることは私個人的にも非常に喜ばしい。もちろん日本人の受賞であることも嬉しいが、こういう素直な笑顔の方々が受賞されることが何より嬉しい。

科学技術は基礎物理学と実用学との両面から発展したものである。そして、どちらも地道な研究が必要である。今回の日本人受賞者も直向さと謙虚さで成功したことは間違いない。どこぞの国はカネで買収したのでは?なんてコメントする連中も多いようだが、そういう発想しかできない人たちには本当の研究開発はできないだろう。

私も含め多くの日本人というのは、自分の仕事や研究で誰かが幸せになったり、豊かになることに喜びを感じるものだ。特に歳をとるとその傾向が高くなるように思える。そういう喜びは何故か他では味わえない特別な快感になる。それは単純な自己犠牲によるマゾヒスティックなものではない。「誰かの為になること」は自分の存在理由を大きくさせている満足感もあるのかもしれない。

かつて福澤諭吉はこう述べた「世の中で最も醜いことは人の生活をうらやむこと」。世の中には他人の栄誉を妬んだり、他人が失敗するのを喜ぶ人たちが相変わらず多い。おそらく自身の優越感を感じるために他人が落ちぶれることの方が得策と考えるのだろう?結局、そういう精神からは自己発展もないし社会の発展も生まれない。

自分で言うのも何だが、私も50歳近くになってようやく周りからある程度認められるようになった。もちろんノーベル賞受賞者には足元にも及ばないが・・・しかし、私もそれ以上に多くの失敗を重ねてきた。今思えば相当恥ずかしい経験もある。でも、すべてが自分の糧になっている。周りから「あなたは物知りでイイ仕事しますねー」と言われると私は必ずこう答える「それだけの多くの失敗していますから・・・」

今回は「理系おじさん」らしくないコメントだったかもしれない。でも率直にそう思った。本当の科学者や技術者ってそういうものだと。


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TPPと安全保障
安全保障関連法案が可決して、安倍首相は「経済優先の政策へ」と声明を発表した。もっとも来年の参議院選挙を意識しているとう論調もあるが、それはその通りかもしれない。さて経済といえば、TPP交渉が大筋合意との大きなニュースがある。大筋合意ということは詳細不合意なのか、全容が判らないのでコメントは難しい。日本としては、アメリカへの自動車輸出における関税撤廃は25年後とか、農産物の関税大幅引き下げとか、あまりメリットがあるように思えない。特に日本の農業に関しては当面は「補助金」で調整するしかないだろう。

さて以前、このブログではTPP交渉について安倍首相は間違いなく安全保障とリンクして考えている・・・という趣旨の記事を書いた。経済効果については様々な試算がある。しかしメリットは多くても、せいぜい年間数兆円程度である。試算方法によっては中長期的にマイナスになるとの意見もある。現在400-500兆円のGDP規模である日本では、安倍首相の声明のように「600兆円を目指す」としている。しかしTPPが日本のGDP(特に純輸出)を底上げするとは到底思えない。TPPでGDP600兆円になることは絶対に有り得ない。

強いて経済的メリットを言えば原材料や中間品の原価低減できるというミクロレベルのメリットだ。これは特に大手製造業にメリットがある。例えば原材料がオーストラリラやマレーシア、そして中間品がベトナム、そして日本で完成品にしてアメリカ、カナダに輸出すればメリットはある。しかし、すべて関税がゼロが前提だ。関税というのは国内の消費税と異なり、それぞれの国々でのステップ毎で免税となる(消費税は最終消費者が支払うシステム)。従って産業分野によって大きな効果がある。しかし原価低減というのは、人件費の削減と同様で企業の利益拡大にはつながるが、販売や消費が増えてGDP増大につながるとは限らない。一方で国際貿易というのは為替や単価の影響の方が大きく、グローバル規模でのGDP増大(経済成長)にはならない。経済学的には、これを基本として理解する必要がある。

あとはTPPのメリットは安全保障との関連しかない。(はっきりいってそれが目的だといっても過言でない)かつて第二次大戦前の日本はアメリカに石油を70-80%輸入を依存していた。その他の資源もアメリカに依存していた。それ自体がエネルギー安全保障としては大きな弱点であった。満州の権益を守りたいなら資源とエネルギーの安全保障を確保しなかった(できなかった)ことは当時の日本としては致命的だった。実際に当時のアメリカによる経済制裁は大きなダメージだったことは事実である。

一方で現在の石油輸入は中東で70-80%を占めている。石油に関しては中東依存であることは間違いない。天然ガスは比較的分散している(マレーシア、オーストラリア、インドネシアで約50%)。そして石炭はオーストラリアとインドネシアで70-80%、その他の鉱物資源もオーストラリア、インドネシア、チリ、南アフリカで占めている。日本の電力は原発停止のために自給率が低下したが、「存立の危機」にはなっていない。またレアメタルやレアアースは一時期は中国に依存していたが現在は多様化している。

つまり現代日本のネルギーや鉱物資源は大戦前のようにアメリカ一国依存ではないことは明らかである。資源国であるオーストラリアやマレーシアとは既に個別の貿易協定を結んでおり、改めてTPP交渉する意味は経済的には低い。これだけを考えるとTPP交渉として、エネルギー安全保障が背景にあるとは思えない。

日本の最大の貿易相手国はアメリカであり、そして中国である。それらの国々への輸出は自動車や自動車部品(中国は特に自動車部品)、機械設備、航空機部品などが多い。中国からの輸入は電子機器(特に広州地域)、資源や素材(特に東北部)、そして衣類や雑貨で占めている。一方でアメリカからの輸入は電気機器(業務用が多い)、医薬品、農産物(トウモロコシなど)、飛行機(ボーイング社)、・・・そして極めつけはアメリカの武器輸入である。中国からの輸入に関しては「単に安いから」、そしてアメリカからの輸入は「仕方が無いから」という理由が多い。つまり本来は日本でも製造可能であるが、制限されている(例えば航空機)、あるいは単純な価格の問題である。

基本的に日本は、エネルギー資源や素材や原材料以外ほとんどの製品は自国で生産可能であること。農産物に関しても「カロリーベースで自給率が低い」という紛らわしいデータもあるが、本来は自給できる潜在能力はかなり高い。日本の立場としては、軍事的安全保障、エネルギー安全保障、そして食料・医療安全保障が確保できれば良いわけだ。(もちろん国内的なインフラ投資による生活安全保障も重要であるが。)現代国際社会では、国際貿易としてWTOもあり各国間の協定もあるので、日本がエネルギーの経済制裁を受けるということは極めて考えにくい。あとは食料の安全と先端医薬品の確保ができれば国際的な安全保障としてはほぼ完結する。しかしこれらの議論はあくまでもマクロな議論である。

安全保障関連法案の議論では、よくホルムズ海峡の船舶の安全が議論された。当然ながら、TPP関連国との太平洋での船舶の安全も重要な議論にもなると私は推測している(あまりニュースでは話題にならないが)。例えばオーストラリアからの鉄鉱石や石炭を輸送する船舶やマレーシアからの液化天然ガスの輸送など、仮想敵国である中国や海賊がそうした船舶を襲撃した際には集団的自衛権を行使する必要がある。実際にマレーシアのマラッカ海峡では海賊(主にインドネシア人)が頻繁に出没している。また、不法漁業や不法な資源開発など(特に中国)に対しても集団的に防衛する理由が成立する。本来は中国政府の密漁取り締りとか、インドネシア政府の海賊対策が確実であれば何ら問題はないが、両国にそういう能力はないのが現実だ。また日本も威嚇射撃くらいは法的にも可能なのに行使しないのは政府が単なる弱腰だったといえる。

実際にベトナムやマレーシアも中国の海洋進出に悩まされているのは周知の事実だし、一部のインドネシア人も海賊紛いの行動で周辺国を悩ましている。特にオーストラリアはインドネシアに対する嫌悪感は強い(テロの影響もあり)。もちろん日本も中国や韓国(竹島問題)、そしてロシアが海洋進出(北方領土)に悩ませれている。これは終戦直後に日本が集団的自衛権どころか個別自衛権も行使できなかったことが主な原因である。

TPP交渉はアメリカという軍事大国を「用心棒」として、あるいは「地回り」として太平洋を管理させる。そして、それと引き換えにアメリカに有利な協定締結を模索していると考えるのがセオリーだろう。もしアメリカが消極的なら日本の海自や海保を強化するまでである。集団的自衛権の行使は政府も容認した。2002年だったか海保の運用ルール改正でも威嚇射撃は合法であり、現在でも威嚇可能である。しかし集団的自衛権行使が容認できないという理由で他国との自衛比較ができないことが「弱腰解釈」につながったのかもしれない。

ここで日本の「存立の危機」とは何を示すのか様々な議論があるが、エネルギー安全保障と食料安全保障も間違いなく「存立の危機」と深く関係していると私は判断している。つまり経済制裁や兵糧攻め、そして国家国民の資源、財産の略奪は即ち「存立の危機」に該当する。ちなみにかつての大東亜戦争でのアメリカは、日本に対する経済制裁(兵糧攻め)を実行したわけで、日本にとって「存立の危機」であったことは疑いの無い事実である。

アメリカはTPP交渉で、農産物だけでなく金融やサービスなどの日本に対し強行な要求をして(今に始まった事ではないが)、更にISD条項で歯止めとしようとした。しかし日本は、集団的自衛権を行使できないというアメリカに対するジレンマ(負い目)は低減した。日本が軍隊を強化し、さらに核武装すれば完璧だ。もちろん日本の核武装はアメリカですら反対するであろうから、別の兵器開発でも良いかもしれない。従って、日本は国益を重視してアメリカの無理難題を退けても大きな問題にはならないような体制にすることが重要といえる。

TPP問題は間違いなく安全保障問題と関連している。日本は、資源エネルギーを外国に頼る以上は「兵糧攻め」という最大の攻撃を防ぐことを真剣に考えなければならない。そもそも私はTPP交渉自体に否定的であったが、ここまで来てしまった以上はTPPを上手く安全保障として利用することを日本は考えるべきである。大筋合意と言われているが、今後は安全保障と関連させるような体制にすることが望まれる。これは一部のマスコミが伝えるような中国包囲網でもインドネシア包囲網でもない。日本にとって資源エネルギーの安全保障であるというのが私の見解だ。



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安物買いの銭失い
インドネシアの高速鉄道計画について、当初は日本主導で進めてきたのが中国の参入で一時は白紙の状態となった。その後にインドネシアが中国案を採用したことがニュースなどでも話題なっている。インドネシアが決定した理由はまさしくカネである。技術やアフターサービスよりもカネを選んだと言われる。そもそも中国の高速鉄道は日本の技術をベースにしており、その日本を差し置いて海外展開するのは日本人の感情としても快く思わないのは当然であり、一方で中国人は全くそういうことに気にしないのも彼らの常識と言える。

さて今回のインドネシアの決断は「安物買いの銭失い」という指摘もある。たしかにそうかもしれない。大きな買い物というのは、品質やアフターサービスが重要だ。例えばマイホームやクルマなどの製品は、販売価格が低くても度重なる修理やパーツ交換すれば結局は損することが多い。その代表例が韓国車である。東南アジアの市場ですら「二度と韓国車は買わない」と断言するユーザも多い。何故なら故障が多く、アフターサービスも悪いというのが大きな原因だ。こういう商品は使用して数年経たないと解らないモノも多い。そして満足しなければ信用を失い、二度と同じメーカで買わなくなる。

しかし途上国では、それは解っていても安いモノしか買えない事情もある。特にインドネシアの政府調達となると莫大な外貨が必要になる。インドネシア通貨は1ルピアで1/100円、日本円で1000円分が10万ルピアという何だかよく解らなくなる通貨である。それでも、ずっとデノミしない状況は続いている。以前、私はインドネシアの両替店で100USドル紙幣をルピアに両替したら、とてつもない枚数の紙幣を渡されて本当に驚いたのをよく覚えている。この国は以前にIFMの管理下に置かれた国である。最近では日系企業も増えたが、どうしても経済的に軌道に乗らないというのが現状である。

またインドの道路では時々高級車が走っている。それでも庶民はエアコンも各種オプションもないクルマを購入する。現地のスズキの小型車も売れている。インドのメイン道路ではウシ、ロバの貨車、とともに高級車と庶民車が混在して埃まみれで走っている。インドの田舎へ行けば女性が水を頭で運び、道路では葬式で遺体をそのまま燃やしている。またガンジス川では生焼けの遺体(葬式後の)が流れている。でも街ではスマホを持った人たちがいる。ホントに不思議な世界である。そういう国で製品のアフターサービスがどうとか「安物買いの銭失い」なんて話をしてもナンセンスである。

そういう国では、そういう国の事情がある。日本と同様の製品やシステムを導入する意味がどこまであるのか?私個人的には大いに疑問がある。日本は海外展開する際には必ず三つのホショウを考慮する(保証、保障、補償)。そのためには条件が整わなければ撤退することも躊躇しない。そうでないと後で難癖付けられたり、イメージダウンになるからだ。これは例えば日本の大手ハウスメーカが地盤の悪い土地で「地盤改良などを条件で施工しなければ受注しない」というのと全く同じである。今回のインドネシアの件では、たしかに中国のやり方に嫌悪感はある。しかし日本としても強引に勝ち取るべきビジネスではなかったと私は肯定的に考えている。

もちろん中国が契約通り実行する能力がどれだけあるのか疑問視する報道もある。しかし、いずれにせよ日本の部品を使用しないと工事は進まない。日本のシステムを参考にしないとインフラ整備できない。末端レベルの日本のビジネスは生きている。建設大手のことは然程考える必要はない。大手ゼネコンというのはそういうものだ。そして発展途上国が「安物買いの銭失い」はある程度仕方ないことであると割り切るべきだ。もし、その地域が日本の領土であれば別だが。それでも、かつての台湾や朝鮮半島は日本の領土でありインフラ整備した歴史があるが、とく朝鮮半島では「もったいない」ことをしたと考えるのが正しい(本土への移民流入防止が目的だった:だから併合すべきでなかったというのが私の持論であるが・・・)。

こうした歴史的背景や現代の世界の状況を考えても、海外へのインフラ投資が日本にとってメリットあるとは思えない。また現地でも本当に日本のようなシステムが必要なのか疑問である。では、日本はどうすれば良いのか?答えは極めて簡単である。日本国内のインフラ投資を推進することだ。そして「安物買いの銭失い」にならないような投資が必要だ。大手企業は大したイノベーションはないが、部品メーカやシステム業界での技術革新は凄まじい。海外へのインフラ投資こそが「無駄使い」であり「もったいない」が完全に当てはまる。そして日本国内へのインフラ投資こそが最も有効性の高いカネの使い道であると断言できる。


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「焚書」と現代の「ネット検閲」
「焚書」といえば秦の始皇帝の時代の「焚書坑儒」、つまり時の政権に都合の悪い儒家を徹底的に弾圧し儒書を焼却したことがよく知られている。それは大戦後の中華人民共和国が文化大革命と称して儒教を排除したときも「焚書」であり本質的は全く同じだった。また第二次大戦でのナチスドイツも反ドイツ的な書物を焼却したこともあった。日本でも「大化の改新」では、蘇我氏が膨大な歴史書を焼却したことが記紀で示されている。これが同じような焚書に当たるかは今でも様々な議論があるようだ。そして先に大戦後のGHQにより膨大な日本の軍国主義的な資料が廃棄され、墨塗り教科書が使われたことも一種の「焚書」に当たると考えていいだろう。

さて、このような歴史的背景により「言論の自由」が重要視されるようになったのは間違いない。特に日本の場合は戦時中の軍国主義による検閲を完全否定し、左翼的な言論のみを自由にする・・・という極めて歪んだ「言論の自由」を遂行したことになる。まあ、戦時下における検閲はある意味当然のことであるのだが。また戦後教育により検閲しなくても多くの有識人?が左巻きに向かったので結果的には連合国側の目線に染まることになった。現在、テレビや新聞など大手マスコミは放送倫理とか訳の解らない規制によってレベルが著しく低下したことも事実だ。たしかに公共電波で卑猥な画像やくだらないゴシップネタを垂れ流すことは好ましくないが偏向報道がまかり通り、重要な情報がボツ(焚書)になっているのが現実と言えるだろう。

さてインターネットの世界でもネット検閲は凄まじい。You Tubeなどの動画が著作権の問題で削除されるのはある程度は理解できる。しかし著作権にこじつけて政治的理由で削除されるケースも多い。日本の場合、自殺サイトや殺害予告、盗撮サイトなど犯罪や社会問題に関わる分野については監視されている。それ以外は現在のところある程度の自由は確保されている。しかし中国のネット検閲は凄まじい。「天安門事件」とかは検索できないし、NHKの国際放送でも都合が悪いニュースは画面が消える。韓国でもユーザは制限があり親北派や親日派のサイトはブロックされる。場合によっては逮捕される。ロシアや中東でもネット検閲は厳しい。まあ現代版の「焚書」であることは間違いない。

歴史を振り返って、「検閲」や「焚書」が盛んだった頃の社会はどうであっただろう。先に述べたように戦時下における情報統制は仕方がない。また重大災害時にデマや情報が混乱することを防ぐことも政府の重要な任務かもしれない。社会が不安定だからネット検閲が盛んなのか?ネット検閲が厳しいから民主主義が浸透しないのか?私は両面あると考えている。

世界のネット検閲

この地図を見るとよく解る。まるで東西冷戦の地図を見ているようだ。またWikipediaの「ネット検閲」の内容も非常に興味深い。基本的にネット検閲している国々は実に不安定な国が多い。また国民が偏った思想に染まりやすいのが理解できる。これらの国々がどれだけ検閲や焚書を行い様々なプロパガンダを実行しても、自由な先進国では洗脳させることは不可能になる。これが現代のシナやロシアが最も目障りなことであるのは間違いない。またネット検閲されている国々でもツイッターやLINEなどで個人の情報交換、そしてそれが検閲の無い国で動画アップされるということは多くなっている。先般の天津での大爆発での画像もそうした情報である。

ソ連が崩壊した際に、最初のスタートは当時のゴルバチョフ書記長のペレストロイカ(改革)だった。その中で「言論の自由」を推進したことが大きなきっかけとなっている。現代でも多くの中国人(富裕層)は世界中に旅行しているが、中には滞在先での書籍の購入やネットでの情報を自身のスマホにダウンロードしたりしている。一部の外国に滞在する中国人の多くは「中国の異常」に気づいている。そうした人たちが現代の中国を変える可能性は多少はあるかもしれない。しかし実際には非常に困難であり、亡命のような形で海外脱出するしかないのが現実である。

一方で外国に滞在する中国人や韓国人、そして中東のイスラム系の人々の中には工作員のような連中も多い。彼らはネット検閲ができない他国でプロパガンダ活動を実施している。日本も外国人観光客誘致で浮かれている場合ではない。中国人旅行者の中にはスパイが紛れ込んでいる。先般は日本人がスパイ容疑で中国で拘束されたというニュースもあったが、日本も同様に外国人に対しては厳しい対応が必要である。彼らはネット検閲と焚書の文化の民族である。そして上官の命令とカネは絶対である。ネットが自由な国が許せないのである。日本人はそういう認識をもっと向上させるべきだろう。ネット検閲と情報制限は現代版の「焚書」であることは間違いない。


 
何処に目線があるか②
日本国憲法13条に「生命、自由及び幸福追求の権利」がある。これはアメリカ独立宣言やフランス革命など所謂「啓蒙思想」の影響を強く受けている。「生命」については当然ながら生存権(生きる権利)、安心、安全、そして健康といった生活の基本の理念を述べている。このような考え方は「死」を目標としたり、「不健康」を理念とする特殊な人たちを除いて人種、民族が異なろうと共通した理念であることは間違いない。

そして「自由」については、例えば信教の自由、職業選択自由、移動の自由、婚姻の自由・・・など、「民主主義」とともに西側先進国の共通の理念でもある。もちろん間接民主主義にせよ直接民主主義にせよ、自由の下で政府が国家運営することを認めている。そこには個人の権利と国家社会の運営を対比したような考え方がある。決して個人主義を強調しているのではなく、社会全体、そして関係諸国とも協調することが「対等関係」とともに平和を維持できると解釈している。

日本国憲法では「・・・再び戦争の惨禍が起ることのないやう・・・」と書かれており、一般的な「戦争放棄」ではなく「戦争の惨禍を防止する」ことを強調していることがよく判る。従って、「憲法9条こそが憲法違反である」という考え方が正しい。軍事アナリストの小川和久氏やケント・ギルバート氏も同様の発言をしている。

さて、一番やっかいなのは、この「幸福追求」である。何を持って「幸福」と言えるのか?それは人種、民族によって相当異なる。また日本国内でも相当考え方の違いがある。例えば、日本人の多くは「働くこと」に幸福を感じていいる人たちは非常に多い。一方でアメリカ人や中国人(もちろん一部の日本人も)は働くことを否定しカネや権力を得ることに幸福感を感じる人々が多い。

経済学ではヒト、モノ、カネが廻ることを重視している。またカネがあっても使えなければ意味はなく、欲しいモノやサービスがいつでも手に入るのが幸福であるという意見もある。もっと個人レベルで議論すると、マゾヒストは攻められることに幸福感を感じる。サディストは攻めることで快感を得る。女性も好きな男性に抱かれて幸福感を得る。三度のメシよりクルマが好きな人もいる。寝る間も惜しまず本を読む人もいる。彼らは彼らなりの幸福感があるようだ。私だって、仕事の合間の一杯のお茶やコーヒー、仕事終了後のビールやおつまみ・・・ささやかな幸福感を得るときは当然ある。

カッコ良くとか、より美しく、より斬新な・・・なんてことを追求する人も多いだろう。特に芸術の分野では、それが仕事なので当然だ。しかし、何がカッコいいか?なんて現代社会では価値観が多様化しているので統一化なんて不可能だ。それは「何処に目線があるか?」で随分違う。

それでも同じ人間同士で共通する部分は多く存在する。というより共通する部分の方が多いのは事実である。例えば、子供は民族人種を問わずもカワイイし、女性はお洒落が好き、楽しければ笑顔になる・・・幸福って幸福を呼ぶ! 不幸は不幸を呼ぶ! (ヘンな宗教の言葉ではありません) これだけは間違いないと私は確信している。そういう目線でモノゴト考えれば多くのことの本質が見えてくるように思える。






プロフィール

小室沢直樹

Author:小室沢直樹
「常に勉強」それがモットーの理系おじさんのブログです。理系おじさんの目から見た現代社会を鋭く論じたい。またこのブログに関する意見があれば賛否両論問わず受け付けます。基本的には現代社会を勉強して共有するのが目的です。

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