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理系おじさんの社会学
11 | 2018/12 | 01
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日韓断交はありうる
いわゆる従軍慰安婦問題が終わったかと思いきや、今度はいわゆる徴用工問題の韓国最高裁の判決で日韓関係が悪化している。まあ、こういう日韓問題として今に始まったことではないが、一体いつまで続くのであろうか?多くの日本人は呆れている。 実際に韓国では慰安婦問題ですら「終わっていない」と主張している。確かに個人の請求権というものは、通る、通らないは別にして誰でも存在するかもしれない。しかし日韓の間では、あの有名な「完全かつ最終的に解決している」を基本にしなければ国家間の信頼はなくなる。それは、国、法人、国民単位でもそうである・・・実際にそう書いてある。もし韓国で請求権を訴える人が現れれば、それは韓国政府が対応すべきであり、その判断も韓国の裁判所が判断すべきであろう。・・・もっとも韓国では、三権分立がどこまで確立しているかよく判らないので、相手が韓国政府なら棄却する可能性は十分ある。

まあネット世論はもちろんのこと、国際司法裁判所への提訴どころか、「日韓断交」という声も広がるのは当然である。もちろん、政治的、かつ経済的にすぐにはできないにせよ、いずれそういう時が来ると私は考えている。 やれ「北朝鮮問題」だとか「中国問題」などがあるから「韓国は重要」・・・との意見は十分理解できる。長い歴史をみても朝鮮半島は緩衝地帯としての地政学的な意味は変わらない それでも日本と韓国は解りあえない運命というものがあると考えている。 色々と日韓友好だとかいってイベントはあるかもしれないが、個人レベルは別として国家、そして法人としては「時間のムダ」だと私は思っている。

日本が安心して「日韓断交」するためには、この「緩衝地帯」という意味を薄くすることが重要である。先ず日本は飛び道具(ミサイル、核)を保持すべきであろう。そして日本海や対馬海峡近辺に海上自衛隊を含め他警備の強化が必要。 歴史的にも朝鮮半島の民族は「強い者には逆らわない」、「恐いものには手を出さない」という民族性がある。 日本の左派系の人々は反対するだろが、防衛力を強化することは近隣国と断交する際には必須である。 また法的な解釈についてだが、法治国家同士なら互いに法を遵守することで信頼感が得られるが、片方が法治国家でもう片方が法治国家で無い場合、結局のところ損をするのは法治国家側である。

つまり韓国に対して断交を実現し、その後は状況によっては法を無視した韓国への対応をとるべきである。・・・それが国際的にフェアーというものである。 あとは朝鮮半島から難民が流入しないように徹底的な警備が必要。 トランプ大統領が掲げるメキシコとの国境管理よりも容易である。 そう官民あげて日本国の沿岸に「防人」を設置すべき、そう二度と日本人拉致問題も含めて日本への侵略を許さない態度をつくるべきなのである。そうすれば衰退した日本の海岸線も賑やかになり、景気も向上する・・・いいこと尽くしである。

これは架空の話ではない、10年以内に「日韓断交」が現実になる可能性は十分あると私は考える。


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生産性がない?
杉田水脈議員のいわゆる「生産性がない」記事が何かと話題になる。この「生産性がない」とはどういうことなのだろうか? 「子供ができない」という意味では、天才といわれたモーツアルトやアインシュタインには直系の子孫は存在しない。また日本でも戦国時代の天才であった豊臣秀吉も直系の子孫は存在しない。 一般的によく言われている「天才」とか「優秀」とかという人々(特に男性)には意外にも子供がいないケースが多い。それはそもそも結婚できないということではなく、結婚し多くの女性と関係がありながらも「一代限り」というケースである。

何か特別な能力がある人は、生殖能力は乏しい。一方で特別な能力はないが、それなりに世渡り上手な人の方が子沢山の場合がある。 かつて統計学者のロナルドフッシャーは裕福な家庭ほど子供が少ない? との説を唱えていたようだが、現在でも貧困な国ほど出生率が高く、先進国では出生率が低いのは疑いのない事実である。 つまり生物学的にも何らかの「危機」がある際に子孫を残そうとする本能があるということ。つまり「生産性」というのは一人の人間単体の能力に関するバランスの問題である。 結婚や出産を選ばす仕事を選ぶ女性も同じである。 人間単体の能力としてどこに重点を置いているか?である。

日本社会ということをベースに置いた場合、「生産性」というのは出生率だけでなく、どれだけ社会に貢献するか?もっといえば、どれだけ社会に財産を残せるか? ということであるように思える。 そもそも杉田議員は本人も述べているように「差別的」は意図はなかったと考えるが、そうしたマイノリティーへの支援や補助金に対して疑問を呈していただけである。 私が考えるに出生に対する「生産性」がなくても、社会に貢献度が高ければ十分に支援や補助に値すると考えている。 一方で社会貢献など考えず、利己的で社会の冨を食い荒らすようなマイノリティーであれば社会的支援に値しない。・・・それって至極当然のことではないだろうか?

一方で麻生大臣の発言もあったが。「不摂生して不健康になった人への補助」についても、「不可抗力によって不健康になった人への支援」と同等に扱うのはいかがなものか? ・・・この議論は当然あってもよいと思う。 それを「差別」というなら社会の公平性に対する矛盾になる。 私は杉田議員、麻生大臣の発言も全面否定するつもりはない。「生産性」、そして「国の援助」という関係のもう少し「社会の公平性」という観点で考えるべきであり、左翼系の人たちも「平等」と「公平」の違いを改めて考えるべきであろう。そうでなければアメリカの人種割り当て政策、マレーシアのブミブトラ優遇政策(人種による入学や就職の固定割り当て)となる。これって日本での医学部入学に関する「男女差別」よりタチの悪い問題である。

 

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消費税と献血
今日は久しぶりに経済の話。とはいっても、やはり健康の話題とリンクして考えたい。最近、安倍首相が「来年10月の消費税10%を予定通り」という発言が話題になっており、同時に軽減税率の話も盛んである。 まあ軽減税率に関しては「おやつは300円以内!」「バナナはおやつに入るのですか?」・・・のようなくだらない議論にもなっている。じゃー、いっそのこと10%は凍結にした方が良い・・・という議論も当然でてくる。

まあ本当に来年10月に10%にするかは定かではない。「リーマンショック級」もあるかもしれないし、何より来年夏には参議院選挙がある。選挙前に消費税増税というのは政治的にリスクがある。 実は多くの知識人はすでに「消費税増税」が実質的な財政健全化対策とか高齢化社会対応とかには無関係だということに薄々気付いている。 しかし、かつての三党合意で決めたこと。 過去の物品税を廃止して消費税にする方向性、国際的かつ対外的な政治的な発言・・・などと整合をとることに拘っているだけである。

まあ政治的議論はそれくらいにして、「消費税」というのは何となく「献血」に似ている。 献血とは、一般の人々より「血」を採取し、それを必要な人々に分配するというもの。「税」も「資源の再分配」という解釈される。 しかし献血の場合、一人あたりの一回の採取量は400mLと決められている。 また通常、献血ができるのは体重が50kg以上の健常者であり、薬などの服用が多い人は敬遠される。 私も血圧の薬を服用しているので献血はダメだといわれている。もし健常者であっても、その保持する血液の12%が採取の限界だそうだ。 この12%という数字がポイントである。

「健常者で12%が上限」、これって消費税も同じと考えるべきではないだろうか? そして貧困層に12%の税負担は大きな問題になるのは当然である。 まあ、そう考えると消費税は一律に5%程度が限界だろう。 ちなみに献血も適度の量なら健康にも良い・・・との説がある。 これは体内の耐ストレス発展という意味とも解釈できる。一方で消費税も一律の耐ストレス向上という意味は存在するかもしれない。 だから消費税そのものを完全否定するつもりはない。ただしカネと血液の大きく違うところは「汚れ」や「成分」であるかないかである。

まあそれはともかく、「カネまわりを良くする」とよく云われるが「血流」との喩えは非常に解り易い。 血液がどこかで詰まったり、圧が高すぎたり低すぎたり。 それはカネも同じでどこかで滞留したり、欠乏したりすることが経済全体としても大きな問題になる。血液の場合は、肺や腎臓、そして肝臓などで浄化され心臓という強いポンプで全身に送り出す。 しかしカネは中央銀行がどれだけ通過発行しても、末端まで行き渡らなければ、やがて部分的な壊死は避けられない。それは日本での地方衰退に類似している。

もしカネが腐るものだったら、人々はさっさと使い、浄化しようとするだろう。先ほど述べた通り、ここが血液とカネの大きな違いだ。そう、カネに有効期限があったら世の中の経済は大きく変わる。 有効期限ギリギリのカネは喜んで「税」として支払い、それが還元されるのを待つのが健全な流れかもしれない。 もちろん私有財産について有効期限を儲けるのは現実的ではない。 しかし、できるとしたらインフレ、そして新円切り替えくらいだろうか? そうなれば借金はなくなるが、資産も失う。 そう考えるとデフレから脱却しインフレ傾向にすることがいかに重要かが判る。

もちろん誰もが健康で誰もが献血できて、そして誰もが納税できる社会が望ましいのだが。 カネに浄化システムがないのが資本主義社会の大きな欠点である。


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オプジーボに頼らない
今年のノーベル賞受賞した本庶氏とオプジーボが話題になっている。ガン治療に関して、従来の外科手術、抗がん剤、放射線治療と違って「免疫力」を向上させることでガン治療をするというもの。過去にも森元総理がオプジーボでガンを克服したとか、多くの実証はあるようだ。しかし、誰もがこれで完治するわけではないとのこと。しかも、まだまだ相当な高額治療のようだ。もし、これで保険適用になると保険組合も大変になる。

まあ、とにかく日本人がまたノーベル賞を受賞したこと自体は喜ばしいが、また薬剤メーカのビジネスの種になる・・・といった穿った見方もできる。 「免疫力の向上」というなら、普段の生活で「デトックス:毒素排出」させるとか、各種免疫力をアップさせる運動や栄養素を取り入れることだって、当然ながら「免疫力の向上」につながる。 そして極めつけはガンのエサとなりうる「糖質」を抑える事もガン治療に役立つことは間違いない。  

私は医者でもこの種の学者でもないので、あまりいい加減な細かな発言はできないが。今回は「生き方」という意味でコメントしたい。・・・誰でもいつかは死を迎える。その際にどのような最期を迎えるかということが最も重要だと私は考えている。 多くのガン患者はその苦しみの中で命を落としていく。私の父も叔父もそうだった。そうした人たちは勉強も仕事も、そして好きな事はできない。家族には経済的、かつ精神的負担が常に付きまとう。特に若くして命を落とすことは残念極まりないことであり、それは社会的な損失であるともいえるだろう。

そう考えると「ガンになった場合」を考えるのではなく、「ガンにならないこと」を先ず考えるべきだだろう。もし不幸にもガンになって、高額なオプジーボも保険適用だからといって安心・・・なんて、そんなことをガンになる前から考えるべきではない。 もちろん学者や薬剤メーカがそれを考えるのは当然かもしれない。しかし我々一般庶民は先ずはガンにならないことを考えるべきだ。だが、残念なことに予防医学というものは然程注目されず、訳の解らないサプリメント販売や「納豆は健康にいいですよ!」的な「販売促進ネタ」にされる・・・結局、商売かよ!という状況である。

これはかつて日本の製造業の開発でよく言われ続けたことだが、住宅でも電気製品にしても、「どうやって最期を迎えるか?」が大きなテーマだった。 例えば、ある家電製品が経年劣化によって発火して最期を迎えるとか、住宅や土木建造物はあるとき一気に倒壊するとか・・・これは決して良くないという認識である。仮に耐久性(寿命)が悪くても、静かに安全に最期を迎える方がマシという考え方である。 しかし市場では「安く」「耐久性」のある商品が常に好まれる。従って、どうしても上記のような考え方が定着しないのである。

これは人間社会でも同じである。「人間の価値は低く」して、「耐久性を上げる」⇒ たしかに資本家にとっては好ましい状況だろう。そして、各々がどのような最期を迎えるか?なんて資本家は知ったこっちゃない・・・それが彼らの本音である。むしろ、カネ持ち老人が様々な病気になって多くの薬を使って、そして長生きして結果的にそれ相当のカネ使うことの方が彼らにとっては喜ばしいことである。 ええーなんて悪い奴と思われるだろうが、それがビジネスというものであり、グローバルビジネスはさらにそれが露骨である。

やはり、「人間の価値を上げて」、寿命を長くするよりも「いかに充実した人生」をおくり、「豊かな最期」を迎えるか?であると私は考えている。 そりゃそうだろう、長生きしたからってそれがイコール幸せではない。 そして、社会学的にもそれなりに世代交代は絶対に必要になる。 下手に長生きしたって世間はもちろん、家族だって本音は複雑であるはずだ。 そもそも「不老不死」なんて気持ちを抱くのは傲慢であり、歪んだ権力者か成金長者の成れの果てである。  

そう、薬にたよらず楽しく生きよう! そして豊かな最期をむかえよう! 



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貧困は遺伝するのか?
よく「貧困の連鎖」ということが話題になる。一度貧困になると抜け出せないとか、3世代に渡って貧困が継続するとか、国家レベルでも援助や開発があるにも関わらず社会の貧困が拡大することがある。逆に「冨が冨を生む」という現象もあり、それらによって貧富の差が拡大することが知られている。 これらは何か生活保護などの金銭的な支援をしたから解決するものでもなく、逆に貧困を助長させることすらあるようだ。

ここで今回は「貧困は遺伝するのか?」というタイトルにしているが、私は先天的な遺伝の影響は少ないと考えている。たしかに貧困層の性欲は旺盛であり、富裕層に比べて出生率が高いという傾向もあるようだ。しかし、それは生物学的に「環境の悪さが逆に性欲を刺激する」といった現象の結果であろうと考えられる。 一見して貧困が遺伝しているように思えるのは、似たような生活環境、生活習慣にあるように思える。

私の知人で「貧乏はうつる」という表現を使った人もいるが、可能性は捨てきれない。 よく負のスパイラル、正のスパイラルという言い方があるが、何ををやっても上手くいかない人、やることなすこと失敗する人・・そういう人が世の中には多く存在する。一方で着実に実力を付ける人は一時的な失敗はあるにせよ、いずれは成功する方向へ向かう。 おそらくこうした2極化は貧困とか冨とかいうより、先に述べた生活環境や生活習慣から生まれる一種の「思想」がベースにあると考えられる。

貧困層が貧困から脱出するのは理論的には簡単である。真面目に仕事をすること、そして「酒」「タバコ」「ギャンブル」「麻薬」などを止めることである。もしすでに健康状態に問題があるなら、それを改善、あるいは完治させることである。 先天的な障害でなければ、大抵の病気は克服することはできるのだ。 しかし最大の問題はそうした貧困層の「思想」である。何らかの保護に頼り続けることもそうだが、そもそも退廃的なことに魅力を感じること自体がそういた生活習慣の改善を阻害しているように思える。

たしかに世の中生きていれば、イライラすることもあるだろうし、怒りを感じることもあるかもしれない。特に貧困層は世間から「見下されている」ような感覚があり、それが耐え切れないという気持ちは理解できないわけではない。 侮辱や屈辱を平気で与える人種が多く存在するのは事実だ。 しかし幸いなことに日本ではすべての仕事をプロとして認める傾向もある。 私もこの年になってつくづく感じるが「様々な仕事があって世の中成り立っている」という意識である。

たとえそれが「お掃除おばさん」であろうが「ソープ嬢」であろうが、「プロ」であれば社会から認めるられるような社会にするべきである。 最近では「人手不足」を理由に日本人がやりたがらない仕事を外国人労働者にやらせる傾向がある。 しかし、外国人労働ではなく日本人の貧困層や学生にも仕事を与え、生活習慣を改善させれば理論的にはよくなるはずである。 最近では時給も高くなっているし、求人も多い。 

それでも貧困層自身が「そんな仕事イヤだー」と言っているようだ最悪である。 そう、実は多くの貧困層はそうした仕事を「見下している」のである。「見下されるのがイヤな人たち」は多くの仕事を「見下している」のである。 ここに大きな問題の根源がある。意味不明のプライドに侵されているといっても過言ではない。 逆にそのプライドで精神を安定させている側面もあるのかもしれないが。 いずれにせよ退廃的な人格を更正するのは並大抵ではない。

しかし私は将来的に少し希望的な観測を抱いている。 それは以前ブログに記事にしたが若者の○○離れである。 飲酒、タバコ、パチンコは明らかに減少している。中高年でも健康志向は更に高まっている。そして何より失業率は低下している。 これらは所謂「貧困の遺伝」を阻害し、中長期的に健全な社会を築く「礎」になる可能性を秘めている。 もちろん「堕落した社会が新たな文化を生む」という側面もある。またハングリー精神が大きな成果を生むこともある。 

しかし日本という国は、何もしなくても様々な自然災害や四季の移り変わり(変化)があり、生きているだけで様々な潜在的ストレスは存在する。従って、意図的なストレスを与える理由は然程ない。 せいぜい体力低下を防ぐための運動やボケ防止のための勉強や趣味といったところだろうか? 一方で社会に対する反骨精神とか、堕落した生活への美学とか・・・ 何となく過去の活動家?たちが行ってきたことは、結果として何も成果は生まれないどころか、誰かを傷付けた明確な過去がある。そうした過去を学べばよく解ることである。

結論として、貧困は決して遺伝しない。それはあなた次第ということだ。
 

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小室沢直樹

Author:小室沢直樹
「常に勉強」それがモットーの理系おじさんのブログです。理系おじさんの目から見た現代社会を鋭く論じたい。またこのブログに関する意見があれば賛否両論問わず受け付けます。基本的には現代社会を勉強して共有するのが目的です。

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