理系おじさんの社会学
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何処に目線があるか?
「何処に目線が?」という表現をすると、例えば男性が女性を見るときに、胸を見るとか、髪を見るとか・・・小さな議論になる。また食卓を見れば好きな食べ物や好きな飲み物を見たりする。それらは一般的な生活の中での「本能」や「より好み」といった感覚から生まれている。また仕事に必要な知識や技能といった内容は、本能とは別に必要に迫られて目線が移るといったこともよくあることだ。誰だって「何処かに目線」が集中するから何らかの行動につながる。

よくビジネスでも製造者目線とか、お客様目線といった表現がある。特に大量生産の商品では法規とか規格というものがあり、当然ながら製造者はそうしたルールを重視する。また厳格な会社組織のスタッフや軍隊の隊員は集団組織の中で上司上官の指示や命令に絶対服従する。一方で消費者は必ず消費者目線があり、社会には社会目線がある。安全、安心、そして利便性など・・・実に様々だ。でも消費者目線や社会目線を考えないとビジネスが長期的な成功しないことも疑いの無い事実だ。

さて政治や立法の世界ではどうだろう。一部の憲法学者は憲法全体が絶対的なモノであるという「目線」がある。もちろん法治主義は平等のベースであることは間違いない。憲法の前文を重視するならば、当然ながら各条文との不整合があれば前文が重視されるという解釈もできる。憲法前文の一部である「・・・この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」が特徴的と云えるだろう。

さて国際的に多くの国々にはそれぞれの立場がある。厳格な宗教を国是とする国々の人々の目線には「神」がある。思想や哲学のすべてを共有して、すべて同一の価値観にすることには限界がある。しかし、それは当然のことだろう。また様々なビジネスにおいても様々な利害関係があるので「重要案件」とは人それぞれ異なるのも当然である。つまり「何処に目線が?」というのは違って当然ということだ。

しかし政治が「誰の何のため」というのは議論をする際には重要なことだろう。憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、・・・」というのは日本の立場からすると疑わしい事案は多々ある。しかし「・・・いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって・・・」と記されているように、それぞれの国々には立場という事があるのは考慮しなければならない。それでも、その「立場」が他国を陥れて得られる利益を追求しているのであれば対峙しなければならないのは当然のこととなる。

憲法守れとか、ルールを守れというのは楽な議論だ。他に何も考える必要がないからだ。余計なことを考えずに命令に従うというのは軍隊思想や歪んだ儒教思想そのものであり、それこそが専制的な思想であるともいえる。あるいは奴隷主が奴隷を管理するために利用するような奴隷思考と同じである。こういう議論は「何処に目線があるのか?」という議論につながる。そして「ルールさえ守っていれば良い」という思考停止の状態では社会や文化が発展しないことを理解すべきである。


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殺害予告?偽善者は信頼されない?
最近、タレントのアグネス・チャンさんへのネットでの殺害予告や、シールズの代表への殺害予告が話題になっている。有名人や話題になっている時の人というのは誹謗中傷などが付きものだ。しかし殺害予告は「脅迫」という犯罪であり許されるべきではない。が、しかしネット上でのニュース書き込みなどでは両者への「同情」するコメントは非常に少ない。それは何を意味するのだろうか?

アグネス・チャンの場合、日本ユニセフ(黒柳徹子の国連ユニセフと異なる)で慈善活動はしているが、「アグネス御殿」といわれる豪邸に暮らしている。また常に反日的な言動で中国人の立場を強調する・・・。これらは「偽善者」と疑われても仕方がないといえる。またシールズの代表は、学生ながらも勉学に勤しむわけでもなく説得力の乏しい意見でデモをしている姿に違和感を感じている人々も多く「平和」を強調しながらも混乱を招いているというイメージは非常に強い。

つまり両者に共通するのは「説得力が乏しい」ということだ。もちろん言論の自由はある。カネ儲けしたって構わない。それでも「平和」とかを訴えながら、何か歪んだイメージがどうしても拭えない。そういう活動している人たちの多くは、そういう意識はないかもしれない。しかし社会の目は厳しい。にもかかわらず「被害者意識」を強調すれば更に社会的イメージは悪くなる。有名人が脅迫されるなんてのは実はよくあることだ。それにいちいち反応していることが「大物」ではない何よりの証拠だ。もちろん社会のイメージが先行するのは好ましくない。それでも社会はバカではない。

ところで先般の国連総会では、中国首脳と韓国大統領が演説した。相変わらず「戦勝国ヅラ」と「被害者ヅラ」を強調するスピーチに徹している。果たして、どれくらいの国々が共感、あるいは同情しただろうか? 知識人には「ああ、また始まった・・・」といった感じだろう。中国は「過去は忘れない」とか言いながら天安門事件、文革と大躍進政策を完全に忘れ、そしてチベット、ウイグルの現代問題に目を背ける・・・そりゃー説得力はない。 韓国だって同じだ。常に説得力が乏しい・・・国際社会をなめている。

さて「殺害予告」の話題に戻すが、これは氷山の一角であり多くの国民の不満の象徴といえるかもしれない。この国際的な情報化社会で都合のいい情報や都合のいい歴史(捏造含む)を都合よく組み立てるのは不可能であり、それは結果的に「偽善者」というレッテルを貼られても仕方が無い。国際社会はそこまでバカではない。しかし、本当の問題はウソでもいいから利害関係に利用する連中だろう。今回、そういう意味では彼らは利用され、殺害予告される人々もまた被害者といえるかもしれない。

薄っぺらい思想は、誰かに利用される。そして偽善者は信頼されない。さらに社会の不満が高まれば殺害予告が出る。一方で誰かが何処かで儲けている。金儲け至上主義者は「人権」や「平和」なんて全く考えていない。どのように利用するかを考えているだけだ。それに多くの若年層や女性は早く気付くべきである。偽善者詐欺に騙されるのは女性や若年層が非常に多い。世の中には偽善者詐欺が溢れている。



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首相GDP600兆円を目指す!
今朝のNHKニュースで興味深い話題があった。安倍総理は自民党総裁選での再選決定後の記者会見で「GDP600兆円にすることを目標・・・」という具体的で、かつ重要な発表をした。また、雇用や所得の拡大などに加え、幼児教育の無償化の拡大、子どもの貧困対策の充実、「介護離職ゼロ」を目標と述べた。つまり、明確に経済成長させることを宣言したわけだ。

かつて日本のGDPは500兆円を超えていたが長らく続いたデフレの影響で現在はそれを下回り中国に追い越されていると言われている。600兆円目標ということは現在より100兆円以上のGDPを拡大するということ。安倍政権がスタートして、アベノミクスを掲げたが実際にはGDPはかつての500兆円にも達していない。国土強靭化基本法案も通過したのに公共投資は増えず、消費税の5%から8%への引き上げで個人消費も低迷した。

たしかに日銀の金融緩和で株高、円安にはなった。しかし円安による輸出も世界経済の減速と生産拠点の国内空洞化により思ったほど上昇していない。一部の生産拠点が国内回帰する動きもあるが、それにはまだ時間が掛かる。GDP(国内総生産)とは、個人消費、公共投資、設備投資、そして純輸出で決定する。それらが伸びていない以上GDPが拡大するはずはない。

まず日本の場合、GDPに占める割合は5-6割が個人消費(民間最終消費支出)が最も多い。消費税増税で個人消費が落ち込み、税収が減れば元も子もない。それは10%への増税を延期を決断した安倍首相は理解している?と私は考えているのだが・・・。また自民党橋本政権の頃から減らし続けた公共投資(現在は1-2割程度)は絶対に拡大が必要である。先に台風による鬼怒川決壊で多くの人々が痛い思いをしたであろう。この個人消費と公共投資を増やさない限り、GDP600兆円は不可能だ。

首相の発言では、雇用、子育て、社会保障を取り上げているが、それは私も否定はしない。金融緩和で大量の資金が銀行や株や債権にまわっているが、それらがこうした投資へ流れれば必ずGDPは拡大する。そして税収はGDPの拡大でしか増加しない。こうした当たり前の議論の拡大が必要だ。

しかし大きな問題がある。それは人的な教育訓練である。人手不足というより、供給能力のある人材の人手不足という意味である。単純労働者が少ないから移民受入という話ではない。やはり行き着くのは教育問題である。現在の子供の義務教育は公務員育成には向いているかもしれないが、社会全体が必要としている人材育成には全然なっていない。100人子供がいて100人全員が公務員になっても社会は成立しない。子供への平等な教育はある程度必要だが、平等教育を強調すれば社会の多様性には適応できない。

本当にGDP600兆円を目指すのであれば、次世代への様々な教育訓練は欠かせない。こうした議論を深めなければGDP600兆円は達成することはできないだろう。


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アメリカも韓国を助けない
昨日、私は「日本は韓国を助けない」という記事を書いた。ではアメリカはどうだろう?確かにアメリカには在韓米軍が存在する。しかし結論から言うと「アメリカも韓国を助けない」と判断できる。すでに韓国の陸上部隊は撤退する方針だ。それはイラク戦争のときに在韓米軍の一部を中東に置き換えた頃から始まっている。しかしアメリカの海軍と陸軍は、当面は韓国に駐留する。つまり陸上戦ではアメリカ軍はすぐには介入しないということを意味している。

軍事専門家によると現代の戦争はミサイル配備とその防衛でほぼ決定するとのことだ。国境際での軽いドンパチなんてアメリカ軍も関わる必要はない。北朝鮮の動向については、アメリカ海軍と空軍とで情報収集に徹すればよいという状態だ。そして最も重要なことはアメリカが韓国を守る理由がないということだ。大陸弾道ミサイルの情報を常に監視することが最も大きな任務になっている。

冷戦時代はアメリカにとって「対ソビエト」が最も重要な課題であり、その他の共産主義国家は「おまけ」のような存在だった。朝鮮戦争でもベトナム戦争でも、朝鮮やベトナムは戦場であって利権の場所でも何でもない。もちろん最終敵地でもなかった。グローバルの視点でみれば明らかに代理戦争であり、現地からすれば権力闘争だったといえる。

そういう意味で現代では、朝鮮半島には現地人同士の権力闘争しか存在しない。あのシナ中国も半島のことには興味はなく、「半島からの難民が来たら困る」といった程度の意識しかない。それは日本も同じだ。日本にとって朝鮮半島は、かつてのロシアからの防波堤とか緩衝地帯という表現することは、現代ミサイル時代ではナンセンスな構想である。

つまり朝鮮半島とは、アメリカ、ロシア、中国、そして日本にとっても「どーでもいい場所」であり「守る価値が低い地域」というのが本音である。経済的に韓国とはGDPが東京レベルであり、アメリカや欧州とFTAを締結しているといっても大した規模ではない。韓国が輸出としての頼みの綱であったシナ(中国)も経済衰退している。そもそも「他国に依存」、「他国に擦り寄る」、あるいは日本へ「ユスリ、タカリ」をする。技術や文化を「パクる」しかできなかった国家が今更ながら自助努力で発展させることは困難である。無理して背伸びしても倒れるだけである。

では、韓国はどうすればよいか? それは私にも解らない。もう先進国入りは無理だろう。ここは割り切って原始的な生活をすることも選択としてあるかもしれない。そもそも無理をして先進国になる必要がこの国にあるのだろうか?それはシナ中国だってそうだ。先進国になるためには、その土壌を耕さなければならない。その土壌とは長い歴史で培わせるものだ。そういう文化がないことに中韓の発展には無理があったといわざる得ない。

戦後70年、日本の戦後処理はすべて終わった。米ソの冷戦は終わった。中国経済は崩壊する。韓国は先進国になりえない。もう日本もアメリカも中国もロシアも韓国は助けない。そもそも助けられることをずっと待っている国家が発展するはずもない。それは日本だってそうだ。一時的に集団的自衛権行使容認に国防を期待するのはしかたが無いが。自助努力で国家を守り、発展させることが重要ということは日本だって認識する必要がある。なぜなら「アメリカだって日本を助けない」ことも十分にありえるからだ。

日本もアメリカも韓国を助けない。そして日本は誰の助けに期待するか?これは未来を考える上で重要な議論となるだろう。




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日本は韓国を助けない
前回のブログ記事では「権益を守る」ためには集団的自衛権が効果的と論じた。さて日本にとっての権益とは当然ながら国家、国民の生命財産を守ること。それは領土、領空、領海、排他的水域から、文化、農業、工業、サービス、そしてそれらに伴う知的財産など様々だ。基本的には国内の権益を守ること。一方で海外での日本の権益は石油採掘権、鉱物採掘権、そしてそれらの輸送ルートを守ること。そして在外日本人の生命財産を守ること。これらは日本だけでなく世界中の常識である。

さて昨日はアメリカのアジアにおける権益とは何か?を記事にした。では中国や韓国の権益とは何か?当然ながら上記に述べた日本と同様の権利であることが基本である。しかし特に中国では人民の生命や財産を守ることに消極的だ。また独自の知的財産も少ないのであまり関係ない。唯一、領土領海に対する野心が強いと言えるだろう。そして、日本とは違う特殊な権益が中韓には存在する。それは昨日のブログでも述べたように日本からの経済援助や技術援助である。そして韓国の場合は、アメリカの軍事援助も加わるる。これらも立派な、かつ最大の権益である。

今回成立した安保関連法案の肝となる以下の三要件を改めて確認する。

1..我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること

2.これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと

3.必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと

韓国は、今回の安保関連法案を黙認し従来から主張する「自衛隊の出動は韓国政府の要請と同意が必要」という立場を繰り返し表明している。しかし、韓国は国内世論を警戒して日本の自衛隊の出動を簡単に要請するとは思えない。仮に要請したとしても上記の三要件より、日本が出動するとは思えない。何故なら、「我が国の存立が脅かされ・・・」に該当するとは思えないからだ。1950年代の朝鮮戦争のときも日本の存立が脅かされるどころか、所謂「朝鮮特需」で景気が向上している。

そして前回のブログで記事にしたように、第一次大戦時に日本は山東省ドイツ軍への攻撃をしたり、地中海への海軍派兵も行った。しかし、今回の三要件では、こうした派兵はできない・・・という解釈ができる。・・・解釈というか、そのまんまである。日本の存立とは関係のない派遣である。親韓派は、やれ「戦争法案」だとか「徴兵制」とかレッテルばりしている場合ではない。日本が「韓国を助けない」、これは疑いのない事実だ。まあ、朝鮮で有事が発生した場合には在留日本人の救出することはあるだろうが、韓国人を助けることはない。もちろん朝鮮難民が日本に押し寄せるのは困るので、人道支援と称して食料や医薬品などの支援をすれば良い。当然ながらカネや技術支援は行わない。

日本の権益を守るため、そして安保三要件に従うならこのような結果になる。もちろん、北朝鮮のミサイル対策や各種諜報活動や資金の流れを制御することが水面下ではあるが重要な安全保障活動となる。つまり、この法案は韓国を見捨てるということだ。まあ、あれほど反日を続けた国である。多くの日本国民も納得するだろう。にもかかわらず、「自衛隊の出動は韓国政府の要請と同意が必要」という従来の主張を繰り返す韓国に「未来はない」と考えるべきだろう。



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日米同盟と日英同盟の比較・・・そして集団的自衛権とは?
1902年に締結された日英同盟は世界を驚かせた。当時、英国は日沈まぬ孤高の大国と言われた。孤高とはいっても世界中にその拠点を持っていた。しかし当時は地理的要因から、英国軍のアジア派兵には限界があり一部のインド系英国兵を除いて植民地での現地人を傭兵とすることも希だった。ちなみに英国の植民地政策とは、現地人に武器はおろか西欧の機械すら一切持たせない政策を行った。もちろん現地人への教育訓練や産業育成も行わない。当然ながら現地人に選挙権はない。つまり人間扱いではなく奴隷扱いだった。(このあたりは日本の朝鮮統治や台湾支配と全く違う)

日英同盟とは、そうした非白人国家であり異教徒の国である日本との同盟であり、欧州だけでなく亜細亜の国々も驚いたという。そうした英国の決断の理由はまさしくアジアにおける「集団的自衛権」そのものだった。先の述べたように当時の英国は大国であるとはいってもアジア派兵には限界があり、現地人を傭兵にすることは稀だった。従ってアジアの英国権益を守るためには十分な体制ではなかったと言える。それを決断した大きなきっかけはとなったのが1900年の北清事変(義和団の乱)である。

北清事変では英国だけでなく、ロシア、アメリカ、フランス、イタリア、ドイツ、オーストリア、そして日本も参戦していた。日本以外はいずれも派兵能力(特に陸軍)に限界があり、こうした集団的な権益防衛がどうしても必要だったといえる。はっきりいって当時の日本としては大陸に大した利権はなく(遼東半島は三国干渉後にロシアに奪われている)、英国の強い要望で参戦することとなった。まあ、現代の安保反対派の表現を使えば「戦争に巻き込まれた」という表現が近いかもしれない。

しかし、その結果として得られたのは日英同盟だった。そもそも日本の明治維新は西欧列強(特にロシア)からの侵略を防ぐことと。そして、これらの国々との不平等条約を撤廃することにあった。日露戦争のときに英国は軍事力こそ行使しなかったが、資金面や情報面で全面的に日本に協力したことは非常に大きかった。英国としても香港やシンガポールなどアジアの権益を日本との同盟によって安全を確保できたとも言える。その証拠に大東亜戦争では英国のこれらの権益は、日本軍によってあっさり陥落させられていることが挙げられる。

とにかく当時は日英同盟があったからこそアジアにおける日本と英国の安全が保障されたといっても過言ではない。日本が欧米の植民地にならず、不平等条約改正できたのもそうした政府の努力があったからこそといえる。当然ながら他の諸国(特にアメリカ)から見たら日英同盟は「目障り」そのものであり、ソ連も含めて日英の分断工作をしたのが事の真相だった。はっきりいって英国が日本と戦う理由など何もなかった。実際に大東亜戦争では英国側から日本への先制攻撃はしていない。ちなみに現代において日米の分断工作しようとしているシナは当時のアメリカと大して変わらないとも言えるだろう。

しかし第一次大戦のときには、日英同盟を理由に日本陸軍が山東省のドイツ軍を攻撃している。また日本海軍は地中海派兵している。私個人的な意見だが、これらは「無意味な戦争」だったと考えている。そもそも英国はアジアのドイツ拠点の攻撃を要請していない。あの日露戦争での英国のように軍事力を伴わない支援で十分だった。それは日本の陸軍と海軍の手柄取りの色彩が強く、また西欧列強への政治的アピールであったともいえる。また第一次大戦後に南太平洋のドイツ領が日本の委任統治領となったことは国際条約で決定した。しかし結果的には大東亜戦争では同盟国ドイツの勢力がアジアに全く存在しない形でアメリカと戦争となったわけだ。

つまり大東亜戦争での日本は、アジアにおける事実上の個別自衛権の行使だったといえる。一方で日独伊三国同盟はアジアにおける集団的自衛権とはなりえなかった。唯一ロシアを挟み打ちというナチスドイツの発想もあっただろうが、あまりにも距離がはなれていること。そして日ソ不可侵条約によって集団的自衛としては無意味になっていた。もちろんドイツ海軍やイタリア海軍が太平洋の日本海軍に援軍を送る気力も能力もなかった。仮にドイツやイタリアにそういう余力があってもアジアへの援軍は送らない。なぜならアジアに彼らの権益が無いからだ。戦争とはそういうものだ。一方でアメリカに満州利権を渡していたらアメリカとの戦争は回避できていた可能性は十分あったと私は考えている。

日本が世界の超大国であり軍事大国なら話は別だが、一国で解決できない安全保障を集団で考えるのは当然のことだ。要するにアジアにおけるパートナーとともに集団的自衛権を行使すること、そしてアジア以外の日本の権益と無関係な場所への派兵はしないこと・・・それは当たり前のことと断言できる。唯一中東でのホルムズ海峡での石油ルートは日本の権益であり(植民地権益ではない)、これを守ることは当然のことだろう。これはどちらかと云うと、それは戦争ではなく、テロや海賊対策といったところだろう。

ここで一つ大きな問題がある。果たして現在のアメリカにはアジアにどのような権益があるのか?ということ。アジアの多くの米軍基地があるが、彼らは何を守っているのか?領土としてはハワイ、グアム、サイパン・・・そして排他的水域・・・まあ、あるといえばあるが、はっきりいって大したことはない。軍事的脅威としては北朝鮮の弾道ミサイルくらいである。経済的にはアジア開発銀行(ADB:日米主導)での権益はある。しかし、それでもアメリカの大きな利権とも言い難い。そこでTPP(環太平洋パートナーシップ)は何とかアメリカにアジア利権を持たせようという意思もどこかで働いていることは明らかだ。安倍首相も、この集団的自衛権とTPPとをリンクして考えているのは明らかだろう。

もちろんTPPは日本にとって大きなリスクであり、アメリカを取り込むつもりが逆に飲み込まれる危険性は十分ある。日本の権益を守るために日本人の権益を売りさばいても全く意味はない。かといって東シナ海のガス田開発を日米で実施しても大きな利益は期待できない。つまり集団的自衛権とは、関係各国がそれぞれの利権をどうやって共同で守るかということを考えなければならない。そもそも利権が無い国は関係ない。もしアメリカにとってアジアに何も利権が無ければ日本との集団的自衛権を無意味になる。例えば韓国は、日本の経済支援や技術支援といった韓国にとっての利権が無くなれば日本は無意味になる。しかし韓国レベルの国が日本と関係がなくても大きな問題にはならない。しかしアメリカの場合は結構やっかいだ。

従って日米同盟、および集団的自衛権が将来100年に渡りアジアの安全保障に貢献するとは考えにくい。しかし、それでも現時点では仮想敵国であるシナ(現政府は決してそういう表現しないが)への抑止力とはなる。しかし、これは一つの方法論に過ぎない。日本としては明治維新と同様に富国強兵を着々と進めるべきだろう。そしてシナ中国に対しては、生かす殺さずの状況から徐々に衰退させる政策をとるべきだろう。もちろん大量難民が発生したら日本も困るので多少援助はするというのが重要なポイントだ。以前のブログにも記事にしたがシナは人口減少とともに衰退するのはほぼ確定している。日本への影響を極力少なくする政策が今後求められる。それが本当の日本の将来の安全保障を考える上で重要な事なのかもしれない。


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勘違いが伝染する
安保法案の国会審議における野党の対応があまりにもバカバカしい。「ムダの削減」とアピールした政党がムダな時間とムダな質疑に時間を掛けた。国会外のデモ隊はそろそろ疲れたのか、日当や弁当が無くなったのかようやく(一時的?)な解散した。反対する人たちには様々な人たちがいるようだ。中核派や革マル派、シールズや学生、そして坂本龍一や石田純一といった芸能人たち・・・。

まず「戦争法案」と勝手に名づけるのはいかがなものか?あの高橋洋一氏も述べていたように集団的自衛権行使こそが戦争を抑制する重要な手段であることは既に世界の学会では通説になっている。それは歴史上の戦争のデータを洗いざらい調べた結果だった。これからどんな調査しても結論は大きくは変わらない。また経済的にも一国で防衛するより、集団的に防衛する方がコストも安い。こんなことは冷静に考えたら理解できることだ。

一方で石田純一が主張した「個別自衛権で十分」というのは、こうした学説をベースとした常識から逸脱している。おそらく彼の友人か知り合いからの「戦争法案」という「勘違い」が不幸にも伝染してしまったと考えられる。この「勘違いの伝染」は、ありとあらゆる場所で発生する。いわゆる従軍慰安婦問題にしても南京大虐殺にしても、誰かが仕掛けた「捏造」をもとに多くの人が「勘違い」してそれが世界中に感染したということだ。

歴史上ではこうした勘違いやプロパガンダがまかり通った時代も多かった。ウソは百回ウソを吐けばホントになる・・・というのは実際にあった。しかし現代社会においては、科学技術の進歩やインターネット社会の影響もあり、ウソがまかり通らない時代になってきた。どうしても友人関係を重視する人たちは友人の影響を受ける。そして、そうした勘違いが伝染する。そして類は類を呼ぶ。それの繰り返しだ。

こうした勘違い伝染の予防方法はいくつかある。それはインフルエンザの予防と同じだ。大勢の人ごみの中に入らない。帰ったらうがいをする(つまり忘れる:洗い流す)。ビタミンなどの栄養(様々な情報)を補給すること。そして「よく寝る」だ! 今回の騒動も寝てない人が多いようだが、何の自慢にもならない・・・つまり勘違い汚染に感染されるリスクが高まっただけと考えるべきだ。


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反安保法案デモの人たち
いよいよ大詰めを迎えた安全保障関連法案だが現在(9/17 7:00 am)も質疑が始まらない。これは完全に反対派の負け戦だ。ハッキリ言って彼らだって最初から負け戦は解っている。彼らの目的は単純なイメージ戦略だ。与党が強行採決したり、イライラさせて賛成派を怒らせるのが目的だ。しかし与党は二枚も三枚も上手だ。根気よく与野党協議を続けている。会期末までにはまだ時間がある。60日ルールもある。ここは冷静になった方が勝ちだ。もちろんイメージ戦略としても・・・。

私のような一般国民はとても不思議に思う。反対のデモする人たちは平日にもかかわらず仕事していないのだろうか?家事もしていないのだろうか?勉強したり訓練していないのだろうか?子育てなんて関係ないのか?結局は「反戦」と叫びながら機動隊と衝突したり、暴力や罵声を使っている・・・全く説得力がない。あの中核派や革マル派が混在しているようだ。70年代安保のときもそうだったが、結局は大した思想もなく「かっこつけ」だったと思える。彼らは本気で「かっこいい」と思い込み陶酔しているのだろう。

私は、国民が真面目に仕事したり、家事したり、子育てしたり、勉強や訓練している人たちの方が「かっこいい」と思っている。まあ「かっこいい」なんて表現よりも、そういう人たちこそが社会を構築しているのは間違いないからだ。もちろん政治に関心を寄せることは決して悪いことではない。しかし具体的な提案がなく文句をいう人は会社でも学校でも町内会でもどこにでもいるが、「かっこつけ」だけの人が殆どだ。デモをして注目を浴びるというより、どれだけ説得力があるかが問われる。その説得力さえ反対派からは見えてこない。彼らはすでに負けている。



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女子供を大切にしない国は滅びる
昨日、「中国の人口減少」について記事にした。現在でも中国では家の跡継ぎや将来の労働力を重視して「男子を産み分け」をしていることが多いようだ。特に最近では出生前検査技術の向上により、胎児の性別が容易に判断できるようになった。そこで男子は出産、女子は中絶するということが横行している。その結果、中国では男女比率が極端に悪い。つまり結婚できない男性が増えるわけだ。これも将来の人口減少につながる重要な要素となっている。

さて日本では、戦国時代には武将の男子が産まれると喜ばれた。そして女子は政略結婚として利用されることが多かった。戦になれば負けた敵側の「女子」は助けるというのが常識だった。平安時代では、敵側の男子すら助けることがあった。有名なところで源頼朝、義経がそうだ。その経験からか?後の戦国時代では男子は処刑されることが多かった。あの浅井三姉妹が救出され、万福丸が処刑されたのはあまりにも有名な話だ。

さて中国や朝鮮では男女問わず負けた敵側に対して所謂「九族皆殺し」が常識だった。家族、親戚はもちろんのこと、教師や友人まで関係者は皆殺された。日本でも豊臣秀吉は、甥の秀次の関係者を男女問わず皆殺しにした(さすがに九族皆殺しだと秀吉本人や幼い秀頼も含まれるので九族皆殺しではなかったが)。そして儒教思想の強い大陸では年配者が厚遇され、未成年者(こども)は冷遇された。特に朝鮮半島では子供が野垂れ死にすることは多かったようだ。

しかし現代の日本社会では、例えば何らかの災害が発生した際には自衛隊や救助隊は女子供の救出を優先するのが暗黙の了解となっている。親たちも「自分は後でいいから、子供たちを先に助けて」と叫ぶことが多い。そういえば映画タイタニックでも沈没の直前に女子供を優先して救出する場面が出てくる。それを無視した男性がボートに飛び乗ろうとして撃ち殺されるシーンは非常に印象的だった。

さて一方で「女子供」という表現は差別的との指摘されることも多い。しかし実際に日本の場合は、先に述べたように女子供が優先して救出するという、むしろ男性が差別されているのが実態だ。しかし私も男だが、こういう差別はあるべきだと考えている。そもそも一夫多妻の時代では、男性が少なくても女性が多ければ子孫繁栄は可能だった。そして何よりも男性が女性や子供を守るのは当然であり、それは日本の武士道や西欧の騎士道と共通する精神がベースになっているのかもしれない。

そして戦の有無に関わらず、遺伝学や生物学的にも男性(特に乳幼児)の死亡率は女性よりも高い。それは常に男性より女性の方が多いことが社会の安定と子孫繁栄が可能であったことを意味しているのかもしれない。儒教思想は、そうした人間の本能を抑制して高齢者や年配者、そして更には身分の高い人を敬え!という生物学的には逆説的な思想がその社会を安定させるために必要な事だったとも解釈できる。

さて、私にも妻と子供がいる。やはり、家族を守るという意識は非常に強い。特に子供には何の罪もない。子供たちを守るのは当然のことだ。そして最近の欧州での難民問題のニュースを見ると子供たちのことを考えずにはいられない。私は基本的には大量移民受入政策には大反対だ。しかし本当の戦災孤児や災害孤児は日本としても救出すべきと考えている。例えば、世界中に孤児院が存在する。しかし紛争地や災害地では、孤児院の運営もままならない状態になっていることが多いからだ。

もちろん女子供を大切にしない国々やそうした民族に一時的な責任はある。偽装難民なんてもってのほかだ。しかし子供たちには罪や責任はない。現在、移民や難民として移動しているのは小金を持った健康な人たちだけだ。テレビではスマホを持った難民(移民)も映し出せれていた。しかし本当に苦しんでいる難民や孤児が存在する。日本は従来どおり、経済難民は受け入れない。しかし本当の戦災孤児や災害孤児は受け入れるという方針を出しても良いと思う。

例えば、現在の日本は高齢化社会となって多くの老人ホームがある。しかし高齢者の人口がピークを過ぎれば多くの老人ホームは不要になる(だから民間はこれ以上投資しない)。そうなったときに日本の被災者はもちろんのこと、世界中の孤児を受け入れてそうした施設を活用しても良いのではないだろうか? そして、そうした子供たちが日本の教育(偏向教育には注意だが)を受けて大人になって日本社会に恩返ししてくれればよい。

一人の親として、妻や子供を持つ人間として、どうしてもそういう結論になる。


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中国の人口減少
日本では人口減少問題が議論になることが多いが、シナ(中国)でも人口減少について議論されることが多くなった。もともと2000年代になってから中国に人口減少予測が盛んになされるようになった。その理由があの「一人っ子政策」の影響であり、それを考慮すると2020年頃から人口減少する・・・という議論だった。しかしここにきて既に人口減少に転じているとの議論もある。そもそも中国の各種統計データはあてにならないことが多いので、正確な数字はあまり期待できないが、それでも中国が人口減少に転じるのは間違いないようだ。

現在の中国の人口は公式には13億人。これがピークとの意見が多い。出生率も日本より低いとのデータもある。また生産年齢人口も減少している。それに高齢者の自殺、富裕層の海外逃亡などを加えると、人口減少は当初の想定をはるかに上回る可能性は十分ある。特に年金制度や社会保障制度が整備されていない中国では高齢者になることは即ち死を意味する。彼らが守銭奴になるのは民族性もあるが、そうした老後の不安というものも大きな要因かもしれない。

これはグローバル経済にどのような影響を及ぼすだろうか?多くのエコノミストは危機感を感じているようだが、私はそう思わない。なぜならインドやアフリカの人口は増えており、あのアメリカですら人口減少していない。特にインドの人口は数年で中国を追い越すとも言われている。世界の総需要としては低下する傾向は確認できない。ただ中国の総需要と生産能力が著しく低下することを意味している。従って既に日本のグローバル企業も生産拠点を中国から東南アジアにシフトしたり国内に回帰している。この傾向は当面続くだろう。

現在、中国は海洋進出を進めたり、内陸のチベットやウイグルの管理を強化しようとしている。しかし華人の人口減少が進行すればこの傾向はどこかで停滞する可能性もある。そもそも華人の特性として「大きい相手」や「強い相手」とは戦わないという要素がある。中国自体が小さくなれば、自ずと戦意を失う。さらに日米の安全保障を強化すれば、海洋進出もできなくなる。そして中国の貧困高齢者層は移民になることもできず、武装勢力にもなれず「野垂れ死」する運命が待っている。

一方で日本はどうだろうか?私は断言する「人口減少しても国力は低下しない」。何故なら歴史的にも日本は「大きい相手」や「強い相手」にも対抗できる特性を有しているからだ。そして社会保障だって充実している(これは非常に重要なことだ)。そして土地に根ざした文化や文明を築いている国家がどれだけ強力かということを日本人も理解する必要がある。将来おそらく8000万人程度に日本の人口がなるかもしれない。それでも需給のバランスがあれば大きな問題にはならない。しかし中国は違う。日本のようにはならない。ある意味、それは史上最大の悲劇とも言えるかもしれない。


自然災害を考える
また海外出張でしばらくブログ更新できなかった。その間、日本では大雨による被害があり、出張先でもニュースなどで確認できた。やはり、国土強靭化は絶対に必要だとつくづく感じる。不適切な表現かもしれなくが、「痛い思いをしないと解らない」というのが人間の悲しいところだ。あるときは経験に学び、歴史に学び、そして科学に学んでも、突発的な予期せぬ出来事に対処できないのが人間だ。そもそも人間は生物学的な「条件反射」や「危険予知」なんてものも多少はあるが、それは数十年以上経つと簡単に退化するものだ。

「そんなことありえない」というのは、たとえ高度な有識者であろうが、そのヒトの「認識」を超えれば「ありえない」ことが「ありうる」ことになる。もちろん、いたずらに不安を煽ることは不適切だ。従って、民間ではなく国家が粛々とハードなインフラ整備を整えるしか手立てはない。そもそも民間というのは短期の投資しかできない。それは人間の本能である条件反射や危険予知が長くても数十年であることが基本にあることと同じである。

つまり国土強靭化の政策は、個人思考や民間思考をベースにして成功することはありえない。当然ながら国家思考であるべきだ。今でも被災者への救済活動は様々行われているが、悲しいことではあるが一般国民は「他人事」だ。でもそれは仕方がない。誰もが日々の暮らしを前に進めようと懸命になっているからだ。個人レベルや民間レベルで国家を考えることは限界がある。もちろん私だって心の底に「他人事」の気持ちが無いと言えばウソになるだろう。

しかし日本の天皇陛下は違う。本当に心の底から被災者を想われている。それは震災や原発事故のときのように、被災地をご訪問されたときの光景に映し出している。様々なボランティア、被災地でのコンサート・・・様々なプロやアマチュアが被災地を支援した。しかし中には何もできないボランティアや似非ボランティアまで存在した。そんな中で陛下のお見舞の言葉で心が揺れなかった被災者は一人もいなかった。それがすべてを物語っているように思える。

自然災害に対処するには、国家を象徴する天皇の存在は絶対に必要だ。そして国家の政策(国土強靭化)も絶対に不可欠だ。一方でマスコミのように土建屋などの利権を「妬む」精神を世間に煽ることが最も醜い行為だろう。この「妬みを煽る」勢力は大抵は自己努力できないか自立できない人間が多い。それは一部の政治家もそうかもしれない。国家目線で考えることができるのは天皇であり、自己努力や自立精神のある大人だけかもしれない。

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欧州の難民問題に学ぶ
難民問題とは、移民問題と根本的には変わらないとつくづく感じる。最近、特に欧州での難民問題に関するニュースが多い。トラックに荷台に難民が死亡とか、地中海で子供が水死とか・・・かわいそう!とか感情的なコメントも多いが、ホントに泣きたいのは受け入れ側だろう。難民は死を覚悟しての行動しているのだから死が伴うのはある意味で当然のことだ。

たしかに国連の難民に関する国際協定はあるが、そのそも何故このようなことになるのか?紛争、貧困、そして偽装難民など様々のようだ。日本でもかつては、ベトナム難民に装った中国人の所謂ボートピープルが多い時期があった。近隣諸国というのは、適度に安定していないと難民がやってくる。朝鮮半島もホントに戦争になれば大量の難民が発生する可能性もある。

戦後の日本の近隣諸国への対応は、日中共同声明や日韓基本条約などを基本としていた。しかし、いわゆる日本の戦後処理はすでに終わっている。未来永劫に戦後処理なんてありえない。現在あるのは経済活動としての役割と、そこそこ近隣諸国が安定していないと困るということ。本来ならばそれぞれの国が自立すれば済む話であるが、外国からのODAやら投資やらで麻薬浸けになったことも問題の一端である。

そして世界経済が低迷すると必ず弱い国、そして子ども女性や犠牲になる。例えば、戦争で兵士が犠牲になるのは仕方がない。そしてビジネスマンがビジネス戦争に負けて犠牲になるのも仕方がない。しかし何の関係もない人々が犠牲になるような仕組みにしている事自体が問題であり、本来はそれぞれの民族や国家に責任はある。

更に問題なのは、先進国の関わり方だ。アメリカの中東への関わり方が現在までの地域の混乱を招いていることは間違いない。そして国連をはじめとして、多くの人権派が人道支援と称して事実上の麻薬を途上国に投与してきたことが問題だ。日本も長らくアジア近隣諸国に様々な援助をしてきたことが仇となっている。しかし、だからといってすべて無くしてしまえば大混乱になって難民や移民が発生する。非常に悩ましい問題だ。

中国人がそうであるように、実際には移民(偽装難民)できるのはある程度カネがある人たちだ。欧州への移民もそうだが、必ずブローカーが存在し、彼らにカネを渡すことで難民、移民の手助けをしている。カネも無く本当に苦しんでいる人たちは難民にすらなれずに息絶えている。これが真実だ。結局はカネ儲けと小金持ちによって難民移民問題となって、社会を振り回しているということになる。

麻薬浸けになった民族に自助努力は難しい。全財産をブローカーに託して難民(移民)として移動する。本来なら貧しくともそれぞれの農地があり、水があれば生きていける。かつての日本人だってそうだった。本当は継続可能な社会を構築することが最も重要なことだ。しかし、こうした難民や移民を生む地域は間違いなく農業が壊滅している。そして同族同士の争いがあり、カネに振りまわされた人々がいる。

たとえばアジアの小国であるブータンは決して経済的に豊かとは言えないかもしれないが農業は大切にしている。当然ながら水も大切にしている。土地に根差した生き方は継続性がある。日本国内でも福島原発事故による避難民の多くは日本国内で受け入れている。多少の地域性の違いはあれども日本人同士である。言葉も文化も通じ合える。しかし難民問題はそれぞれの国内ですら受け入れ体制がないことが大きな問題だ。

やはり国内基盤を固めること、同じ国民同士の助け合い、農業の保護・・・これらがそれぞれの国や地域でできなければ難民問題はなくならない。そして余計な外国の干渉や援助、そうした事を可能な限り排除することが重要となる。つまりグローバリズムではなく国民国家の重要性がこうした難民問題から学ぶことができる。






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中華人民共和国の終焉を迎える
抗日70周年記念式典、および軍事パレードが行われる。ロシアのプーチン、韓国のパククネ、そして国連のパン事務総長も参加するとのことで波紋を呼んでいる。そして日本からは村山元総理などマヌケな左派連中が参加する。そして台湾からは国民党の正当性をアピールするコメントもあったとのこと。・・・あまりにもバカバカしい。

まず「抗日」と銘打っている行事そのものが常識外れである。あのアメリカだって独立記念日に「反英」なんて掲げない。ノルマンディー上陸記念も「反独」なんて掲げていない。一方で短期間?で日本に勝利したロシア?(ソ連だろ!)とか・・・シナもロシアも突っ込みどころ満載だ。いくら「正当性」を主張するといっても、あまりにも無茶苦茶で子供じみている。ほとんどバラエティーの世界だ。

極めつけは抗日70年を記念して?「東条英機アイス」というのも発売したそうだ。さすがは人食(カニバリズム刑)の国という印象だ。もう、ここまでくるとレベルの低いバラエティー番組が常に視聴率を下げ続けることに似ている。私にも中国人や中国系の友人や知り合いがいるが、皆が「いまどき抗日ドラマなんて誰も見ていない」とのことだ。ときどき抗日ドラマみてバカにして笑っている中国人も多いという。

つまり、現在の中華人民共和国がどれだけ正当性をアピールしたり、国威高揚しようとしても限界があるということだ。やればやるほど反発も高まる・・・つまり反日カードは有効どころか、デメリットの方が大きくなる。これは韓国もそうだ。そもそも反日を国是としてきた国々は結束の旗印を失うことになる。まあ、それしか「こじつけ」でも祝うことが無いということかもしれない。

これは彼らにとっては危機的だ。反日が終わる時は即ち中華人民共和国の終焉を意味するといっても過言ではないだろう。もちろん、そうした反日精神とともに経済崩壊すれば、もうこの国は持たない。反日主義と拝金主義を失ったシナ人たちは行き場を失う。それはまるで草木を食い尽くしたイナゴの大群のように・・・

日本人から言わせれば、まさに平家物語の世界 「・・・諸行無常の響あり、驕れる者も久しからず、唯春の夢の如し・・・」いよいよ秋が到来するが、秋の夜に虫の声を聴いて、「モノのあわれみ」を感じ、そして穏やかになる。まあ、そんな美しい世界すら似合わないのが現在の中華人民共和国だ。


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東京五輪エンブレム騒動
以前(7/21ブログ:新国立競技場の問題点)で2020年の東京五輪について記事にした。あの奇抜な競技場デザインが白紙撤回されるのを肯定し、あの「東京おもてなし?制服」のダサいイメージを非難した。そして、その記事の最後の締めくくりで「意匠」はオーソドックスで「衣装」はお洒落に!・・・という主張をして多くの方々の共感を頂いた。

さて昨日、問題が指摘されていた五輪エンブレムの使用中止が決定したとのニュースが伝えられた。そもそも佐野なんとかという人物は数多くの盗作をしていたことが明らかになり、ネットを中心に撤回を要求する声が多かった。その願いが叶ったのか?一旦決定したものが白紙撤回するという異例の流れとなった。

しかし新聞各紙はエンブレム白紙撤回によって、すでに発行されたポスターなど数千万円の損失を出したとのことで非難する記事もある。しかし東京五輪のイメージを著しく傷つけるよりは幾分マシだ。たかが数千万円!例えば、従軍慰安婦が否定されて慰安婦像撤去は「もったいない」なんて論理と大して変わらないことに皆が気付かなければならない。

さて、私は個人的な案として「日本の家紋」、あるいは誰かの「自筆」をもとにエンブレムにするのが良いと考えている。まず家紋だが、極端にいえば東京なので徳川の「葵の紋」をそのまま使ってもいいと思う。著作権は徳川の子孫に了解もらえば良い?(まあ家紋に著作権があるかよく知らないが・・・)。国内的にも「この紋所が目に入らぬか!ひかえおろう!」といえば何とかなる。

それから「自筆」だが、一般企業では創業者の自筆の書がそのままエンブレムになることが多い。だれか著名人や歴史上の人物の書をお借りするのも一つの手段だと思う。そうなると国内外から「パクリ」との文句言われることは少なくなる。もちろん、そのようなデザインは海外には殆どない。ていうか、モダンでポップアート的なエンブレムの場合はどんなデザインでも盗作とこじつけられる危険性がある。これはやむを得ない。簡素なエンブレムデザインというのはそういうものだ。

おそらくケチつけるヤツは何でもケチつけるのと同じように、そもそも東京五輪が気に入らないヤツは何でも妨害する。そういうことを十分に理解しなければならない。はっきりいって今回の一連の騒動は誰かに「妨害されている」と私は推定している。故意に問題になりそうなデザインを推薦する・・・。これは一般公募だからこそ発生する弊害だ。一般人というのはロクなこと考えない輩が多く紛れ込んでいるものだ。一般審査員もテキトーに選んだかんじがする。

最終的にはエンブレムなんてものは「鶴の一声」で決めてもいいと思う。


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小室沢直樹

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「常に勉強」それがモットーの理系おじさんのブログです。理系おじさんの目から見た現代社会を鋭く論じたい。またこのブログに関する意見があれば賛否両論問わず受け付けます。基本的には現代社会を勉強して共有するのが目的です。

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