理系おじさんの社会学
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生前贈与に積極的な老人はいない
どうも何人かの知り合いに聞いたところ、政府が非課税で推奨める「生前贈与」に応じる高齢者は非常に少ないとのこと。これは何を意味するのだろう。かわいい子や孫のために教育資金や住宅資金を贈与を考えそうなものだ。

しかし実際は違う。老人は歳をとるほど「わがまま」になる。「かっこつける」という現象が多くあるからだ。中には痴ほう症や脳障害によって、そういう性格が更に助長されるケースも多い。

そうした老人は身内も含めて誰をも警戒し、自身の「カネ」だけが心のよりどころになる。そして誰かに「財産を狙われている」との妄想を抱くことすらある。すると莫大な金融資産があっても絶対に手放さない。これはどちらかというと大阪のおばちゃん(関西人)に多い。

さらに法定相続人が複数いる場合は必ず揉める。娘が結婚と同時期に「相続放棄」をさせることは減少している。なぜなら男女平等の精神を口実に「相続放棄」を強要できないことが社会背景にある。するとその娘は後になって「私にも権利がある」なんてのが現れるから、ややこしい話になってくる。

かつて日本社会では、家長である父親は家督を長男などに譲るときには他の兄弟はいさぎよく身を引くものであった。それは家長である父親の権威というものも背景にあった。しかし最近では状況が全く違う、母親が余計なことを主張するのだ。母親は「私の子供はみな平等」とか言いだすのである。すでに嫁に行った娘ですら、そう考えている。

たしかに同じように腹を痛めて産んだ子供・・・何歳になっても自分の子供は子供・・・と考える女性は非常に多い。しかし何処かへ嫁いだ以上は、実家の資産に関する言動は絶対に許されないことだ。しかし昨今の男女平等とか父親の権威の低下によって、そのようなスムースな遺産の相続や贈与は行われなくなった。そして女性(母親)のワガママで結局は誰にも贈与せず、未亡人となっても母親が財産を独占するケースが多くなっているようだ。

それは生前贈与が税制上で非課税であっても、資産は次世代へスムースに移らないことを意味している。こんなことなら、先般述べた相続税(金融資産)の大幅アップの方が望ましい。いやー心配することはない。このような高齢者は本人自身が死んだあとのことなんて何も考えていない。

最近の親子関係なんてそんなものだ。そもそも親の財産をあてにする側(子や孫)も改めて考え直すべきだろう。そう土地、建物、店舗などは相続や贈与は仕方がない(というより権利だけでなく実際には責任も生じる)。しかし声を大にして言いたい。親の金融資産なんて絶対に頼ってはいけない。成人していれば自分で働いてなんとかしろ!ってね。

新年度を迎えて実家に親戚にも会う機会は多いだろうが、「テメーらには財産あげない」、とか「オヤジから財産なんて狙ってないぜー」なんて言えば、すべて丸く収まる。そしてその資産家の莫大な金融資産は国の税収へと花開く・・・すばらしいじゃありませんか?


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法人税減税
昨日は「相続税」について私の意見を述べた。本日はついでに「法人税減税」について少し意見を述べたい。報道によると、「自民、公明両党の税制調査会は法人税の実効税率については15年度に2.51%下げ、16年度までの2年間の累計で3.29%下げることを正式に決めた。」とある。

現在、利益が少なく(あるいは赤字)で法人税を払っていない企業が圧倒的に多い。従って、利益を上げている大企業が恩恵を受けることになる。その利益を出している企業の賃金上昇、あるいは設備投資を促す・・・というわけだが、今だにデフレなので当然ながら内部留保にまわる可能性は大きい。共産党の懸念はその通りだ(私は共産党支持ではありませんが)。

まあ、現時点での「法人税減税」はどちらかというと政治的な大企業に対するリップサービスと見た方がいいだろう。現代政治では、大企業の意向や要請は政治的に無視できない。だって政治献金も必要だから・・・。実際に大企業は供給サイドの景気上昇への原動力であることは間違いない。かつて戦前の右翼も左翼も大企業は「悪」であり、「清貧」がすばらしいなんて思想を持っていた。それは文学的には美しいが、それがどういう社会結果になったか歴史が証明している。大企業への配慮は「嘘」でもいいから続けた方が良い。

それでも、デフレ脱却していなければ「内部留保」へ向かうのは企業としては当然であり、低賃金労働者からしたら「大企業は悪」と思われるかもしれない。でも私が企業の経営者なら内部留保するだろう。だって企業は「清貧」を追求するのではなく「利益」を追求するのだから。社会的責任なんて「製造者責任」と「コンポライアンス重視」だけで十分ということになってしまう。

ここで政治的な「リップサービス」という表現をしたが、政党政治なのでどうしても支持母体への配慮というのは欠かせない。それでも基本的な政治思想、およびアカデミックなアプローチがあるかが重要だ。国家重視、地方重視、企業重視、個人重視・・・色々とあるだろう。それぞれのバランスを考慮しなければならないことは当然のこと。そしてプラスして考えなければならないのは「時代の変化」を感じ取らなければならないこと。

大きく時代が変化したこととして、やはりインターネットの普及は大きい。だれだって様々な情報収集できるし、個人でネット通販や販売だってできる。金融も多くはネットを利用したものが多い。また音楽や映像といったエンターテーメント、ゲームもできる。もちろん各種勉強だってできる。しかし製造業は製造現場でしかできないし、自動車は道路でしか走れない。水道は水道管を通る、ガスはガス管を通る。電気は電線を通る。もっといえば、自然界には太陽があり、風があり、水があり、土があり、家があり、家庭があり・・・そして人の心がある。・・・世の中は実は変わらないものの方が多い。「当たり前」と思われるかもしれないが、この現実も絶対に知る必要がある。

歴史的に社会生活とは、古代文明は大河を中心とした農業と工業が存在した。中世社会も城下町として、商家、職人、豆腐屋、魚屋・・・ある程度限定された地域での社会が存在した。しかし現在のネット社会では、例えば電気製品を買う場合も、近くの家電量販店で実物を下調べして、最後はネットで購入する人が多い。こういう流れは日本だけでない。インターネットを利用する世界中の動きだ。もう、こういう動きは変えられない。

また日本でも車社会になったので、近くにある酒屋や薬屋ではなく量販店で購入するのが主流になっている。たしかに古い商店街の電気屋さん等は、経営は立ち行かなくなる。こういうことは良い悪いは別にして「時代の流れ」として受け入れるしかない。しかし実際にそういう小売業者は世代も変わり、子や孫の世代は別の仕事を始めているケースが多い。つまり世代交代とともに時代の変化があるならば社会の適応は可能であるということ(痛みは少ない)。

私は何度かハイエク風に言えば「自生的秩序」、イリヤ・プリコジン風に言えば「自己組織化」という表現を使用した。一方で物理学的に「エントロピーの増大」とか社会学的に「崩壊とカオス」という表現もした。ここで重要なことは「時間」という要素をどのように考えるか? 万物には必ずサイクルや寿命があり、それぞれ特性は異なる。それぞれのスピードがどうであるか?よく工場での生産管理の担当者は生産計画とバランスシートを作成する。そこには生産タクトや生産能力というのを必ず考える。

小さな小売業の場合というのは世代交代(社長交代ではない)が一つの時間的なファクターになりうる。また大企業の場合は「商品サイクル」というものがある。通常、ヒット商品というものは20年が一般的だ。また消費者の商品購入サイクルとして自動車の場合は15年、家電製品の場合は10年といったところだろうか?最近では耐久性のある商品もあるのでもっと長いサイクルもあるだろう。

要するに法人税であろうが消費税であろうが、需要サイクルや供給能力を考慮したやり方が理論的には望ましい。つまり、99%の企業が赤字なのに法人税減税してもあまり意味がない。需要が少ないのに消費税上げても税収が減るだけ。もっと簡単な例を言えば、すでに液晶テレビが80%以上普及しているのに液晶テレビのエコ減税やったて意味は薄いってことだ。逆にヒトはどうしても欲しいモノやサービスがあって、購入者がカネを持っていれば消費税30%でも気にしないで購入する。私も過去にべらぼうに高価な管楽器を購入したことがある。なぜって、どうしても欲しかったんだもん!

まあ民間(個人)消費というものはそういうもんだ。その個人消費がGDP比60%以上あるわけで、それが供給サイドのパワーになるわけだ。まあ、今回の法人税減税は支持母体を配慮したのは間違いない。政党政治なので支持母体を意識するのは百歩譲って理解する。まあそれも民主主義だから。しかしもっと社会や経済を理論的に考える必要があるだろう。もっとも大きな問題はデフレ脱却できていないこと。いまだにデフレギャップが30兆円以上もあるなんて異常だ。

やはり金融政策と財政政策は重要だ。もし長期的な成長戦略を考えるなら、もっとも効果的なのは「教育」、「子育て支援」だ。直接給付も間接給付もバラマキと言われるが、国家が国民に対する投資をしなくなったら国家として終わりだ。そしてもう一つは「防衛予算拡大」だ。防衛省ではありとあらゆる訓練を実施している。それは当然ながら軍事訓練だけでない。そうした投資は短期的な乗数効果が低かろうが関係ない。

しかし政治的に、「バラマキ懸念」とか「軍事費拡大」とかネガティブキャンペーンを恐れるのかもしれない。でも法人税減税だって「内部留保拡大」というネガキャンは存在するが、デフレとの因果関係を把握していない国民が多いということ、そして比較的声は小さくなる。・・・やはり子供も大人も教育と勉強は必要だ。


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相続税増税(基礎控除を縮小)
昨日のブログで政府の景気対策について記事を書いた。そこで「相続税」についても少しコメントした。本日の各報道でもあるように来年から「基礎控除を縮小することによって実質的な相続税増税」になる。何やら、「増税」という悪いイメージが蔓延しているように思えるかもしれない。しかし、この法改正の考え方は絶対に正しい。

これまでは1000万円に法定相続人の人数を掛け5000万円を加えた額だったが、1月からは600万円に法定相続人の人数を掛けて3000万円を加算した額になる。ただし「相続税の小規模宅地等の特例」がある。つまり居住している土地や建物、事業等に使用される不動産は控除として軽減されるというもの。

たしかに坪単価がべらぼうに高い一部の東京都市部住宅では問題になるだろう。この数値(金額)が適正か?という議論はあるだろう。しかし、この考え方は絶対に正しい。なぜなら従来の法律では遺産額が大きい場合に土地や建物、さらには店舗や駐車場まで「切り売り」しなければならいという「悪夢」が存在したからだ。

ここで重要なことは直接生活に関わる部分ではなく、金融資産や有価証券が対象になることだ。要はあまった資産、別の表現すれば「塩付け」になった金融資産を流出させる効果はある。当然ながら生前贈与も加速する。これに加えてマイナンバー制度によって個人の資産が明確になれば脱税防止にもなる。

こういう議論は「社会主義的」といって新自由主義者は反対するだろう。おそらく竹中平蔵氏あたりも反対だろう。 しかし考えてみよう。成人している人間が親から譲り受けるのは土地、家屋関連だけで十分だ。それまで教育も受けているだろう。成人になって、それ以上を求めること自体が「若者の甘え」だ。そして余剰財産というのは何かと相続トラブルの原因になる。

この法改正が実施されれば、下手なマンション購入させられたり、もしかしたらタンス預金は増えるかもしれない。しかし、そのときは「新紙幣」切り替えすればよい。戦後の新円切替えによる「借金帳消し」や「ハイパーインフレ」まで実施することはありえない。「新紙幣」切り替えで十分だ。これでカネ回りは間違いなくよくなる。

おそらく、この私のブログ記事に怒りを感じる資産家の高齢者は多いかもしれない。でも、私はそういう方々に訴えたい。「カネは使ってこそ価値がある」、「カネは天下のまわりもの」それが将来の日本をためと考えればよいと。

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政府の経済対策
政府は27日に3.5兆円の経済対策を閣議決定したとのニュースがあった。ええー、たったの3.5兆円!!消費税増税で10兆円規模の税収が落ちるのに、その穴埋めとしては実にショボい。地方の活性化のために商品券だとか、子育て支援だとか、比較的世間から文句が出にくい分野が中心になるのは、いつものパターンだ。

そこで、やれ「バラマキだー」と喚く人々も相変わらず多い。民主党政権下で子供手当26000円構想があり、自民党は「バラマキだー」と喚いていた。あの経済評論家で有名な三橋貴明氏も「子供手当はバラマキーだー」と叫んでいた。私はこの意見には真っ向反対する。子供手当に関しては3万円/月にしたって構わないと考えている。ただし継続しないと意味は薄い。その3万円にしても様々な支給方法がある。(今年の3/26ブログで子供手当について述べています。)

よく知れれているデータであるが、不況になると必ず「人工妊娠中絶」が増える。かつて1955年には100万件を超え、現在でも30万件は超えているという。つまり戦後のベビーブーム(1946-1952)の後から現在までの人口妊娠中絶の累積は1000万件以上であり、それだけの日本人を失っていることになる。また、自殺率も景気と連動することは明らかな事実だ。しかし数字としては毎年数万人であり、この数字も確かに深刻ではあるが人口妊娠中絶とはケタが違う。

そういう状況で外国人移民を毎年100万人受け入れて、人口の1割である1000万人にしようとする動きは日本人壊滅作戦といっても過言ではない。もちろん人口妊娠中絶や自殺率は、景気だけが要因ではないが経済状況で大きく左右されることは間違いがない。当ブログのカテゴリ「命の選択と社会」でも何度もこうしたことは述べた。当然ながら政府として人口減少の対策で一番良いのは経済政策だ。

もちろん経済対策として「公共事業」も絶対に必要だが、供給能力に合わせた需要創設しないと予算が執行できない問題は存在する。それ以外で私が提案するとしたら以下内容。これを全体と合わせて10兆円程度の経済対策にする。そうすれば必ず景気は上昇する。そして国力は高まる。

① 子供手当の拡大 (3/26 ブログ参照)
② 自衛隊予算の拡大 (自衛隊の仕事は、防災、医療、土木・・・様々な訓練が含まれている)
③ 厚生労働省の職員を増やす。(6/3 ブログ 「医療・介護の人手不足」参照)

一方で、税収増を計画するなら以下の内容。

① マイナンバー制の導入と歳入庁の設立 (税と保険料を確実に徴収する)
② 相続税の見直し:居住のために土地建物以外(預貯金、有価証券含む)を課税率を上げる。
*これをすれば生前贈与は必ず推進されるメリットがある。
③ 首都機能を一部地方に移転(分散)し、都内の土地建物の売却、そして管理コスト削減する。
*民間企業であればリスク分散としても必ず実施している。

まあ、上記の対応だけでも10兆円規模の増収になる。また、くだらない「成長戦略」も縮小させるべきだ。それで数1千億円は節約できる。あとは超円高の時に為替介入して得た外貨や外債を利用して原油やガスを大量に政府調達する。そうそう、ロシアをはじめ多くの資源国家から資源を輸入すれば、資源価格低迷で困っている国々を助けることもできる。そうした資源を活用して上記の経済対策(+公共事業)に活用する。

最後に忘れてはならないのが消費税10%増税を凍結、あるいは5%に戻す。もうこれで日本経済復活は間違いない。

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アメリカ映画のバカバカしさがおもしろい
北朝鮮のキム・ジョンウンの暗殺を扱った映画「インタビュー」がクリスマスからアメリカ独立映画館300社で上映されるというニュースはあった。チケット前売りは絶好調とのこと。一時期、サイバー攻撃だか何だか知らないがソニー・ピクチャーズは上映を中止したが、それがアメリカ政府の判断?で「表現の自由」を貫いたということになっている。

まあ私も映画を見ていいないし、真相はよくわからない。噂によると相当な「くだらない映画」のようだ。大体、アメリカのコメディー映画は、そのバカバカしさが見る方にとってはおもしろいのであって政治的な意識はほとんどない。しかしプロパガンダが大好きな朝鮮人たちは、他国(他人)のプロパガンダ(のようなものも含む)に非常に敏感だ。それは北朝鮮人だけでなく韓国だってそうだ。

そもそも一般のアメリカ人やヨーロッパ人はアジアのことをよく知らない。さすがに中国と日本の違いは知っていても朝鮮半島のことはよく知らない。おそらく北朝鮮と韓国の違いをよく知らないのが現状だ。英語では単に"KOREA"と呼ぶことが多いことも理由だろう。何かのアメリカのインタビューで「"KOREA"で思い浮かべること」という質問回答では「ミサイル」「キムジョンイル」という回答がほとんどだったという。

そういうアメリカ人は政治的なプロパガンダではなく、単なる娯楽性に興味を持っているだけだ。過去の映画では「戦場にかける橋」とか「猿の惑星」とかでは、暗に日本人は悪役に見立てたわけだし、オードリー・ヘプバーンの「ティファニーで朝食を」などでも、ヘンな日本人が登場する。それでも日本人は「バカバカしい」と思っても、映画会社に抗議するようなことはなかった。

結局は、噂ばなしが好きな人は、他人の自分に対する噂ばなしが気になって仕方がないという話である。朝鮮人が騒げば騒ぐほど更に話題性を呼び、ますます朝鮮人のイメージが悪くなる。日本社会でのいわゆる「嫌韓」はすっかり世間で定着したように、アメリカ社会でも「おもしろいKOREA」というイメージが定着しつつあるのかもしれない。もうそれは娯楽の一種である。日本での「嫌韓」も政治色だけではなく「娯楽性」があるから広まったのは紛れもない事実だ。

やはり文化というものは「娯楽性」は必要だ。そこには誰かを小ばかにすることだってある。かつて江戸時代の文化として庶民は幕府の将軍を「公方:くぼう」といって心の中でバカにしていた。歌舞伎にしても、それは何気ない「エロ」や、何気ない「皮肉」が込められたものだ。それはプロパガンダというより、庶民の娯楽という色合いの方が濃い。それは笑いやエロや庶民が興味を抱くことで盛り上げながら、何気なく「皮肉」を込める・・・それが庶民の文化ってものだろう。

結局、朝鮮人たちのプロパガンダがなぜ広がらないか?大きな要因は「娯楽性」が低いからだ。いわゆる従軍慰安婦問題は「エロ」をイメージする人が多いから多少は世間の興味をひく。あるいはフェミニストにとっても飛びつきそうな話題だから話題性もある。しかし、そこには「娯楽性」は存在しないし、もちろん科学技術の恩恵や、便利さ、そして「楽しさ」は存在しない。そんな70年前の話がどうした・・・というのが庶民の本音であり「まあ人権は大事だよね」なんて言って仕方がなく耳を傾けているのが実態だ。

一方でなぜに日本の食文化がアニメが世界で人気になるか?それは美しいし、美味しいとかもあるが、「楽しさ」があるからだ。またアメリカ映画はなぜ人気があるか?それは「ヒーローが存在する」という解りやすいことも大きな理由だが、バカバカしさも含めた「楽しさ」があるからだ。もちろん映画に含まれたプロパガンダは存在するかもしれない。しかし、それを含めて「娯楽」として認識して、そのプロパガンダをバカにする・・・そうすれば更に映画もおもしろくなるだろう。


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個人消費を増やそう
アメリカの景気が好調だ。四半期の実質GDP(国内総生産)が上方修正されたようだが、おそらくクリスマス商戦も活況のようだ。また、それによりダウ平均株価は1万8000ドルの大台に乗せた。やはりアメリカの場合は、個人消費のGDPに占める割合が高い(7-8割?)ことが大きい。

日本だって個人消費の比率は高い(5-6割)ので景気対策というのが取りやすい。しかし日本では、GDPが減少したにもかかわらず景気対策はしょぼい。10兆円GDPが減ったのなら、10兆円規模の景気対策しなければ追いつかない。しかし財政規律を重視して?歳出カットを検討する政府の対応には理解に苦しむ。

一方でロシアの経済情勢は難しい。原油価格の低迷により、通貨ルーブルの価値が下がっているようだ。ロシアはEUと違い金融政策が可能であるが政策金利を上げても通貨下落のトレンドは変えられない。日本や欧州と違ってインフレ傾向になるわけだが、これは賃金上昇や失業率の改善を伴わない悪性インフレになるわけだ。

日本の財務省や一部の経済学者が財政規律が悪ければ「国債の暴落」だとか「ハイパーインフレになる」とかいう。また日銀が金融緩和すれば「通貨の信任低下」とかを主張する。それは、まさしく現在のロシアのことを示している。しかしロシアと日本はまるで違う。ロシアは個人消費のGDPに占める割合は低く、資源輸出で経済が成立しているわけだ。

つまりGDPに占める割合の違いで経済政策というのは違って当然である。外需依存はリスクが高い。そもそも外需依存の経済体制にするとグローバル経済の動向で簡単に潰されてしまう。これは中国だって韓国だってそうだ。日本はそうした諸外国を「反面教師」とすべき。日本はまだまだ個人消費を上昇させることは可能。


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天皇誕生日を祝おう
今日は12月23日、天皇誕生日で祝日だ。・・・でも私は仕事だ。小中学校はすでに冬休みに入って、私の子供たちもすっかり休み気分になっている。従って子供たちにとって「祝日」という意識は薄い。私は常日頃から「毎日が特別」という意識があり、「特別な日」という意識はあまりない。私も私の妻も、今更ながら自分たちの誕生日を祝う気持ちは薄い。結婚記念日ですら、「そういえばこの日だったなあ」という感覚がある(私の妻も)。さすがに子供たちの誕生日は毎年祝ってあげているけど、年齢が増すに従って徐々に「誕生日」という認識も薄れていく。

でも「天皇誕生日」ってどうだろう。子供たちにとっては冬休みと重なっているので「ありがたみ」は少ないかもしれない。また、クリスマスが間近であり、年末の大掃除や年始の準備に追われる人々も多い。しかし、私はあえてこの「天皇誕生日」を素直に祝いたい。陛下はすでに80歳を超えられ体調にも気を配らなければならない。しかし、私はこう考えた。陛下が御生まれになったとき皇族の方々、そして国民はどれだけ歓んだことだろう・・・と。私も2人の子供がいるが、産まれたときの歓びは喩えのないようなことだった。陛下がお生まれになったときの人々の慶びを勝手に思い浮かべると「希望」というのを強く感じる。

希望が見えない社会ほど、人間にとって辛いものはない。天皇誕生日が我々国民にとって「希望」を思い浮かべる良い機会だ・・・と私は勝手に考えている。ちょうどこの1年が終わり、来年へ向けてのそれぞれの「希望」を考えるきっかけにする。そう考えれば「天皇誕生日」について、我々一般庶民も素直に祝うことができるだろう。


平等と公平
私は以前に「平等」について何度も意見を述べた。

「もし世の中で産まれて来る子供がすべて平等なら、誰もが産まれてすぐに「寄宿舎」に入れて、毎日のように「同じ食べ物」、「同じ量の食事」、「同じ睡眠時間」・・・。古代ギリシャのスパルタのように同じ教育と同じ訓練を施す。もちろん、個性はすべて否定する。そして、同じ年齢になったら皆殺害する・・・まるで、ブロイラーの鶏のように・・・それが本当の平等というものだ。」と述べた。・・・そうそう、どこかの国では「人民服」なんてのもあった。それは、すべて「平等」の象徴だった。

一方で、「平等」に似た言葉で「公平」ということがよく論ぜられる。税や社会保障でも「公平さ」がよく議論になる。

そもそもは消費税導入は直間比率(直接税と間接税)の是正の議論が国会ではスタートだった。1970-80年代は脱税しまくりの自営業者とサラリーマンの間での「不公平感」が強く存在した。しかし、それ以前から「税の不公平」の問題は存在した。それは戦後の混乱期の闇市(そこから大企業にのし上がった会社も多い)に代表されるような違法な業界が多かったこと。当然ながら闇市は法人税、所得税も納めていなかった。

また在日朝鮮韓国人や同和関係者は住民税すら納めていなかったという。特に在日に関しては合法的な土地の所有権もなく、固定資産税も納付していなかったケースも多いとのこと。そもそも在日は戦時中の徴用工は数百人しかおらず、殆ど(数十万人)は戦後の混乱期の密航者であることは周知の事実だ。あの在特会によると、そういう在日の不正は現在も続いているという。つまり訳のわからない人権?を振りかざして「税の公平さ」を崩壊させてきたというのが事の真相だ。

また、日本の税制に関してアメリカの圧力も存在した。特に70-80年代のアメリカとの貿易摩擦により、「高関税の見直し」とともに「物品税の廃止」と消費税の導入が検討された。この高関税の見直しは、その後のGATTやAPEC、そしてTPP交渉へとつながっていく。最近ではアメリカをはじめ諸外国は、むしろ日本の消費税増税で世界経済への悪影響を懸念する声の方が大きい。懸念しているのはムーディーズのようなお笑い格付け会社(テレビ番組の「芸能人格付けランキング」と同じ)くらいだ。

また年々増え続ける社会保障費と公平に徴収できないことにより、より公平に徴収できる消費税の導入へと議論がシフトした。一時期、民主党の長妻議員で有名になった「消えた年金問題」によって年金徴収の杜撰さや、運用の杜撰さも社会問題となった。本来ならば、そこで年金機関も国税局と合わせて「歳入庁」への議論へと進むべきだった。しかし諸外国(北欧)と比較してどうだとか、財政規律の改善策としても論じられるようになった。財政規律に関しては、当然ながら財務省の主張である。財務省がプライマリーバランスを気にするのは立場上はよく理解できる。しかし、それは財務省の立場であって、国家の立場ではない。

まあ、税率上げても税収が増えなければ財政再建の策としては破綻しているので論外だが、この「公平さ」を論じるとかなり奥が深い。たしかに一律同じ税率とする「消費税」というのは基本的には平等だ。多くの保守系の論客も「相互扶助」の思想、つまり日本人らしい「困ったときは助け合い」の精神、あるは「清貧」のような「美学」をベースにして消費税増税推進を主張する人も多い。その代表格が桜井よしこであり、石原慎太郎であり、故三宅久之だった。一方で税調の野田毅はただの法律バカであり、民主党の野田元首相は「三党合意」に拘っているだけだ。

一方でかつての共産主義者は、「平等」や「公平」を達成するために「統制経済」「統制社会」と「反対分子は徹底粛清」を講じた歴史がある。その結果はみなさんご存知の通り。一方で冷戦構造終結と同時に、ハイエクやフリードマンのような新自由主義的な思想が蔓延して、グローバリズムやボーダレス文化(移民文化)が是とする主張が多くみられた。従って、ハイエクの主張する「自生的秩序」ではなく、むしろ「カオス」が生まれたことは明らかだ。

自由主義を否定する気はないが、国家としての各種インフラ整備や基本的な社会整備は絶対に必要であり。ケインズが主張したように公共投資は必要である。特に現代社会の経済とは、道路、ガス、水道、電気、通信・・・そうしたものがなければ社会や経済は成立しない。個人レベルでそれに反対するなら、趣味の世界でも砂漠や無人島で暮らせばよい。

問題は箱物ハード面ではなく法やシステム整備をどうするかだ。税と社会保障について「平等」であり「公平」にするのであれば、「マイナンバ-制」にして、「歳入庁」を設立すればよいはずだ。これは間違いなく「平等」であり「公平」だ。経済学者の高橋洋一氏などもそうした主張をしている。しかし、それを「国家の統制社会はけしからん」という反論する勢力が存在することである。こういう勢力は日本では「自由主義者」ではなく、むしろ「反日左翼勢力」が中心となっているのが興味深い。彼らは「平等」や「公平さ」を重視するのではなく、「国家が権力を持つ」ことに不満というレベルの低い連中だ。

「マイナンバー制度」と「歳入庁」、これはマスコミや御用学者は好きな「海外との比較」をしても多くの先進国は導入している。もちろんアメリカも導入している。発展途上国でもマイナンバーのようなIDカードは必ず保持している。それは国際的なテロの防止や資金凍結にも役立っている。当然ながらテロ対策としての国際協調としてアメリカの圧力はあっただろう。しかし、日本の治安や不公平税制の是正にはメリットの方が大きい。一方で今だに身分証明書が車の免許書や保険証になっている日本のような国なんて私は見たことがない。

少なくともマイナンバー制は導入される見込みとなったが歳入庁の新設にはほど遠い。マイナンバーに反対する勢力は、「公平の名のもとに国民の資産を把握し膨れ上がった国家の債務の解消のために預金封鎖を行い、預貯金の数割が強制的にカット・・・」 終戦直後の国家でもあるまいし、預金封鎖などありえない。こういうことに反対している勢力は闇企業や脱税の常習犯、あるいは偽名や通名を使い分ける犯罪者の可能性が非常に高い。また、「歳入庁」新設への反対は、おそらく財務省が権限低下を危惧するものとも考えられる。

要するに誰だって、省庁だって「特権」を維持したいか、新たに特権を確保したいだけの話である。まあ、合法的であれば、それはある程度は仕方がないことかもしれない。しかし税に関して法的にも「公平」が原則であるとするならば、税や社会保険の未払いは許されない。あるいは違法であれば、「犯罪」としては許さないという姿勢を国家が明確に示すべきだ。
とくかく消費税を増税して軽減税率を業種別に分けるなんて、結局は「公平さ」を失うことになる。

あのアルカポネを逮捕できたのは「脱税容疑」だった。マイナンバー制度と歳入庁新設は絶対に必要だ。そこには「完全平等」のような残酷さは全く存在しない。むしろ、こうした「公平さ」は、社会秩序と犯罪率低下につながる。何度も言うように消費税は「公平」であるが、税収が減っては元も子もない。確実に税を公平に徴収する仕組みつくり、そして経済を成長させてGDPを増やすこと。財政規律に拘るなら、消費税よりもこうしたことに拘るべきだ。


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日本の輸出9000億円減 中韓FTA
MSNの「週刊ダイヤモンド」のニュースによると、「中国と韓国が11月に実質的に妥結した自由貿易協定(FTA)の日本への影響が明らかになった。関税削減などで、中韓両国の市場で日本製の液晶パネルなどが不利になり、日本からの輸出額が20年後、年間77億ドル(約9240億円)減る見通しだ。」とのこと。

国際貿易というのは、関税よりも「需要」と「人件費」そして「為替」の方が影響ははるかに大きい。日本の輸入関税は工業製品に関しては低い。一方で日銀の金融緩和は間違いなく中国や韓国の経済に大きなダメージを与えている。中国の人件費はすでに高いレベルであり、中国製品の国際競争力は低下している。中国が韓国とFTA協定したからといって、それが日本に大きな影響になるとは思えない。

この年間77億ドル、亜細亜大学の奥田聡教授が試算したとのこと・・・。私の第一印象として約9240億円! しかも20年後!大した金額じゃねーな。ということ。もちろん私も含めて一般庶民からしたら、9000億円なんて莫大な金額だ。でも、よーく考えてみよう。日本のGDPは500兆円レベルだ。たしかに最近では500兆円を下回ったようだが、480兆円かそれくらいはある。

日本のGDPの40-50%くらいは個人消費、設備投資は20-30%、公共支出は15-20%、そして純輸出は2-5%程度しかない。GDPが仮に500兆円とすると1%でも5兆円だ。とすると、今回の9240億円減る・・・・せいぜい0.9兆でGDP比は最大で0.2%しかない。つまり・・・それがどうした、という話だ。20年後の液晶パネルの需要なんてどうなっているか誰にもわからない。実際には、もっと影響は低い可能性がある。

仮に0.2%のGDP減だとしても、日本国内の個人消費と設備投資、そして公共投資で、あっという間にカバーできる。もちろん貿易関係の企業は損失はあるかもしれないが、日本全体としては大したことはない。そもそも外需を当てにするという経済政策はそれ自体がリスクがある。それよりも消費税増税でGDPが下がったことの方が大きい。

また基本的に関税は、二国間FTAよりも多国間TPPの方が理論的にはメリットがある。それは製品が多国間に関わる製品であればあるほどメリットは大きい。つまり、原材料⇒1次加工⇒2次加工⇒出荷 それぞれで関税が免除されると全体としてのコストは下がる。しかし、それは一国ですべて製造できれば一番メリットがあるのは当たり前の話だ。

日本は、原材料やエネルギー以外の工業製品の工程はすべて自国で可能だ。これほど工業国家として強固なシステムはない。しかも日本は各種スクラップの再利用率は高く、エネルギーも原発を再稼動したり、独自のエネルギー開発すれば必ず日本は最強の工業国、あるいは最強の経済大国になる。(まあ将来的には原発は縮小すべきだが)

とにかく中韓FTAなど、日本全体としては大した話題ではないということ。一部の企業が困ることを日本経済全体への影響のように見せかける報道に疑問を感じる。あと円安により輸入品の価格が上がることを懸念する報道と同じだ。

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「一票の格差」と「法の下の平等」
衆議院選挙が終わり、恒例の如く?「一票の格差問題」を訴える勢力が出現する。最高裁も「違憲状態」と判断している。また以前、「婚外子の相続が二分の一が違憲」とする判決を最高裁は出している。その理由が「産まれてくる子供に罪はない」とか「産まれてくる子供は平等だ」という考え方がある。いずれも「法の下の平等」と「基本的人権の尊重」がベースにある。

これに関する反発は、いわゆる保守勢力だけではない。多くの一般庶民も疑問に思っている。左よりの私の妻でさえ疑問に感じている。例えば、私がどこかの女と不倫して隠し子がいたとしよう。そして私が早死にしたとしよう(イヤな喩えだが・・・)。そこで、その不倫相手の女と子供が突然現れて「遺産を同額よこせ」なんて言ったら、残された家族は経済的にも精神的にも崩壊する。

もし世の中で産まれて来る子供がすべて平等なら、誰もが産まれてすぐに「寄宿舎」に入れて、毎日のように「同じ食べ物」、「同じ量の食事」、「同じ睡眠時間」・・・。古代ギリシャのスパルタのように同じ教育と同じ訓練を施す。もちろん、個性はすべて否定する。そして、同じ年齢になったら皆殺害する・・・まるで、ブロイラーの鶏のように・・・それが本当の平等というものだ。

日本の最高裁はそのような「平等」を目指しているのだろうか?かつての中国共産党は、国民党の富裕層の財産を奪い、農地で働かせ、大躍進政策と文革を強行した。その根底には「平等意識」と「富裕層に対する妬み」が存在した。そう、実は平等意識というより「嫉妬心」というものが中心にあった。それが事の本質だ。

私の尊敬する福澤諭吉先生の名言、「世の中で一番醜いことは、人の生活を羨むこと」がある。よく考えてみよう。この「一票の格差」で誰かが何か大きな損害を被りましたか?また誰かが悲しい思いをしましたか? どうしても一票の重みを増したければ地方に移住すればよいではないか?日本人には移動の自由はあるし、職業選択の自由はある。

人類の歴史からも、人類学的にも家族は一つの共同体だ。会社だって一つの共同体だ。それぞれの家訓や社訓というものはある。地方だって共同体であり、それぞれで条例を作成することはできる。それぞれの組織の自由は存在するし、その組織の中で完全なる自由はない。しかし、そうした組織が条件となって、自己組織化や自生的秩序が生まれる。

当然ながら家族と別れる、会社に所属しない生き方もあるだろう。だからといって、既存の組織を「平等」と称して攻撃することは適切ではない。そうした組織に何らかの問題があれば、自ら崩壊するものだ。誰かが「嫉妬心」を下に安定した組織を攻撃しても、そこには自己組織化や自生的秩序ではなく、カオスとエントロピー増大しか発生しない。

私は憲法の下で個人重視することを完全に否定するわけではない。しかし社会や組織を無視して、個人の権利を重視することが、必ずしも個人を救済することではないこと。「一票の格差」と「法の下の平等」というのはホントに奥深い議論であるはずだ。少なくとも決して「嫉妬心」で考えてはいけない。一部の弁護士、マスコミは意図的に世間の「嫉妬心」を煽ることがある。全くもって「醜い存在」としか言いようがない。


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風の吹かない衆議院選挙
戦後最低の投票率だった昨日の選挙、天候の影響もあったかもしれない。選挙として「争点がない」とかマスメディアはコメントすることは多かったが、投票した人達はそれぞれの争点があったはずだ。また「風が吹かない選挙」ともいわれた。でも。それの何が悪い。風が吹いた、かつての社会党の「マドンナ旋風」とか郵政解散の「小泉旋風」とか民主党の「政権交代」とか。右であろうが左であろうが、風が吹くことの方が恐ろしい。アレクシス・トクビルが言った「多数派の専制」という言葉を思い出す。

投票率が低いと創価学会が支援する公明党が有利だとか、高齢者に有利だとか色々と意見はある。それでも風が吹くよりマシだ。それにしてもマスメディアの凄いところは事前予測がほぼ的中していること。こういう能力はなぜか凄い。「次世代の党」が二議席と予測されて、その通りだった。ネット上では「次世代の党」の支持率は高いが、実際に選挙になると少数派であることがよく判る。共産党の躍進と同じくらい期待することは、もう少し先の話かもしれない。

それでもマスメディアへ安部政権に対するネガキャンや中国韓国の安部政権嫌いにも関わらず、290を超える議席を確保できたのは何故か? 私は、一つの指標は「株価」だと考えている。基本的に「株価」と「支持率」は連動する。意外と高齢者は年金だけでなく株を含む有価証券を多く所有している。彼らの資産価値が向上したことに対する自民党への支持だと考えられる。

一方で「若者20-30歳代」は複雑だ。若くして大量の有価証券を保有している人は少ない。一部の企業やパート従業員は給与や時給は多少は上がったが、消費税増税の影響で実質賃金は低下している。ネット右翼は自民党支持が多いが、さほど恩恵を受けていない。特に消費税増税に対する若者の嫌悪感は高く、「消費税凍結」を主張する共産党に投票する人も多い(共産党の躍進の一因)。

また右派、保守系やネット上では「次世代の党」が人気であった。しかし自主憲法がどうとか、安全保障がどうとか、ではなく実際の生活が向上しなければ「絵に描いた餅」を追い続けるだけのパワーが長続きしないという現実がある。やれ嫌韓だー、とか反中だあーと叫んだところで、それぞれの生活が安定しなければ「タダの娯楽」に陥ってしまう。

やはり先ずは「デフレからの脱却」そして「国民が豊かになる」、そうしなければ自主憲法も安全保障も前には進まない。現在の日本人に「貧しくても国家を守る」とか、「清く貧しく美しく」なんて思想を再び根付かせることは極めて困難だ。「次世代の党」の石原慎太郎はどちらかというと、文系保守らしい「清貧」の精神がある。おそらく「三島由紀夫」の影響を多かれ少なかれ受けている。・・・だから、なかなか国民に受入れられないのではないだろうか?

良い悪いは別として、現代の日本は科学技術をベースとして成り立っている。私は「国家感」あることは非常に大事だと考えている。もちろん日本の伝統や文化を大切すべきと考えている。しかし科学技術が現代文化に根付いている以上は日本は過去には戻れない。これを「日本人の堕落」と呼ぶかどうかは様々な議論があるだろう。

ただ、今回の選挙で本当に良かったことは「風」がなかったこと。大きな風で国民が惑わされることがなかった。そのことに関しては高く評価している。


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最高裁の裁判官国民審査を考えよう!
いよいよ明日は衆議院選挙だ。ここで、改めて特定の政党や候補者に対してコメントしない。ていうか、あまりできない。一方で毎回ながら同時に行わるる「最高裁の裁判官国民審査」については、多くの国民はよく解らず全員に○するか?いっそのこと全員×にするような行為をする有権者は多い。実際に私だって、そうだったことは多い。

なかなか最高裁審査は難しい。しかし今回は参考になる事例が二つある。一つは「一票の格差に関する訴訟」。そして、最近のニュースでも話題なった京都朝鮮学校でも「ヘイトスピーチ訴訟に関する」最高裁の判断がある。特にネット上でも話題になっているが京都朝鮮学校の訴訟に関して在特会側の上告を棄却したこと。(*実はもっと様々な興味深い最高裁判決があるが、ここでは割愛する。)

そもそもヘイトスピーチの法的な定義などなく、今回もヘイトスピーチに対する判決ではない。一部のマスメディアの報道は間違っている。しかし、授業妨害(業務妨害)と器物損壊で約1200万円の賠償と学校周辺での街宣禁止を認めたということ。・・・ということは学校周辺でなければ良いということ。そして1200万円の根拠がよくわからない。たしかにグランドの電線を切断したことはあったようだが、それで1200万円は理解できない。明らかに原告側を同情しての判断に映る。

もうひとつ最高裁の重要な事例は、「一票の格差判決」だ。この問題に関しては「法の下の平等」を前提としているが、個人の「基本的人権」に対する解釈も背景もある。しかし同時に日本には移動の自由が存在するわけだから、一票の重い地方に移り住むことは可能だ。また、会社組織の中では「賃金の差」は役職によっても当然違うから平等ではない。それを「法の下の平等」といって訴訟する人は誰もいない。それは、そういう議論以前に「職業選択の自由」はあるということ。

つまり、「国家主権」と「個人主権」は確かに存在する。しかし「地方の主権」は存在しない。しかし国家や地方を構成する国民は三大自由を持っている。それは「移動の自由」「職業選択の自由」そして「信教の自由」。自由の上に生活する中には完全なる「平等」というものはあり得ない。例えば、マンションの住民がマンション組合に加入すること、企業の従業員が労働組合に加入することが義務であるが、住民(一軒家)がその町内会に入るかどうかは義務ではない。これは、かつての最高裁判決である。その背景には自由と権利という理念があり、その下で判断してきた。

しかし最近の最高裁判決は違う。何やら国際的な方向性とか?一部の世論とか?人権とか? そうしたことに惑わされているように思える。これが最悪になれば韓国の裁判所のようになる。つまり法治国家ではなく、人治国家ということ。日本国で、こういうことを絶対に許してはならない。

そうしたことを、じっくり考えて今回の「最高裁の裁判官国民審査」に臨んで頂けると何かと参考になるのでは?ところで、私のこのようなコメントも選挙違反になるのかなあ?たぶん、ならないと思うけど。おそらく今回の選挙での国民の意思表示は、国会議員の選出だけでなく、最高裁の国民審査にも大きな関心を寄せるべきだろう。

明日の選挙は私は必ず行きます。もし解らない方がおられたら、私は明言する、「選挙に行かない権利もある」と・・・。でも、どうせ投票に行くなら国会議員の選出だけでなく、最高裁についてもじっくり考えよう。それが社会に何かを訴える手段であることは間違いないから。


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農家への嫁
ノーベル平和賞を受賞したパキスタンのマララさんがイスラム過激派?からの殺害予告があったという。その理由はイスラム社会を冒涜したとのこと。イスラムや地方の伝統を守り、女性はイスラム戒律に基づき社会生活させることを是とする勢力が多く存在する。またインドのように古いカースト意識とともに女性は家事に専念させるという思想がある。それって、何やら日本の保守勢力の主張していることと似ているではないか?・・・似ている部分もあるが似ていない部分もある。

世界中の何処でも、歴史上は貧しさゆえ、あるいは不幸な借金のせいで若い女性が教育を受ける機会もなく奴隷の如く?嫁に行かされることはあった。中には本当に悪徳な業者や親もいたかもしれない。しかし、それがその時代、その社会において
当然のことであった。しかし近代化と貧困が混在するインドやパキスタンでは、こうした主張の対立は当然のことだろう。一方で近代化によって「精神性」が貧困となり「堕落する社会」というのが存在するのも、これまた事実だ。

そんな中、少し系色は違うが根底が似ているニュースがあった。AFP時事ニュースによると、「中国の貧しい農村部で、地元男性と結婚した「ベトナム人花嫁」100人以上が失踪し、警察が行方を追っている。中国メディアは11日、「組織的な集団」が失踪に関与している可能性があると伝えた。」とある。 そういえば日本でも農村での嫁不足のためベトナム人や中国人の輸入?が増えた時期があった。でも集団失踪なんてなかった。でもトラブルは結構多かった。

しかし「農家への嫁」って本当にたいへんだろうか?かつての日本でも「農家の嫁はたいへんだー」とか「山男にゃほれるなよ」とか言われたものだった。しかし現代の農家は大規模なら間違いなく機械を導入している。米俵でコメを保存する農家なんてほとんどいない。厚手のビニール袋に機械でコメをジャーって入れるかんじだ。何となく「農業なんてダサい」というイメージあ先行しているのが大きなマイナス要因なのかもしれない。

実は現代農家って、それほどたいへんではない。補助金だってもらえる。サラリーマンや小売業の方が精神的に病むことが多い。日本でも都会の暮らしに疲れて帰農したり起農したりする人も増えている。そこで成功する人もいれば、やはり都会がいいからといって都会に戻る人もいる。たしかに小規模な専業農家は収入も少ないだろう。でも工夫凝らして成功している人も多い。私の知り合いの農業従事者は皆裕福だ。

マララさんは農業が嫌いなのかなあ?マララさんは教育の重要性を主張した。しかし、そのうち勉強につかれて「やっぱり農家の暮らしがいいなあー」なんて心変わりするかもしれない。でもイスラム社会には戻れない。もう裏切り者扱いだ。かといって中国の農村行ったら色んな意味で不幸が待っている。マララさんのように容姿が綺麗だと余計に危ない。それこそ契約金もらって逃げる方が良い。

あの孔子はこういった。「・・・耕して飢え、其のうちに有り、学びて禄、其のうちに有り、君子は道を憂いて、貧しきを憂えず」・・・やはり考えさせられる論語だ。


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ノーベル賞授賞式
ノーベル賞授賞式の映像がメディアによって報道されていた。時の人となった三人の物理学賞受賞者も珍しく緊張した感じだった。たしかにノーベル賞は世界的な権威といった認識をされることが多い。私も物理屋として日本出身の物理学者が受賞するのは非常に嬉しい気持ちだ。

しかしながら今回は科学というより、この授賞式について記事にしたい。会場だったスウェーデンのストックホルムにあるコンサートホールは欧州ではパリやロンドンにある劇場に似ている。それは決して広いホールではなく、天井や側壁には彫刻や絵画をほどこされている。伝統的な欧州のコンサートホールだ。まさしく建物自体が芸術品だ。

あいにく私はストックホルムは訪問したことないが、パリの旧オペラ座やウィーンの学友会館のイメージに近い。そしてハンパなく上手なオーケストラがいる。そしてスウェーデン国王の登場・・・。そのメダル授与の際のいつもの「あの曲」は何と言う曲名か知らないが荘厳な雰囲気でノーベル賞の権威をイメージアップされている。

まさしく科学技術と欧州芸術の融合といったところだろうか?私はこのブログで何度も紹介しているが、フランスの音楽家ドビュッシーの名言「芸術は最も美しい嘘」、たしかにその通りだろう。そして私はこう付け加えよう。「科学技術は最も正直な生き物」・・・といったところだろうか?

私は嘘であっても芸術は大好きだ。そして正直すぎる科学技術は子供のように愛おしい。これらを両立できるような現代人になれば、それほど楽しい人生はない。ノーベル賞授賞式はそれを象徴しているかもしれない。

しかし我々一般庶民も日常の生活の中にも、そうした文化芸術と科学技術は両立している。特に日本国はそうした要素を兼ね備えている。普段、気にもとめない場所にも文化芸術や科学技術が潜んでいる。私は日本人に生まれたこと、人間として生まれたことを誇りに思う。


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世界から恨まれる中国人
小笠原諸島の赤サンゴが中国の密漁船(ドロボー)によって奪われたために、サンゴだけでなく漁業にも影響するとして、漁業関係者までも将来の懸念を示し、政府の対応の遅れを非難したとのニュースがあった。

また、昨日8日に新疆ウイグル自治区のウルムチ市中級人民法院は、4月と5月にウルムチで起きた二つの爆発事件について、計8人の被告に死刑判決を言い渡したとのニュースがあった。これでウイグル人の中国人に対する怒りは増幅する。

さらにチベットやベトナム、フィリピンともに中国との軋轢は凄まじい。また同じ華人同士であるにもかかわらず、香港や台湾では中国人(大陸人との表現もある)に強烈に反発している。

かつてはアメリカがテロの標的となることは多かったが、これからは中国がテロの最大の標的になる可能性がある。中東紛争でもソマリア紛争でも、宗教やイデオロギーというより「生活が脅かされる」、そして「犠牲者がでる」・・・そうなると誰だって立ち上がる。

9.11のアメリカの同時多発テロは西側諸国を中心として、多くの世界的な同情を誘った。しかし中国人の場合はどうであろうか?「自業自得」、「天罰」・・・イメージとは恐ろしい。しかし、それだけ中国人は恨まれているということだ。

やはり中国を急成長させてしまった罪は重い。その一役は日本が担っていた。多額のODA、技術援助、人的援助・・・こうした支援は中国の軍事費を増大させ、人民の傲慢さも増幅させ、人民を狂わした。

中国は貧しく地味な地域の方が、中国人にとっても世界にとっても幸せだった。今後、この教訓を生かして日本は中国に大して援助をすべて停止させる。 円安は絶好のチャンスだ。最近テレビでは、円安のデメリットをことさら強調している。しかし円安は中国を押さえ込む効果がある。

何とかして中国にとどめを刺すべきだ。それは更なる円安、中国人への法規制、日本の防衛力の強化・・・。それは日本だけでなく、世界にとってもメリットがある。日本が本腰でそういう行動にでれば世界は日本を援助する。

何しろ中国人は世界中から嫌われているのだから。

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マララ・ユスフザイさん
今年のノーベル賞授賞式がまもなく始まり、テレビ報道でも日本人受賞者に関する報道が多い。平和賞では史上最年少といわれているパキスタン少女のマララ・ユスフザイさんも話題になっている。

パキスタンやインドでは女性の教育を受ける権利が著しく侵害されているとして、国際的にも人権問題として扱われる。たしかにタリバンに代表されるイスラム勢力や、インドの地方では女性の人権は侵害されているのは事実だろう。

しかし、考えてみよう。かつての日本だって教育を受けることなく、若くして嫁ぐことは普通のことだった。あの有名な「赤とんぼ」の歌にはこのようなフレーズがある。「夕焼けこやけの赤とんぼ・・・」ではじまり、「十五でねいやは嫁にいき・・・」とある。十五は数え年なので現在で言う14歳だ。今でいえば中学生が教育を受けずに何処かへ嫁ぐことを意味している。

日本だけでなく世界各地でこのようなことはあった。フェミニストはこれを事実上の「人身売買」であり「奴隷」だと主張する。確かに、電気もガスもなく炊飯器もなく、掃除機も洗濯機もない。早朝から晩まで家事と畑仕事で一日が終わる。それは過酷なことでもあったが、普通のことでもあった。

私は仕事の関係でインドへ何度か行ったことがある。インド滞在経験のある方ならご存知だろう。最近でこそ各家庭に電気が普及した。しかし水道やガスはまだまだ普及していない。地方の道路は舗装されておらず、牛がウロウロしている。地方の女性たちは薪を背負い家事の準備をしている。

また道端で死者の火葬している風景が普通であり、ガンジス川では半焼けした遺体がよく流れている。最近の近代化によって大気汚染や水質汚染は著しい。また電話回線は不通になることが、多くネット通信の方がマシ。まさに現代社会と原始生活が混在している不思議な社会だ。

そのような社会の中で女性が教育もなく何処かへ嫁にいくことは原始的かもしれない。しかし原始的な生活が実際にあるのだから、ある程度は仕方のないことではないだろうか? 我々日本人や欧米人はどうしても自分たちの価値観でしか判断できないようだが、数百年前の日本だって同じだった。

もちろん原始的な社会を望む人たちを否定する気はない。問題は若い世代に「選択の余地」を与えるかということ。逆説的に言えば日本のように中学生まで義務教育というのは、ある意味で「選択の余地」がないという判断もできる。例えば、本当の高級職人は大卒は使いものにならず、小学卒くらいが一番良いともされている。

つまり15歳くらいから仕事をするか、嫁に行くとかの選択だって本来は自由であるといえる。男であっても、江戸時代までは丁稚奉公といって仕事(修行)することはあった。女性だって、若くして嫁に行くことを幸せに思う人も存在したかもしれない。しかし問題は「選択の余地」があるのか?そして「選択の余地」があることが本当に幸福なことなのか?という極めて哲学的な論争になる。

嫁に行く、教育受ける、仕事する・・・それは個人の「選択の余地」というより社会が決定するように思える。


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テレビ大嫌い
テレビがつまらない。見るのは天気予報と動物番組くらい。テレビの出演者は、何というか、「押しつけがましい」感じがする。またニュース番組でも、内容がネットからの引用とか、海外メディアのコピペとか「まともに取材していない」のがミエミエだ。

今でもマスコミは「世論操作なんてちょろいもの・・・」なんてホンキで思っているのであろうか?かつて日本人は世界的に見てもテレビを見る時間が長かった。しかし「テレビ離れ」は日本でも若者(特に男性)が顕著になっている。今でもテレビ大好きなのは一部の高齢者、ゴシップ好きの女性、ヒマな人たち・・・、そういった人種だ。

一方で最近では中学生や小学生でもテレビに否定的な子供たちは多い。そうするとテレビ局は若年層を無視して高齢者を意識した番組作りをする。そして益々、若い世代はテレビから離れる。するとテレビ局も若い世代を無視する。全くの悪循環だ。

こういった現象は海外でも同じだ。かつてはテレビのゴールデンタイムだった土曜の夜はテレビのモニターで任天堂のゲームを家族で遊ぶのが欧米では主流になった。最近では任天堂も息切れしているが、根強い人気を誇っている。

テレビ番組の「上から目線」、「ヘンな人権意識」、そして何よりも文化芸術性が低いことだ。さらに各局共通しているのは反安部政権であり、反日思想があること。私も安部政権を全面的に支持しているわけではない。しかし選挙中であるにもかかわらず、「円安で物価があがるー」とか「国の借金、財政規律がー」といいながら暗に安部政権を非難しているのが、ありありと解る。

そうテレビ局は公共の電波を使って国民を「洗脳」しようとしている一種の宗教にすぎない。これからのテレビ本体は完全にモニター画面としてのハードの役割は継続するにしても、大手テレビ局のソフトは不要にする。まずはテレビ画面はネット画面として全面的に改修(改宗?)させるのが望ましい。

現在のテレビでもネットをつなぐことができるが、どうも使いにくい。それをもっとPCやタブレット、スマートフォン同様に使いやすくすれば、「テレビ大嫌い」から「テレビ大好き」に変化する可能性がある。

エアバック問題は技術的な問題だ
エアバックのリコールに関する報道が続いている。わたしは関連メーカをかばうわけではない。当然ながら責任はあると考えている。しかしアメリカの公聴会に代表される「企業への過剰な追及」はやりすぎだ。何でも訴訟すればいいものではない。かといってメーカ側だって「法」を満たしていれば良いというものでもない。

企業の責任とは何か?法的責任、人道上の責任、社会的責任・・・色々あるだろうし、立場によって言い分が異なるのは当然かもしれない。しかし誰かを責める・・・それは誰だってできる。私はキリスト教徒ではないが、聖書では「人を裁くな・・・」とある。結局は「恨み」を持ち続けても社会は良くならない・・・。それはいつの時代だって同じだ。

今回、私個人的な見解を述べる(もし間違っていればコメントください)。この問題は、純粋に技術的な問題と考えている。技術の問題だとすれば、それぞれの身勝手な立場を乗り越えることができる。それが科学技術の良いところだ。つまり解らなかったことは、解らなかったこととして「仕方のないことだった」そして「その教訓を生かして更なる開発するべき」と言えるからだ。残酷かもしれないが科学技術とはそういうものだ。

私は、このエアバックメーカは単純に科学技術の知識や経験が乏しかったと考えている。単純に考えてエアバックが作動するときに膨張させるインフレータが破裂するということは、インフレータに内蔵される火薬の破裂力が大きかったか?あるいはインフレータ本体の衝撃強度が弱かったか? いずれかしか考えられない。

火薬と破裂に関しては、温度や湿度によって性能も異なる。また当然ながら経年劣化もする。つまり、そもそも火薬の性能は理論上もバラツキが大きいことになる。一方でインフレータ本体や付属部品は主として鋼材で製造されており、強度のバラツキは低く抑えることは可能だ。・・・つまり火薬のバラツキや経年劣化を考慮してインフレータ本体の強度(特に衝撃特性)に優れた設計にすればいいはずだ。そうすればこのような問題は理論上は絶対に発生しない。

しかし昨今の自動車業界のミッションでもある「軽量化」を推し進めた結果、この部品に限らず様々な部品が軽量化の対象となった。特に単位重量のある鋼材部品は軽量化への格好にターゲットとなりやすかった。とあるカーメーカは、車体の構成部品を「一律20%重量削減」というバカげた目標を部品メーカに押しつけることもあった。当然ながら、私は軽量化をすべて否定しているわけではない。リスクを理解した上で総合的に製品として考えることができるかどうか?それが技術力というものだ。

しかし、このエアバックのメーカは「火薬の量が」だとか「高温多湿が」とか的外れな見解を出しているようだ。さらに問題が発生した部品は、一部の海外拠点や部品サプライヤの製造であり、品質管理を丸投げしていたように思える。要するに海外管理やサプライヤ管理が不十分(というより、そういう能力がなかった)だったと考えられる。・・・私の勝手な想像で申し訳ない。でも結構当たっているのでは?

また最悪なのは対象範囲が広がった(リコール拡大)したのはトレーサビリティが確立していなかったからとの見解を示していること。わたしが思うに、これはトレーサビリティの問題ではない、単なる「強度設計」の問題だと考えている。つまり同様の設計であれば、使用地域が高温多湿であれ、火薬の量が多くでも発生する可能性があるということだ。あとは確率論の問題だ。

私の結論を述べると、このエアバック問題は「法的な問題」ではない。かといって、国家や企業の「管理の問題」でもない。純粋に「技術の問題」であると確信している。そして、このような問題は古今東西にあらゆる場面で潜在的なものであり、いつ顕在化するか、それは使用環境で決定するということだ。

とにかく企業は「技術的な解決」へと向かうべきだ。いくら法的処置がどうとか、管理方法が改善したって「技術力」なければ何も改善できない。そういう認識は持つべきだ。少なくとも技術者だったら持つべきだ。問題を発生させたのは技術者かもしれないが、最終的にこの問題を解決できるのも技術者しかいない。

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バター増産の要請
農林水産庁は、大手乳業メーカー4社や乳業団体に対し、クリスマスの最需要期に向けてバターを最大限供給するよう求めたとのニュースがあった。仮に業者がバターの価格高騰を意識して在庫を抱え込んでいるとしたら問題だ。しかし生産者に対して、すぐに増産せよ!と要求してもすぐには対応できない。

以前も似たようなニュースがあった。「とにかく短期間でバター増産を・・・?」まず第一印象として、「クリスマス需要に向けて?」・・・農水省はバカじゃないだろうか? もう12月、クリスマスまで20日程度・・・間に合うわけねーだろが。

バターを製造するためには大量の牛乳が必要になる。牛がミルクが出ようななるのは成牛になって妊娠しなければならない。牛が成牛になるには、鶏や豚より時間が掛かる。それを20日で増産? そんなの無理じゃねーか。 まあ長期計画(4-5年)としてなら理解できる。たしかに円安や穀物(エサ)高騰により輸入バターの価格は高騰している。それに伴い各種加工食品の値段も上昇している。

こうした素材に関連する食料品の高騰は、いくらデフレ脱却といっても経済にとってはマイナスだ。消費者物価指数はコアコアCPI (エネルギー、食料品を除く)で評価しなければならない。ただし、生産者は高級なバターを生産しても大した利益は出していない。流通業界に安く買い叩かれているのが現状だ。そこそこ大規模な生産者ならネット販売とか自社の販売店とかで何とかやっていける。しかし問題は加工用バターだ。加工業者から常に低価格を要求される。

そしてバターに関しては、もう一つ消費者(社会)の意識の変化がある。以前はバターのような動物性油より、マーガリンのような植物性油の方が健康に良い・・・という意識(宣伝)があった。しかし最近では世界的にマーガリンやショートニングに含まれる「トランス脂肪酸」の問題が取りだたされ、再びバターの需要が広まったとのこと。加工食品であっても、高価なバターを使用することが多くなり、その替わりに何とかコストを低下させようとする。

たしかにネット上でも、「マーガリンはゴキブリも食わない」とか話題になる。しかし直接的に人間への健康被害の事例は一件もない。長期的には弊害があるのかもしれないが統計処理しないと解らない。また、「ゴキブリも食わない」というのであれば、ネギやタマネギは、ゴキブリはもちろん昆虫や動物は全く食わない。あやまって食べると命を落とす。しかしヒトがネギやタマネギ食えば、「血液はサラサラ」なんていわれている。

食品でも医薬品でもそうだが、何が良くて何が悪いかなんて地域や環境、そして体質によっても随分違う。いや、工業製品だったそうだ。高温多湿、超低温、大気汚染や水質汚染地域・・・どんな優秀な機械だって劣悪環境なら必ず壊れる。グローバルで全生物に適合する農業製品や工業製品は、この世に存在しない。

まあ話を戻すと、日本はそんな世界的なバターの供給能力に振り回されるのではなく、日本の環境にあった油、例えばツバキ油、純正の菜種油をもっと活用すればいい。あのイタリアやギリシャのような欧州の地中海沿岸の国ではバターよりもオリーブ油を多く使用している。そりゃそうだ。そういう地域はそれが合っている。

別に長期計画でバター増産してもいいかもしれない。しかし世界の環境や経済、政治情勢で日本が振り回されないような体制をつくることこそ、国家の安全保障の一環であると考えるべきだ。


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愚かなムーディーズ
世界的な格付け機関?といわれるムーディーズが日本国債を格下げしたことが話題になっている。AaだかAaa+だか何だか解らないが格下げされたとのことでマスメディアは大々的に取り上げている。

ええー「消費税増税延期したから?」、「金融緩和したから?」「人口減少だから?」そして「財政規律があ」・・・ムーディーズは頭がいかれているのか?あるいは人気のある日本国債の価格が上昇しないように世論操作しているようにも思える。

ホントまったく馬鹿げている。何の責任もないムーディーズ・・・。あれだけ格下げされても日本国債の金利は低い、市場はホントに冷静だ。おそらく一般投資家(ビギナー)を騙すのが目的のように思える。

こういう格付けに振り回される日本のマスメディアもマヌケだ。国債の信任?金利の上昇?・・・ことある度にこうした主張をしてきて、その通りになったためしはない。はっきりいって、ムーディーズとそれに振り回されるマスメディアはバカ丸出しだ。

マスメディアはここぞとばかりに安部政権の政策をムーディーズの格付けと関連付けようとする。すると安部首相は「金利は上昇していないこと」「市場は冷静だ」・・・という極めてまともな回答をしている。一方、マスメディアはバカ丸出しだ。


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自動車業界の苦悩
自動車業界では、品質問題に関するリコールが後を絶たない。それは何故だろう。そこには業界の構造的な問題がある。まず大量生産であること。従って様々な製品に関する法規や認証制度が存在する。そして初期の開発スピードが求められる。開発段階でスピードが求められ、更にコストダウンを求められる。すると、どうしても不十分な設計になることが多い。

しかし、問題はそこだけではない。その不十分な設計は、各種認証試験において簡単に合格してしまうことが多いのである。各種認証試験というのは認証サンプルにより、法規や規制に対してOKかNGかを判断するものであり、量産後の品質を保証しているものではない。しかし法規上はその後の製造における「変化点」を許さないという思想が存在する。

従って、量産して数年後になって設計の問題が発覚するとたいへんだ。それまでの製品をすべて否定することになる。そして新たな認可を得なければならない。簡単な品質改善活動ですら、認可内容と異なることを実施すれば法規違反になる。結局は、有効な品質改善が解っていても時間が掛かり不具合の流出が拡大する。

特に自動車業界では法規(海外法規やメーカスペック含む)によって過剰に技術力や改善力が抑えつけられている傾向がある。もう一つは「責任問題」だ。メーカの品質管理者は市場で問題が発生したときに「法規」や「認証」を盾にして保身行動をとることが多い。

こうのような状況は、真面目な技術者にとってはバカバカしく映る。「お客様に満足いただく」という基本理念を忘れて、くだらない法規制で縛られているし、あるいは責任回避の拠り所にしている傾向もある。技術力の向上や品質改善とは、そうした法規や規制を最優先すると停滞する。

トヨタ自動車は「法規さえ満足すればいいというものではない。お客様に不快に思うことでも吸い上げるべき」というコメントは発表していた。今までトヨタは様々な問題もあったかもしれないが、そういった姿勢がトヨタを復活させた要因であると私は考えている。

一般的に医薬品の臨床試験でも、自動車の性能試験でも、あらゆる実環境でのすべて保証しているわけではない。そんなこと不可能だ。社会を実験台にすべきではない、という議論は多くある。しかし社会実験はある程度は必要だ。大切なことは、問題に気付いたとき、それが開発から数年後であっても速やかに改善する・・・これが重要だ。

当然ながら問題があったとしても誰かに過剰に責任を追及するべきではない。設計だって開発部門も品質不具合をつくろうと悪意を持っている人々は極めて稀である。大切なことは、「常に勉強する」、「技術や知識を身に付ける」。そして常に「改善」することだ。

最近は減ったかもしれないが、自動車メーカや建設機械メーカでの「技術者の自殺」が問題になっていた。おそらく過剰に責任を追及されたのではないだろうか?誰かに責任を押し付け、個人努力を怠り、法規にすがり責任回避する行動しかできない社会人の方が罪深く思える。


中国人観光客
「中国人観光客は欧州で評判が悪い」という記事があった。これは欧州に限らず世界中での常識だ。また今に始まったことではない。しかし中国メディアや日本のマスコミも「一部の人たちのせいで・・・」という表現をする。

「一部の人たちのせい・・・」 何か変だなあ。たしかに中国人全員がマナーが悪いわけじゃないだろう。海外旅行する中国人は間違いなく富裕層が多く、マナーに気を使っている観光客も多い。

しかし中国人観光客は団体行動が主流だ。中国人は団体行動になると「団体であること」そして「大金で消費する」ことを武器に「何してもよい」という雰囲気つくりをする・・・実は、そこに問題の核心部分であると私は考えている。

サンゴの密漁にしても何でもそうだが、「赤信号みんなで渡れば恐くない」という精神が彼らに強く残っている。そして「嘘は必要」という文化も持っている。つまり「一部の人たちのせいで・・・」というのは間違っている。そういう文化が根底にあるわけだ。

かつての日本人だって「旅の恥はかきすて・・」のようなところはあった。海外で酔っ払いの日本人は今でも多いし、欧米人も旅行マナーが悪い人もいる。でも、やはり中国人のマナーの悪さは際立っている。私も海外でマナーの悪い中国人は何度も目撃した。

結局は、マナー悪くても大金を使う大切な客だから・・・という意識が観光業界に根強く存在する。一方で他の観光客に迷惑が掛かるということで総合的にはどうなのか?こういう議論は世界各地であるようだ。

日本政府は円安を追い風として、外国人観光客を増やそうとしている。しかし、私は日本人に対して日本国内旅行を推奨する政策をとるべきだと考えている。中国人観光客を頼りにする政策よりも、日本人が国内旅行することのほうが絶対にメリットはある。




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小室沢直樹

Author:小室沢直樹
「常に勉強」それがモットーの理系おじさんのブログです。理系おじさんの目から見た現代社会を鋭く論じたい。またこのブログに関する意見があれば賛否両論問わず受け付けます。基本的には現代社会を勉強して共有するのが目的です。

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