理系おじさんの社会学
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自然食材は匂いを確かめよう
「暑さ寒さも彼岸まで」といわれるが今日は秋分の日、ホントにすっかり秋になった。味覚の秋、食欲の秋といわれる。しかし、食に関する残念なニュースがあった。滋賀県高島市の道の駅で販売された「ひらたけ」が毒キノコが混入していたというもの。地元の住民が近所でとれたキノコを店に入れたそうだが、外観が「ひらたけ」とほとんど見分けがつかずに誰も気づかぬまま完売したとのこと。そして購入者から中毒症状の報告があり、はじめて発覚した。

私は野生の「ひらたけ」は食べたことがないが、相当美味らしい。味覚の秋だし、高島市といえば自然豊かな地域、だれもが興味を持つ食材だ。今回の購入者も然程心配することなく購入しただろう。都会に住む人にとって、自然とか野生の食材は安心といったイメージが強いかもしれない。しかし田舎に住む私が忠告しよう、野生のモノって結構危険だ。

私の畑には、ニラとスイセンがあった(現在はスイセンはすべて除去した)。ニラは栄養価に高い食材だが、スイセンの葉は猛毒だ。それらの葉は非常によく似ていて私ですら見分けがつかない。またアジサイの葉も猛毒で、一見してレタスの葉に似ているが決して食べてはいけない。

私が子供の頃に親に連れられて、「マツタケ狩り」に行ったことがあった。あとで聞いた話だが、当時の「マツタケ狩り」は別の山で収穫されたものを安全な別の山で観光レジャーとして移植していたものだそうだ。それでも現在と違って比較的安い価格でイベントに参加できた。当時は各地で結構盛んなイベントだった。

そのときにガイドさんに聞いた話では、毒キノコかどうかは「匂い」で判るとのことだった。マツタケ自体が香りが強いのでよく判るが、実は毒キノコも香りが強いものが多く子供だった私でも区別することができた。しかしタバコを吸う人、化粧や香水の強い人、風邪をひいた人には難しいかもしれない。

そう「匂い」、この感覚は非常に重要だ。ニラとスイセンの葉だって「匂い」で判断できる。肉だって魚だって「匂い」で判断できる。あの有名なサカナくんも「匂い」で魚の種類が判るそうだ。今回の高島市のキノコ採集者は「匂い」を確認していないか?「匂い」に鈍感だったか?風邪をひいていたかもしれない。まあ、この毒キノコがどの程度の「匂い」があるかは知らないが。とにかく本当に天然な食材を求めるなら「匂い」に敏感にならなければならない。

「匂い」の重要性は何も食材だけではない。人間関係だってそうだ。人間だって天然のモノだ。男女の恋愛も「匂い:フェロモン?」が重要な要素だそうだ。一見して美人美男、あるいは人当たりの良い悪いでパートナーを決めることも多いが、実は毒があり・・・なんてことも多い。

たしかに公共の場で、モノやヒトに対してクンクン犬のように匂いをかぐ行為は下品かもしれない。しかし、自然の食材は当然のこと、自分のパートナーの「匂い」をじっくり嗅げば、本能で何か判るかもしれませんよ。

さあ、皆さん是非お試しを!安全のために!嗅覚を鍛えよう!


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社会の毒性とは
毒性学シリーズとして「植物の毒性」、「人間の毒性」、と続きいよいよ今回は「社会の毒性」について考えてみる。「社会における毒性」は実に様々ある。代表的なものが、犯罪、災害、飢餓、疾病、失業、貧困である。

人類は、社会通念や宗教のように「道徳教育」を通じてモラルや規律を維持し、そうした毒性を抑制してきた歴史がある。また国家としては、これらに毒性に対して「法整備」「治安維持」「インフラ整備」が行われる。例えば、安全保障政策、国土計画、経済対策、食料政策、エネルギー政策など・・・これらの政策は詳細内容はともかく、社会の発展だけでなく、社会の毒性を除去する、あるいは軽減ずるという目的を持っている。

一方で「軽度な毒性」の場合は長期的に毒性に慣れさせるという考え方がある。福沢諭吉はあの「脱亜論」の中で「西洋文明は麻疹のようなもの」であり「それに慣れさせることが重要」と述べている。江戸末期、西洋文明は文化的侵害であり「毒性」であると当時の保守派の多くは考えていた。たしかに文化的、あるいは精神的な毒性はあったかもしれない。不平等条約はその代表的なものだった。

しかし、それ以上の科学技術という果実の方が社会に有益であると判断した。つまり西洋文明というものがすべて「毒性」ではないということ。また欧米列強の武力という「毒性」に対抗するために、日本は富国強兵することで「抗体」を生成しようとしたという解釈ができる。当時、この判断が可能だったことが他のアジア諸国と異なり日本が発展した大きな要因である。

さて現代日本に目を向けて簡単な事例を考えよう。例えば「天下り」にどんな毒性があるのか? 既得権益? 賄賂? これらは社会にどれくらい毒性があるだろうか?はっきり私は明言する。大した毒性ではない。 だって、誰か国民が殺されましたか?誰か国民が餓死しましたか?誰か国民は職を失いましたか?・・・特捜部の仕事が増えた。マスメディアのネタが増えた。では民間公募で「変な人」が特殊法人の所長、または学校の校長になりました。むしろその方が「毒性」が強い。結局のところ「天下り」というものは「毒性」は低く、ただ人々の「嫉妬」の対象であっただけというのが私の解釈である。

しかし長期的にはどうでしょう?50年先?100年先?保守ばかりを叫び、現行システムに胡坐すると毒性を帯びることはある。また時代の流れとともに制度疲労を起こすこともあるだろう。たしかに人間は楽になればなるほど怠け者にもなる。平和ボケにもなる。そして忘れた頃に大きな災害(台風、地震)が発生したり、内乱(戦乱)や外部から攻撃(元寇)をうけて人々が目覚める。それが日本の歴史だった。

このように「社会の毒性」というものを考えると社会が良く見える。時代の流れとともにシステムの矛盾が生じることは理解できる。だからといって、まるで「焼畑農業」のように「改革」との美名のもとで「ガラガラポン」すれば良いものではない。ここは日本である。どこかの腐敗天国とは明らかに違う。そして善悪二元論のように「悪」と決め付けたものを徹底的に破壊するのは非科学的なマインドコントロールと同じ発想である。

社会の様々な毒性にいかに対峙し、いかに利用するか? これが国家としての政策の哲学とすれば、自ずと何をするべきで、何をするべきではないかも見えてくる。「社会の毒性」とどう向かい合うか、それが政治の役割であってほしい。


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人間の毒性とは
毒性学シリーズ「植物の毒性とは」に続いて今回は「人間の毒性」について考えたい。

まずヒトは一部の植物や動物のように化学物質を外部に放出し、敵を攻撃する能力は備えていない。しかし生物学的な抗体というものは存在する。血液中の白血球が代表的な例であるが、細菌やウィルスに対抗する免疫を保持している。また進化論や遺伝学において、攻撃本能や防衛本能は存在すると言われている。ここでは、そうしたヒトの攻撃性や防衛本能についても一種の「毒性」と定義して考えたい。

かつて優性学者で統計学者のロナルド・フィッシャーが述べたように、「多様性が生存機会を増やす」ということは間違いないだろう。しかし毒性を持つということは様々な化学物質の多様性から生まれるとは言い難い。

変異の理由もそこにあるとも言われている。人類生物学的には「ホルモンの分泌」とか「アドレナリンの分泌」があるが、その指令を出しているのは脳の神経細胞(ニューロン)である。この神経細胞がまことに不思議な存在であり、現在も様々な研究されているがすべては解明されていない。

人間を含む動物の場合、交換神経が興奮した状態で、いわゆる「闘争か逃走か 」のホルモンが敵から身を守るシステムがある。しかし逃走能力もなく、直接に闘争することのできない植物にも防衛本能として「毒性」があるが、それが人間の場合の「闘争」がある意味の「毒性」に相当する。

医学的に現代人の各種アレルギーというのは、清潔な環境によって生まれたとも言われている。つまり人間は本能的に害虫やバイ菌を攻撃する能力、あるいは抗体を持っている。そうした能力が誤作動することによるのがアレルギー反応であるといわれている。

またヒトの小児に多いとされる「自家中毒」は、体内の脂肪やタンパク質をエネルギーにしようと分解する際に副産物のアセトン体が起因といわれている。自分の体で作られる物質(毒性)である。これは直接的な攻撃とか防衛とは性質が異なるが、「何かを犠牲にして、何かを得る」ということのバランスが崩れたと考えられる。

植物のケースを考えると、唐辛子はもともと辛い野菜だが、やさしい環境で栽培を何度か繰り返すと甘い「シシトウ」になる。それでもときどき「アタリ」に出くわすこともある。私も何度か卒倒するような辛さに襲われたことがあった。やはり遺伝は完全には消えないようである。これはまるで「凶悪犯罪者」を刑務所でやさしく矯正させたが、数年後に同じような「凶悪犯罪」するのに似ている。

最近の日本国民に当てはめて考えてみよう。例えば国民が戦後に「平和ボケ」して外国から食われやすい存在になったことを考えよう。危険がなければ「トゲ」はなくなり「平和ボケ」になることは感覚的には理解できる。しかし国際情勢の取り巻きの変化の中で、日本人もトゲ(毒性)を持つようになったのは当然の成り行きかもしれない。

このように「人間の毒性」とは社会環境や遺伝によって形成される。しかし人間には寿命というものがあり、世代交代がある。歴史は一種の最終結果としての記録として残るが、「人間の毒性」に関する遺伝や変異をどう考えるべきか?

次回は「社会の毒性」というテーマで考える。


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植物の毒性とは
先週(6月6日)の当ブログでは「自己組織化]と「腐敗の温床」について論じ、毒性の有無に注目すべしと考えた。

先ず、自然界の毒性とはどんなものか確認してみたい。植物が何らかの外敵にさらされると植物自身が抵抗するために天然化学物質を生成するといわれている。それが時には農薬よりも毒性を持つことがあるという。これは「突然変異原性」の検出法「エームズ試験」で有名なエームズ博士らによって報告されている。従って、最近話題の遺伝子組換食品は、逆説的に安全確保できるという考え方があるが、これは全く嘘とはいえない。

この事実は何を意味しているのだろうか?多くの植物性の食品は、人間にとって毒性の低いものである。しかし世の中には毒性の高い植物も多くある。人間にとって毒性とはいえないが、香辛料のように刺激物であり防虫効果があるものも存在する。香辛料は主にインドや東南アジアのように高温、多湿で風が少ない地域で発生している。これは雑菌や害虫がこれらの地域に多いことを意味している。

温帯地域での原産であるネギやタマネギの成分も人間以外の動物(イヌ、ネコ等)には猛毒のようだが人間ならば問題はない。植物は、花の蜜や果物が動物をおびき寄せる手段とは反対に柿や栗の「渋み」や「苦味」も果実が熟する前の警告としての微毒を利用しているといえる。

つまり、植物は種子を残すために蜜や果実を生成するだけでなく、化学兵器で敵を攻撃や警告、あるいは抗体による防衛を繰り返していることになる。これは生物学的な変異や遺伝も関連している。

もう少しマクロ的に植物の毒性を考える。農業において、連作障害(同じ場所で繰り返し栽培したときの障害)がある。この要因は、植物自体が発する毒素の過多(自家中毒)、必要な栄養がバランスを失う、病害虫の温床・・・といわれている。それを避けるために植物自身は種子を遠くへ運ばせる仕組みがある。また農業従事者は、有機肥料の追加、輪作(栽培場所をローテーションさせる)、土の天地返し、土の消毒・・・を行う。

つまり植物も人間社会と同様に、繁栄と衰退を繰り返し、外的要因にも調整されてきた経緯がある。一般的に農業では、「日当たり」「空気」「水」という要素とともに、土の栄養(窒素、リン酸、カリ)といったものが重視される。ここで「植物の毒性」という要素を考えると自然科学の奥深さを感じることができる。


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毒性とは何か
以前、当ブログでは以下のようなコメントを述べたことがある。

「日本でも戦後の高度経済成長の頃に、先に述べたイタイイタイ病や水銀が原因である水俣病が発生した。それらの有害金属の許容限界値が今だにはっきりしていない。放射能にしてもそうである。法的基準値はあるが人間の許容範囲なんてのは複数回の「人体実験」しない限り、明確なことは分からないのである。」

毒性とは、金属、放射能だけでなく、自然界の植物、動物にも多く存在する。あるいは何かと何かが混合して毒性を持つこともある。しかしそれぞれの毒性の人間に対する許容限界量は良く分かっていない。生物界では「毒をもって毒を制す」ということばがあるように攻撃、あるいは防衛手段としての利用される。

毒性学でもよく論じられるが、もともと酸素(O2)は地球上での毒であった。しかしこの酸素を活用する生物が出現して、それが動物となった。我々人間でも酸素は欠かせない物質である。

このブログは「理系おじさんの社会学」なので、こうした毒性学と社会というものをじっくり考えてみたい。かなり奥深い議論になるので何回かに分けて公開します。


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プロフィール

小室沢直樹

Author:小室沢直樹
「常に勉強」それがモットーの理系おじさんのブログです。理系おじさんの目から見た現代社会を鋭く論じたい。またこのブログに関する意見があれば賛否両論問わず受け付けます。基本的には現代社会を勉強して共有するのが目的です。

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