理系おじさんの社会学
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兵糧攻めと経済制裁Ⅱ
引き続き、「兵糧攻めと経済制裁」について語りたい。前回は「兵糧攻め」というものが、いかに残酷かということを述べた。現在、国際社会で使用される「経済制裁」もこの残酷な「兵糧攻め」と本質的には何ら変わりないのである。そして、先の大戦において日本も兵糧攻めにあい悲惨な戦争へと突き進んだ。もちろん、それを今更どうこういっても仕方がない。では、こういったことを繰り返さないためにはどうすれば良いかを考えたい。ここで問題点を整理する。

1.エネルギー安全保障の認識が低かった。
2.石油メジャーとの交渉力が低かった。
3.国際連盟等でのロビー活動が弱かった。
4.大陸(満州)に拘りすぎた。
5.武士道精神に拘った。

これが私が考える日本の敗戦の主な理由だ。そして、この状況は現在にも通じる点が多々ある。今後、将来にかけて「兵糧攻め」という言葉はなくても「経済制裁」というのは、十分有りうる事態である。もちろん、そうならないような外交努力は重要だが、何を言ってもきかない、あるいは常識の通じない国というのは現在でも多く存在するのだ。そう、どんな言いがかりも作ろうと思えばいくらでも作れる。現在のアメリカ、中国だってそういう意味では何も変わっていない。アメリカは「大量破壊兵器がある」とでっちあげてサダムフセインのイラクを経済制裁した挙句に軍事攻撃したではないか。尖閣諸島を勝手に領土問題化しようと中国は行動するではないか。それは国際社会を少しでも勉強すればわかることだ。従って、いつの世もこの「兵糧攻め」および「軍事攻撃」に対する備えをすべきなのである。

当然ながら防衛について、前回に述べた豊臣秀吉に学ぶべきだ。つまり、兵糧攻めに耐えうる国家(城郭)を形成することだ。軍事的安全保障はもちろんだが、エネルギー安全保障、食料安全保障を確保する。そして、さらに関係各国との協定や同盟を結ぶことだ。もちろん政略結婚や人質まですることはない。その替わりに、ODAや技術支援といったものを提供するのも良いだろう。そして、幸いにも四方海に囲まれた天然の堀は存在する。徳川家康のように、これを講和の条件として埋めることは不可能だ。これは天が日本に与えてくれた最大の恵みだ。それではそれぞれの分野で具体的にどうすればよいか考えてみよう。

1.軍事面

日本は、いつでも核武装できるかのように見せかける。ただし核不拡散条約に署名しているので明言はできない。実際に核開発していると明言すると、イラン、北朝鮮のように国際社会から非難される。そしてアメリカの餌食になる。一般的に日本は、「その気になれば3日で核武装できる」という。つまり、核燃料、ロケット技術、すべて技術的にも材料的にも保有しているからだ。それを「3日ではなく、その気になれば1時間でできる」という噂を世界中に拡散するのだ。それは効果的だ。あるいは以前、当ブログ「超法規的措置」でも述べたが、日本がアメリカを核攻撃しても何ら問題がないことを「ネットを通じて拡散する」だって、「超法規的措置」あるいは「どこかでアメリカのせいで一般市民が大勢死んでいる」と多少の事実を含んだ捏造情報をばらまけばいいだけ。何か海外から日本政府に問い合わせがあっても、それは単なる噂話だと言えば良い。軍備として、陸軍は地対空ミサイルの配備、海上自衛隊の大幅増員と空母、戦闘機を増産する。これで、日本の海と空を守る。アメリカ製の兵器ではなく、純国産の兵器もそろえる。これは国際法上も正当なものだ。アメリカもロシアも中国も、そしてあの韓国でも国産兵器を開発している。日本では、この全く正当なことが独立国家として行使できないことが異常なのだ。

2.エネルギーと食料自給率の向上

先ずエネルギーとして、原発を安全基準を満たしたものから稼動させる。私は基本的には反原発思想がある。しかしエネルギー安全保障として動かせる状況は維持すべきだ。つまり、兵糧攻めに遭うくらいなら原発稼働した方がマシだと思っている。もちろん原発に頼らなくても済む方法があればそれに越したことはない。当然、自前のエネルギー開発を推進する(メタンハイドレード、バイオオイル等)。そして、食料自給率として耕作放棄地をなくす。家畜用の輸入飼料に制限を加え、自給率を高める(飼料米の活用等)水産物の養殖技術を向上させる。食料備蓄率を上げる。

3.ロビー活動、諜報活動

ここでも秀吉、家康から学べる。特に秀吉は諸大名を巧妙に味方に付けた。一方、家康も巧妙に分断工作や裏切り誘導の工作活動を行った。現代の国際社会においても、先ず近隣諸国(アメリカ含む)は常に紛争になるリスクがある前提で様々な準備をすること。中国がどうとかアメリカがどうとかいう以前に近隣国への対応はそういうものだ。従って、非公式に中国、アメリカ、ロシアを仮想敵国として、欧州、インド、東南アジア、南米、アフリカ、西アジアと軍事同盟(密約)を結ぶ。そしてこういう国々に積極的なODAや技術支援、そして経済連携をすることだ。決して中国のような敵国に塩(ODA)を提供するような愚かな行為はしない。むしろ、中国には分断工作が効果的だ。台湾への支援、ウイグル、チベットへの支援、そして中国に完全に支配されそうな、香港やマカオも支援する。当然、これは中国共産党が最も恐れるシナリオであり、これを防ぐために中国が躍起になっているのは良く分かる。あとは裏切り工作も重要だ。日露戦争の際には、明石元二郎のロシア共産革命を支援したのは有名なエピソードだ。こうした徳川家康や明石元二郎のような工作活動は卑怯に見えるかもしれないが、国家の存亡をかけるとはそういうことだ。もちろん現政府が表立った行動できない。従って、民間レベルでの活動を活発化することも有効だろう。あとは、日本はスパイ天国なのでこの対策を十分行わなければならない。最近、ようやく特定秘密保護法が制定されたが、それだけではまだまだ甘い。厳しいスパイ防止法を制定すべきだ。

4.大陸と関わらない

これも豊臣秀吉から学べる。秀吉は唐入り(朝鮮出兵と明国征伐)にて国内の結束力が著しく低下した。軍事的には日本(秀吉側)が優位であったと言われるが、諸大名は「大義がない」ということで積極性のない大名も多かったからだ。近代の朝鮮併合や満州国建国も、ロシアの脅威対策以外は大義はない。むしろ多大な予算を投入して後戻りできなくなったのが実態だ。このように、日本が満州や朝鮮半島に拘りすぎたのは大きな失敗だった。当ブログ「私の新脱亜論」でも論じているので是非そちらも参照してください。最近の中国情勢を考えても、政治的汚職として一党独裁、官僚の腐敗、民族紛争対応、そして自然環境汚染としても水質汚染、大気汚染、そして土壌汚染で酷い状況だ。つまり、あらゆる意味で汚れているのである。おそらくこれを元に戻すのは少なくとも半世紀はかかる。あるいは中国の体質そのものが変わらなければ永遠に続く。そんなツケを日本が払う必要は全くない。日本は大陸を見放して、むしろ太平洋を中心とした海洋資源とともに文化を形成する方が日本には向いている。加えて言えば、集団的自衛権に関しては私の本音は否定的だ。何故なら「アメリカの戦争に関わりたくない」ということだ。ただ、現時点で日本の軍備(法的、環境的)も不十分なことが無念であり、集団的自衛権は認めざる得ないというのが私の認識だ。

5.武士道の拘らない

これは現代では全く問題ない。むしろ武士道精神が低いくらいだ。ただし振り子が大きく振れないように既存の大手マスメディアの影響が低下することが望ましい。実際、朝日新聞に代表されるように戦前戦中の新聞は「戦争イケイケドンドン」で世論を煽り、戦後は「反戦だあ、護憲だあ」で自虐史観を押し付けた。まるで絵に描いたような大きな振り子だ。これが大手マスメディアの実態を物語っている。

以上、このような対応すれば、かつてのような日本の悲劇は起こらない。そうでなければ歴史は繰り返す。そう、一般的な戦闘攻撃を受けることを防止するのはもちろんだが、兵糧攻め(経済制裁)のような残酷な状況になることを防止する。それが国家と国民、そして社会の義務であり責任だ。

そうした大前提で考えれば、何をすべきで何をするべきではないかが当然見えてくる。






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兵糧攻めと経済制裁Ⅰ
兵糧攻めといえば、戦国時代の羽柴秀吉が有名である。備中高松攻めや鳥取攻めが有名である。一般的には、兵糧攻めは「平和的な攻め方」と思っている方々も多い。しかし実際の兵糧攻めというものは残酷だ。老若男女問わず物資が無くなり「もがき苦しみ」「飢え死」あるいは「病死」する。そう、非戦闘員も無残な死に方をするのである。様々な歴史文献にも記録は残っているが、私ですらその内容をここで表現するのに戸惑うような悲惨な状況である。また、武士にとっても、戦わずして負けるようなことは武士の誇りを相当傷つけるものである。想像してみてください。ジワリジワリと死の恐怖を味わうのだ。本当に残酷きわまりない

そして、秀吉は兵糧攻めに対しての守りの場合も想定している。大阪城築城の際には、巨大な敷地に2重の堀を張り巡らせ、兵糧攻めされたときにも十分耐えるような構造になっているのだ。城内で食料も生産できた。地金も塩も十分確保していた。そして諸大名にも謀反を起こさないよう様々な根回しを行っている。例えば、政略結婚や養子縁組(人質)、更に後継ぎ秀頼に忠誠を誓わせている。今考えても秀吉のそうしたやり方は、巧妙であり、さすがは天下統一しただけある。

さすがの徳川家康も秀吉との全面衝突を避け、関東への国替にも応じ、地盤を固めて、秀吉が先に死ぬのを待つのである。そして秀吉死後、家康は先ず豊臣方の分断工作をする。五大老と五奉行の対立、福島正則と石田三成の対立、更に高台院(北の政所)と淀君との対立。そして関ヶ原合戦での小早川秀秋の裏切りへの謀略。そして東軍の勝利、見事なものだ。だが、それでも豊臣家が滅びたわけではない。江戸幕府がはじまり、家康は関西エリアの神社仏閣を大規模な修繕を指示し、豊臣家の金(財産)減らし作戦に出た。当時は、紙幣より地金や米が経済の主流であった。家康にとって、豊臣方を経済的に疲弊させることが第一段階であった。そして直接攻撃として大阪冬に陣を起こした。それでも徳川方は大阪城を攻めきれなかった。講和の条件に外堀、そして内堀までも埋めて、ようやく夏の陣で豊臣家を滅亡させている。ここまで強固な豊臣家を作り上げた秀吉も凄いがそれを長時間かけて崩壊させた家康も凄い。ただ、ここでは歴史ロマンに浸るだけでなく、現代の日本人も学ぶべき点は多くある。

さて、現代の国際社会においても、経済制裁という一種の兵糧攻めがある。最近では、ロシアが西欧向けガスのパイプラインを止めたり、大幅な値上げをしたりする。アメリカも対抗策として、ロシア政府の関連金融口座の凍結を行ったりする。ある程度、大国と呼ばれる国(特にGDP規模が100兆円超)で内需の比率が高い国はある程度持ちこたえる。しかしGDP1兆円未満で外需依存の国は、経済制裁されたら即終わりである。例えば、金融、貿易の優等生といわれるシンガポール、香港、そして台湾あたりは外国から兵糧攻めを受ければ1年は持たない。こうした国々が経済制裁を受ければ、北朝鮮のような国になるか、大国の属国となるかである。残念ながら、香港、台湾はこのままでは中国に飲み込まれる。ここで重要なポイントは経済制裁とは、一般の戦闘員ではなく、一般庶民の生活が脅かされるという現実だ。そして金持ちや政治家はそれほど痛くもないわけだ。結局、やれ自由貿易だ、TPPだといって外需依存することが、結果的にどういうことになるのか理解が必要だ。

先の大戦においても、アメリカは英国、中華民国、オランダと協力して石油禁輸政策という日本に対して兵糧攻めを行った。いわゆるABCD包囲網だ。当時、日本は中東ではなくアメリカからの石油輸入が多く、石油産出する東南アジア(ブルネイ、マレーシア等)もイギリスに押さえられていた。イギリスは本来は日本と敵対する気はなかったが、ナチスドイツとの関係から何とかアメリカを大戦に巻き込みたいという意図があった。英国連邦諸国の意向を無視して、アメリカと日本を戦争に向かわせたのはイギリス本国でもあった。アメリカの経済制裁の理由も凄い。「満州の利権をよこせ」それだけである。アメリカの自衛でも何でもない。国際連盟でもロビー活動に活発化し、国際連盟から日本を脱退させた。これは松岡外相をはじめ日本の外務省の力不足でもある。今から考えれば、日本にとって満州なんてそれほど重要だったのだろうか?満州も朝鮮もロシアの南下政策を阻止するだけの意味しかない。満州にアメリカ利権とアメリカ軍を一部置けば、それだけでもロシア南下政策の防波堤となったはずだ。実際に日本の関東軍だけでは不十分であったのも事実だ。これは日本の外交戦略の最大の失敗だったと私は考える。そして満州の関東軍の面子の高さも日本政府が制御できなかったことにある。当時、桂首相はアメリカの満州への参入(特に鉄道王といわれたハリマン)には前向きであり、桂・ハリマン覚書も存在した。しかし、それを潰したのは、あの小村寿太郎だった。小村寿太郎の他の功績についてはここでは触れないが、これは最大の失敗外交だ。また、アメリカ、イギリスの石油メジャーも自社利益のためには日本への輸出を続けたかった。本来、日本はそうした勢力も取り込むべきだったのだ。もっともシンガポールや香港の英国軍は日本とまともに戦って勝ち目はなかった。まさにアメリカ頼みの戦争であった。それを本当に良しと考えるアジアの英国軍はいなかった。日英同盟の栄光を覚えている英国将校もまだ多かったのである。

当時の日本政府(特に外務省)の外交戦略は本当にレベルが低い。もっと戦国時代の秀吉や家康に学ぶべきだった。結局、いずれの国からも石油禁輸は実施された。日本の石油備蓄はわずか2年、2年も経てば日本の戦闘機も戦艦も燃料なしの無用の長物になる。日本の武士道精神からも、こうした負け方は許容しがたい内容である。戦争をしてもしなくても負けるのだから・・・。そして兵糧攻めで国民が飢え死ぬ。当時、日本の多くの知識人はそれを危惧した。またマスメディアは現在と違って、庶民の生活苦の不満を外へ向けさせ、さらに戦争を庶民に煽りたてていた。すべての歯車が狂い始めた。そして日本は最悪の結末を迎えることは皆さんご存知の通り。結局は、外交交渉で負け、兵糧攻めにあい、それに耐えきれないと判断し戦争へと向かっていった。それが先に大戦の実態だった。

では今後日本はどうあるべきなのか? 次回も引き続き「兵糧攻めと経済制裁」について論じます。


プロフィール

小室沢直樹

Author:小室沢直樹
「常に勉強」それがモットーの理系おじさんのブログです。理系おじさんの目から見た現代社会を鋭く論じたい。またこのブログに関する意見があれば賛否両論問わず受け付けます。基本的には現代社会を勉強して共有するのが目的です。

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