理系おじさんの社会学
06 | 2017/07 | 08
S M T W T F S
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

学生の職業訓練の推進
各地で人手不足が深刻化する中、私が従来から主張していた学生の職業訓練が少しずつではあるが推進されるようになった。中学生の職業体験、高校生の職業訓練・・・様々な形で未成年者の職業体験や訓練が展開されるようになった。これは特に地方の中小企業の行政への強い要請があったことが背景にあるようだ。つまり期間限定の外国人研修生より、いずれは正式に入社してくれるかもしれない日本の学生に期待するのは当然のことである。

そして中学生、高校生の意識にも変化が生まれている。従来の学歴最優先ではなく、仕事に対する興味が高まっている。多くの中高生は高学歴の親を見ても然程「羨ましい」とは思わなくなっている。最近の東大在学中の女性も就職よりも「カワイイお嫁さんになりたい」と主張する人が増えているのである。それは多くのキャリアウーマンである先輩たちの結果を見ているせいかもしれない。ちなみに中学生になる私の娘は大の勉強嫌いで「働きたい」と常に訴えている。それは中学での職業体験の影響もあったようだ。但し、父親である私は娘に「高校には入学するように!」と伝えている。

とにかく中高生を含む学生たちにもっと職業訓練をさせるべきというのが私の主張である。おそらく一部の教育関係者は子供たちへの「強制労働?はよくない!」とか、子供たちには「勉強が一番で最優先」と考える方々も多いであろう。あのNHKも海外の貧しい地域を取材して「学校に行けずに働かされる子供たち!」と訴える。そもそも、一部の教育者は「労働」は良くないものと考えているフシがある。また日本の教育関係者の多くは教育現場以外の職業を知らないという致命的な欠陥もある。そこで、それに反論するには「これは労働ではなく勉強だ!」と言えば良いのである(実際にそうである)。

現在、そして将来の人手不足を解消するためには中高生を含む学生の職業訓練が最も効果的である。よく人手不足の問題解消として「生産性の向上」を訴える方々も多い。もちろん各種インフラ整備やロボット化などの設備投資も重要ではあるが、何よりも人材育成が重要である。もちろん教育訓練には時間が掛かる。それでも最後はヒトの力がものを言う! 従って「使い捨て」のような外国人労働者(研修生も含む)を制限し、このような対策をもっと推進すべきであろう。 ・・・何もそんなに難しい話ではない。かつての丁稚奉公の手法を参考にせよということである。もちろん一般的な勉強をすべて否定するわけではない。職業訓練をした上で改めて勉強する・・・これが知識や技術を向上させる重要なコツの一つである。


スポンサーサイト

テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術

介護報酬引き下げ
財務省と各省庁の外債要求の折衝が行われているが、特に注目された厚生労働省との交渉では「介護報酬の引き下げ」、および「介護職員の賃上げ」という方向で調整されている。介護報酬の引き下げは、介護施設に多大な内部留保があることをその理由としている。また介護職員の賃上げは、職員の待遇改善と人手不足解消が目的という。

今年の6月2日に当ブログでは、この問題の根底にあるものについて色々と考えた。
カテゴリ「人手不足」から
医療・介護の人手不足

日本のいわゆる「団塊の世代」が65歳を超え、再雇用の年齢も通り超えて完全に現役引退する人たちが増えた。そして今後の年齢別人口どうなるか?

こちら参照。
総務省の人口統計

つまり、「団塊の世代」のあと5年程度で一気に年齢別人口は低下する。つまり、将来これ以上の投資(人や設備)ができないことを意味している。職員だってそうだ。賃金が高かろうが低かろうが、将来の見通しが立たなければ安定した職にはならない。その対策としては以前のブログで述べたように国家が介入するしかない。それがどうも外国人労働者の受入の方向に向かっているようでならない。はっきりいってその方向性は間違っている。

これから10-20年にかけて大規模な世代交代することは、年齢別人口分布からも経済の需給バランスとしても良い方向ではある。しかし途中の過程として様々な歪が生じることもある。特に最近話題になっているのが放置される「空家」問題。
これは、かつては地方の問題であったが最近では都市部の問題になっている。

古い建屋は使用されず、また税制上の問題より取り壊しもできなくなっている。にもかかわらず新築物件は増えている。これは社会や生活スタイルの変化によるもので仕方のないことだと私は考えている。ならば、短期間でもこうした物件を介護施設として活用して、その後に高齢者人口が減ればその建屋を解体、あるいは新築するようにすべきだ。

しかし、こんなこと民間では絶対にできない。塩崎厚生労働大臣は典型的な新自由主義的な思想の持ち主であり、こうした医療・介護の問題をまともに考えることができるのだろうか? こういう問題は自由主義でなく社会主義的な対応でないと成立しない。

本来なら社民党や民主党は、そういう主張をすれば支持率も上がるだろう。しかし、そうならない。なぜなら社民党も民主党もグローバリズムに毒されているからだ。特に左翼勢力は、アジアの国々に好かれて、イジメられ、更に搾取されるのが大好きという「超マゾ」な連中だからだ。

どの政党に期待していいのか判らなくなる。共産党が躍進するのもそうした背景があるのかもしれない。しかし、こういう問題は党派を超えて、数字で考えるべきだ。そうしないと本当に大変なことになる。


テーマ:最近のニュース - ジャンル:ニュース

医療・介護の人手不足
今回は医療・介護の人手不足について考える。この問題は現代日本の最大の社会問題である。あらゆる角度から真剣に論じなければならない。基本的に、医療・介護の問題は社会の構造的な問題があると思っている。

今後、たしかに医療・介護の需要は高まる。しかし年齢別人口バランスより、その後に必ず需要が低迷する。特に民間の場合、長期的な投資はできない。つまり、設備や人材を確保しても、10数年後には多くが不要になる。だから何らかの調整弁(臨時社員)で対応せざる得ない。従って外国人を活用・・・という話になる。

これは地方の介護施設でも同様のことがある。例えば、ある地域の特別児童養護学校では、ここ数年で障害のある児童の人数は確実に増えている。にも関わらず教室は増やすことができない。そして職員も増やすことができない。なぜなら10数年後には人数減少に転じると予測されているからである。将来、設備が放置されるのも問題であるが、何より人材(地方公務員)が不要になってしまうことの方が大きな問題でなる。こういう施設は都道府県(自治体)が運営していることが多く、予算や人員の問題が必ず発生する。

いずれにせよ現状のままでは、医療・介護の分野で人材の「調整弁」が絶対に必要ということになる。そこで日本人を正社員にすると解雇できないから、外国人なら解雇できるとだろうというわけだ。外国人を受け入れるにしても、いつか解雇することが最初から決まっている。

要するに「いずれは人口減少するから」というマインドが医療・介護業界を直撃し、ピークにも関わらず何も対応できない(何も対応しない)。つまりはピークに達する要介護者を「見殺しにする」というのが事の真相なのである。

何でもそうだが、中長期の計画と予算が重要である。例えば政府の公共投資の場合は、人口減少になろうが継続して予算を積み上げることは可能である。防衛費だって、人口減少とは関係ない。地方でも、公立の小中学校のように教員数はそのままで40人学級を20人学級にすることは可能である。児童や生徒がゼロになり廃校にならない限り教育予算は計上できる。

しかし医療・介護はそうはいかない。相手は生身の人間であり個人単位である。需要が大幅に変動した場合、対応は不可能になる。日本の場合、仮に大量に人員を採用することが可能であっても、あとで大量解雇することは極めて困難である。現行法では、外国人を調整弁として活用するしか選択がないように見えてしまう。


誰だって生きていれば老いる、病気にもなる、障害を抱えることもある。医療・介護はすべての国民の共通の課題である。そもそも、これは国家として対応すべき事業である。民間や地方に委ねれば予算や人員は確保できない。地方では予算削減するのが当然になっているし、民間だってそんな分野に長期的な投資なんてできない。

政府に規制緩和させて、派遣業界等(ブローカー)が新規参入して一時的に儲けたいという連中が存在するだけである。当然ながら需要が低迷すれば、そうした労働者を解雇されるだけである。既にシナリオは決まっている。

従って、今のままでは「要介護者は見殺し」あるいは「労働者が使い捨て」にされるか、のどちらかであることは間違いない。医療・介護の民営化を推進する国会議員だって、自身が要介護者になってようやく気付くであろう。まことに愚かである。「見殺しにされる」これは脅しでも何でもない。すでにそれは進行している。いくつかの介護施設では優先順位が設けられ、中軽度に見える要介護者、さらには手遅れの思われる高齢者が「後回し」か「放置」されている。姥捨て山に放置された老人のように「あきらめ」の境地になっている老人すら存在する。今後、この状況はさらに深刻さを増す。

老人介護の場合、とにかく人手が必要だ。実際には様々なタイプの要介護老人がいる。ただ見ているだけでも必要な場合もある。急変しないか? 徘徊しないか?暴れないか? 時には、押さえつけたり、運んだり、なだめたり・・・また、食事、入浴、着替え、排泄、床ずれの処置、病気の応急措置・・・様々なサポートも必要である。介護施設では必ずしも高度な知識や技術が必要としているわけではない。どちらかというと、日本語と日本の生活文化を知っていることの方が重要だ。そして、何より一番必要なのは気力と体力だ。

私の知人(若い介護士)の話によると、要介護者に暴力を振るったこともあったとのこと。ときどきテレビ等で虐待ニュースとして話題になるが、実は大なり小なり日常茶飯事の出来事のようだ。また労働時間も一般の仕事のように1日8時間で週5日の40時間も働いたら過労で体力的にも精神的にも持たない。交代制で十分な休暇を与えないと介護する側の人権問題になる。そんな過酷な労働でも、要介護者が他界すると多くの介護士は涙を流すという。そして直接介護に携わらなかった近親者は淡々としている。私は、そこに何か人間の真実があるように思えてならない。

私は常に高校の義務教育化と教育訓練の実施を主張している。これを一刻も早く対応すべきだ。基本的にすべての国民は「人間らしく生きる権利」がある。一方、国民の義務である「教育を受ける」「勤労する」「納税する」について改めて考える必要がある。私は国民が「医療・介護」の教育訓練を受けることは「義務」であると考えている。「勤労」に関しては、職業選択の自由があるが「予備役」としての義務を持つべきだ。個人としても決して損する話ではない。家族に介護は必要になったとき、また事故や災害での医療対応等、役に立つことは数多くある。

極端な言い方すれば、そうした義務を果たした国民こそが政府の「医療・介護」を受ける基本権利があるといえる。逆に義務を果たさない者は民間の医療・介護を利用する・・・それくらいのことを基本理念としても良いのではないか?

教育を受ける側がいれば、とうぜん教育する側も必要である。従って第一段階として現場のスタッフを増やすこと。それがスタートラインである。私が考えるシナリオは以下の順序になる。

① 国家公務員(厚生労働省)の職員を多く採用する。
② 医療・介護現場の厚労省の新人スタッフを配置する。
③ 医療・介護の現場のスタッフの一部が、高校生の教育訓練する側に回る。
④ 教育を受けた高校生から国家公務員(厚労省)を一定枠採用する。
⑤ 医療・介護の需要が減少するとともの厚労省スタッフは地域の厚生課に配属、転勤
⑥ 医療・介護の需要が減少するにあわせて厚労省の新規採用枠を下げる。
⑦ 上記のプロセスを経た者は最後に厚労省に「天下り」する。 *あえて「天下り」と表現しました。

要するに「調整弁」は外国人の使い捨てではなく、国家が対応すべきということである。そして教育訓練を充実させること。さらに 医療・介護に関わる人材は、安定した給与、安定した生活が確保されなければならない。そうしなければ要介護者だって安定した介護は受けられない。これは民間主導や地方主導では絶対に成り立たない。

民業圧迫なんてくだらないレベルの問題ではない。日本社会の問題である。「要介護者を見殺しにしない」「労働者を使い捨てしない」、そのためには国家が権力を持つべきである。時には既得権益を持って民業圧迫しても構わない。天下りだってしても構わない。国民を苦しめない、国民のためなら、それが優先されて当然である。 

そして、何よりも多くの若者が医療・介護の実習して学ぶことは社会的に意義は非常に大きい。まず「健康ほどの最高の財産はない」ということに若者が気付くであろう。「生きる」とは何か?「仕事」とは何か? 人の死で涙を流すことに、どういう意味があるのか? 若い世代に是非考えて欲しい。日本人なら必ずできる。この最大の社会問題に対処できる能力は潜在的に日本人には存在すると私は期待している。


テーマ:労働問題 - ジャンル:政治・経済

人手不足
昨日の毎日新聞のニュースで「景気回復で奪い合い 時給1375円も求人難」というのがあった。各業種でパート、バイトなどでも人材が不足しているとのこと。たしかに時給を上げて、それに応じる人材もいるかもしれないがパートやバイトの場合は別の問題も多い。

1.適正 :適正な能力、そして向き不向きというものはある。

2.時間帯 :主婦や学生のパートやバイトの場合は、働ける時間帯が重要であり、可能な時間は皆同じである。

3.勤務地 :特に主婦のパートの場合は、遠方だと困難であることが多い。

まず、適正について「簡単な仕事です」と求人広告に書かれている仕事程キツイものはない。そういうアンマッチが以前として多いこと。そしてノウハウを持つ即戦力が少ないことである。毎日新聞の記事では「非正規では定着率が低くなり、ノウハウが蓄積されないという反省があった」とあるが、今頃になって何言っているのだろう。大体、パートやバイトの仕事だってマニュアルだけ見て直ぐに出来る仕事なんて存在しない。次に時間帯と勤務地だが、これは特に主婦にとっては重要だ。シフト制の場合、主婦が勤務できない時間帯は大体決まっている。まあそもそも主婦にすべてを期待する側が間違っている。

ここで重要な留意点がある。経営者、および労働者には大きく2種類のタイプに分かられる。一つは悪い例で、経営者が一発詐欺商法で、次々に仕事を変える不届き業者。そして何の実績を持たないまま次々に転職を繰り返す労働者。まあこういう経営者や労働者は論外である。

一方、真面目な経営者、そして真面目な労働者という人たちが存在する。それは当然ながら、すばらしいことなのだが、正直者が必要以上に苦労するケースがある。「何かを始めるのは簡単だが、終わらせるのは難しい」という現実があるからだ。経営者は様々な権限もあるが同時に大きな責任がある。取引先、顧客、従業員・・・。それを考えると簡単に終わらすことはできない。場合によっては数年かけて計画的に終わらさなければならない。

ベテラン従業員も、なかなか辞めるに辞められない状況に陥ることがある。40歳くらいまでで景気が良ければ、他にも就職先があるであろう。しかし45歳過ぎると難しい。結局、選択の余地がなく現行のハードな仕事を続けなければならなくなる。若者を求人しても、そういう経営者や先輩を見て将来が不安になり辞めていくケースも多いという。従って、世代交代も技術の継承もできない。そういう悪循環になっている。

どうすれば解決するか? 先に述べたように賃金アップだけでは不十分である。当然ながら外国人の単純労働者受入すべきではない。また、最近よく主張されるのが技能資格の緩和がある。受験資格の年齢引下くらいは良いかもしれないが、
研修期間の短縮や技能レベルの低下につながるような規制緩和は社会に対するリスクは高い。

以前、当ブログ「移民政策」で述べた内容がやはり効果的である。従来からの私の主張である高校を義務教育化して、特に「土木建築分野」「医療介護分野」の職業訓練を必須として実習させる。一般サービス業に関しては、国家の介入すべきではない。ただし過労や労働基準違反は取り締まるべきである。しかし公共事業を推進する、または医療介護については国家が全面的にバックアップして人材育成をすべきである。国家の社会基盤である各種インフラ整備や医療介護の整備について、国家が全面に立つことは民業圧迫とは関係のない次元の問題である。

人材育成にはどうしても時間がかかる。景気回復しても、そのスピードは簡単に追いつくことない。そして、それが完全なボトルネックになる。景気の動向に左右されず人材育成するには義務教育での職業訓練は欠かせない。


テーマ:労働問題 - ジャンル:政治・経済



プロフィール

小室沢直樹

Author:小室沢直樹
「常に勉強」それがモットーの理系おじさんのブログです。理系おじさんの目から見た現代社会を鋭く論じたい。またこのブログに関する意見があれば賛否両論問わず受け付けます。基本的には現代社会を勉強して共有するのが目的です。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

小室沢カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。