理系おじさんの社会学
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ウサギのネザーランドドワーフ
我が家にはペットのウサギがいる。ホントにカワイイ。このウサギは我が家では二匹目だ。一匹目は他人から譲り受けた白い仔ウサギだった。しかし、あっけなく死んでしまった。原因はよくわからない。おそらく母乳を十分飲んでいなかったか?あるいはもともと弱いウサギだったのかもしれない。

その後、私の娘(小学生)は新しいウサギを欲しがった。夏休みの宿題を終わらせる条件で8月末に茶色いウサギ(ネザーランドドワーフ)をペットショップで購入した。今回は元気に育っている。乾燥牧草、ペレット、リンゴ、えん麦が大好きだ。時々、プランターで育てた生牧草や畑のミズナやキクナをあげると喜んで食べる。

このウサギ、通常のウサギに比べると小型だが、喜怒哀楽が激しい。怒って噛みついたりするかとおもえば、甘えて擦り寄ってくることもある。また、嬉しいときにはジャンプしたり、不思議そうな目つきで人間を眺めたりする。最近では家族全員に親しんでいる。

ウサギは子孫繁栄とか家族円満の象徴ともいわれている。子孫繁栄に関しては、数ヶ月のウサギでも出産する能力があるという。また家族円満について、ウサギが我が家に着てから家族全員の笑顔が増えた。本当に増えた。ウサギに関連する図柄の日用品も自然に増えてきた。

小さいイヌなどはキャンキャンうるさいこともあるが、ウサギは基本的にはなかない(近所迷惑にならない)。また、ウンチはイヌやネコと違い、小さい玉状で水分が少ないので汚れや匂いも少ない。ペットとしては最適だ。

家族とのふれあい、ペットとのふれあい、ますます我が家が楽しくなった。もうこうなると、外での忘年会や何かの会合とか行きたくなくなる。だって、外に出るより家の中の方がずっと楽しいから。そう、一番長く居る場所が一番楽しい・・・これほど幸せなことはない。


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ウサギは生き物だ
7月6日のブログ「ウサギは月へ」の続きの話。

私の愛娘のペットのウサギが死んでから、娘は心の整理ができずに、新しいウサギが欲しいと言い出した。「今度は絶対に死なせるようなことをしない・・・」という彼女なりの強い意志があった。

そこで、以前ウサギをもらった場所に未だ仔ウサギが3匹いるとのことで、見に行くことにした。そこで気付いたのが、他のウサギは既に大きくなっていること。もともと娘は一番小さい仔ウサギを選んだとのことだが、それでもその死んだウサギがとても小さく成長が遅かったことに気付いた。通常、ウサギは数ヶ月でかなり大きくなる。そして、他のウサギは死んだウサギと顔も異なり、しぐさも・・・すべてが違った。

娘はいった。「違う、違う・・・」 そしてペットショップにも行った。そこには大柄で態度の横柄なウサギしかいなかった。そこでも娘は「違う、違う・・・」 やはり死んだウサギの替わりは存在しなかった。考えてみりゃそうだ。人間だって愛する人が亡くなっても、その替わりなんて存在しない。人間と同じように死んだ生き物をよみがえらないし、同じような存在を探しても見つからない。「生き物はモノと違う」 モノのように無くなったから、壊れたから新しいのと買い換えるということはできない。

「生き物はモノとは違う」 娘も、そして私も改めてそう感じた。動物をモノ扱いする・・・人間ですらモノ扱いする・・・そういう社会はどこか間違っている。人間に対しても動物に対しても常に感謝の気持ちがなければ心の整理はできない。特に直接に人と関わったり、動物と関わった人なら皆共通の認識である。

娘も少し成長した気がした。そして私も改めて勉強になった。


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ウサギは月へ
今回、「理系おじさんの社会学」としては少し変わったテーマであり、しかも個人的な話題を取り上げたい。それは動物の話である。昨日、私の娘(小学生)が飼っていた仔ウサギが突然亡くなった。原因はよくわからない。まだ生後3カ月程度だった。エサや水も十分与えていたし、ストレスかからないように外で遊んだりもした。我々家族にもなついてくれた。それなのに、ほんとうにあっけない終わりだった。数時間前まで、いつもと変わらず元気に見えたのだが・・・そして娘がずっと泣いていた。面倒くさがり屋の娘が頑張ってよく世話していた。ウサギに名前まで付けて・・・。でも一般的に、数カ月で仔ウサギが突然死することは、ごく普通なことだそうだ。もともと弱いウサギだったかもしれない(ショップではなく、もらったウサギです)。

ネットで色々と調べたが、ウサギって体調悪くてもそれを周りに気付かれないようにするらしい。何か変だと思ったときにはもう遅いこともあるそうだ。我が家もそうだった。異変に気付いて動物病院へ連れて行く間もなく死んでしまった。ウサギはイヌやネコと違って鳴かない。つまり何かを強く主張するようなことはしない。一方でウサギって何か人間の特別に役に立つような動物でもない。しかし人間に迷惑をかける動物でもない。ただひたすら愛らしいという極めて平和な生き物だ。そして、静かにひっそりと旅立ってゆく。

ウサギの有名な神話では「火に飛び込むウサギ」の話がある。他の動物が人間に食べ物を貢いだが、ウサギだけは何もなかったので自ら火に飛び込んで食されることを望んだ・・・こういう話は日本の神話でもインドの神話でも同じような話がある。あの手塚治虫の名作「ブッダ」では、冒頭にこの話をモチーフとしたストーリーが台詞なしで絵だけで展開される。日本の神話では、ご存知の通り「神に導かれて月へ行った」・・・とされる。ウサギは月の化身であり自己犠牲の神のようにいわれた。

ウサギを飼って、亡くなって・・・なぜこのような神話が生まれたのか何となく理解したような気分になった。動物って、牛、馬、犬、猫・・・人間に身近な動物は、何らかの「人間に役に立つ」存在が多い。例えば、猫はネズミよけ、犬は番犬、馬は乗り物、牛は農業・・・でもウサギは別に人間のためには仕事はしない。かといって人間に何か迷惑をかけることも少ない。そこには主従関係や利害関係はない。人間が一方的に毛皮や肉を得ていることへの償いのような気持ちが神話にはあったのではないだろうか?あるいは何の罪のない平和な民を殺した歴史の比喩としてウサギ神話が誕生したのかもしれない。

当然ながら我が家では、ウサギの毛皮を取ったり、肉を食したりしない。しかし、あまりの「愛らしさ」のためにオモチャのような扱いをしていたかもしれない。申し訳ない気持ちとともに「ウサギが月へ」行って神になってほしい・・・と自然にそんなことを思った。ずっと泣いている娘にはそんな話をした・・・。娘は「月に食べ物ないじゃん」って現実的なことを言った。でも私の話を理解してくれた。そういう娘を誇りに思った。「理系おじさん」の私だって、時にはそんなことを考えることもこともある。それが人間らしさというもの・・・・。


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小室沢直樹

Author:小室沢直樹
「常に勉強」それがモットーの理系おじさんのブログです。理系おじさんの目から見た現代社会を鋭く論じたい。またこのブログに関する意見があれば賛否両論問わず受け付けます。基本的には現代社会を勉強して共有するのが目的です。

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